俯瞰する姫
魔法の中枢が破壊されたのだろう。
魔法樹の樹皮が一気に煤けてきているのがよくわかる。この点を穿つほどの巨木はほどなく養分と魔力素が抜け落ちて腐り落ちるだろう。当面の帝都を脅かすものは消えてなくなってくれるのは間違いない。
やれやれーーーー。
ディアエレナはアルムを送り出してから、ゆっくりと降下を続けていた。魔法で押し固めた不可視の足場で風に乗り、魔法樹の周辺をくるりくるりと延々と反時計回りを続けていた。
特に意味がない行為ではない。
魔法樹の監視と、そこから吐き出される特徴的なーーーー極めて異質で絶大な密度の魔力素の分析と中和を図っていたのだ。
アルムを送り出してからというもの、ちまちまちまちまちまちまちまちまろ過機じみた仕事をやり続けていたわけである。
無論、帝都の人民のことを思えば必要な行為である。この魔法樹から漏れてくる魔力素は文字通りに別次元のもの。この世界の魔法に慣れたヒトには有毒だ。
しかし格別クリエイティブというわけはない。(ディアエレナにとってみれば)さして複雑な仕事というわけでもない。ありていに言って、魔法樹を解毒し続けてこの帝国人民を守護し続けるだけの仕事に飽きていたのだ。
いやいやいやいや。別にディアエレナも帝国人民の生き死にに関心がないというわけではない。
そうであれば、そもそも解毒をするという行為にとりかかりはしない。これはディアエレナにとって、例えば町の公園という公園のごみ箱をひっくり返しては一つ一つ丁寧に分別して捨てていくような行為だ。
ダメージを負った体に鞭打って、使命感一つで一瞬も気を緩めずに休みなく、いつ終わるとも知れない作業をやり続けるというのは、さすがにハートに来るものがあったのだ。
しかしそれもどうにか、いよいよやっと終わりを迎えようとしていた。
魔法樹は痩せていく。皮を裂いてでも膨張しようとしていたはちきれんばかりの樹肉は瑞々しさを失い、老人のようなか細さに削れていく。シュラがバカみたいに壊し、燃やし、現代芸術的なえぐり取りに対処できる再生速度も維持できていない。
ほどなくシュラの攻撃力が上回るのは明白だ。魔法樹は魔力素1個残さず消し炭に変わるだろう。
ディアエレナもため息とともに解毒の魔法の術式を取りやめ、そのまま地上に着陸してしまおうとする。
しかしここで、ふと目に入ったものがある。
遥か真下、地上近くでシュラの怒号はいまだ響き続けている。魔法樹が震え左右に揺れ回る。その勢いで枝から吹き飛ばされた葉っぱが頭の上から滝のように落ちてきてもいいものだが、そんな様子は一切ない。
その理由は上にある。
綿毛のような巨大で白い靄があった。
それは魔法樹の枝についた新緑の葉っぱになり替わり、ゆっくりと幹を食いつぶしながら下へ下へと降りていっている。
綿毛からは巨木の枝も幹も突き出ていない。あの綿毛もまた、シュラとは異なる方法で魔法樹を分解しているのだ。
分解した構成要素を果たしてどこに捨てているのかはディアエレナの目視一つでは理解できなかった。もしかすると、あの魔法樹を引きずり出した別次元に切り捨てているのかもしれない。
綿毛が迫ってきていた。ディアエレナもまた幹と一緒に呑み込まれそうな位置にいる。
一気に降下して逃げ延びるのもよいが、これの意味が分からなければ、万が一の時、対処に困る。そう判断して、ディアエレナは綿毛の中に入ってみることにした。
「まぁこれくらい張っておけばどれか一つはちゃんと機能するでしょう」くらいの適当な魔法で防御壁を六重に張り巡らし、降下を停止。そのまま綿毛が下りてくるのを待って侵入した。
その瞬間、ディアエレナの張った防御の八割をあっけなく溶解された。いずれも適当とは言え趣向の違う防御魔法だが、一瞬たりとも持続できなかった。
しかし残った二割を見れば、その理由にも理解がついた。
魔法が「不自然」だったのだ。
それは文字通りに「自然でない」ということ。「こんなことはありえない」が詰まった要素だということ。水が上に流れ、火が凍え、地面が透け、木が踊り続ける。そんな法則から外れたモノを除外するのがこの綿毛だ。
そんなことを言い出したら魔法なんて全部アウトのようだが。残ったディアエレナの防御は魔力の熱を基礎にして熱のレンズを作るものと風による防御。魔力素を種火にしているものの物理現象にある程度沿った魔法ならギリギリセーフのようである。
しかし自然性を是とするモノがこの綿毛ということなら、これは問題ないだろう。一般的な帝国人民の命を脅かすことはない。むしろ魔法樹の絶大で高密度の不自然な魔力素を消滅させてくれるというなら手助けにもなる。
しかし、いったい、この綿毛は誰が作ったものなのかーーーー?




