篝火
魔王の目に生気が戻った。
それに【魔人】は突き動かされた。答えの出ない問いかけを投げ捨て、一瞬の躊躇もなく、その頭部を破壊する。
魔王の身体は崩れ落ち、どす黒い泥が噴水のように一度噴き上がって、後はびちゃびちゃと漏れ出ていく。
【魔人】の爪の閃光はその飛沫が体に降りかかることを許さず、全てを大気中で蒸発させた。残り香1つ残さぬ完全な消去。
魔王の体は砕けた頭から大気に食われていく。首を呑まれ、胸が崩れ、脚まで消え去った。魔王を成していた全ての輪郭がまったくのゼロになる。
しかし【魔人】は射抜かれた。
彼の残した最後の熱。最後の閃光。最後の一撃。
全生命をそれに変換したかのようなエネルギーのそれは矢になって、【魔人】の胸を突き抜け、そして霧散した。
しかし【魔人】はいまだ健在だった。内側にも外側にも目立った焼け傷も刺し傷もない。まったくの無傷。
【魔人】は言葉もなく、ただ疑問だけを残し、光の矢の塵を見送って身を翻した。
そこには、アルムがいた。
彼女は立って、【魔人】を見ていた。
死んだはずだ。穴だらけになったはずだった。しかし立ち上がった体に穴はもちろん、火傷もなく、出血もない。両目には活力が戻っている。
完全に衰弱させ、無様に死にざまをさらしたアルムが、蘇生していた。
「馬鹿な。馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!!?」
「私は……」
「しゃべるなぁああああああああ!!」
再び爪を発光させる。魔力を震わせ、大気を振動させ、万物を揺さぶり、意識さえ崩す魔法のジャミングウェーブ。あらゆる生き物に通用する物質破壊の奥義だ。
アルムもまた例外なわけがない。幾度となくこれで足を止め隙を晒している。今度もまた剣を構え、アルムは硬直した。
【魔人】はその隙だらけの姿に容赦なく爪を立てーーーーアルムはそれを剣で防いだ。
「なにっ!?」
アルムは【魔人】の爪を押し飛ばす。弾き飛ばされた腕。がら空きの【魔人】の胴体に、アルムは袈裟懸けに一閃する。
剣は、砕けた。
【魔人】は勝ち誇る。武器を失ったアルムを正面蹴りで吹っ飛ばして、牙を擦り、喉を鳴らし、声高に叫んだ。
「見よ! 知れ! 思い知れ! よく脳に刻み込め! お前ごときではこの私を傷つけることさえ叶わん! 神に愛されぬお前ごときではな!!
身の程を弁えよ! 跪け! 泣いて許しを請うんだな、タダビト風情の愚か者が!」
「ーーーー私はァッ!」
折れた剣を握りしめて、アルムはなおも【魔人】を見つめる。目をそらさず、誤魔化さず、正眼を取る。
「ミリアマリン様! あなたを救いだしてみせる! この木の下で苦しんでいるこの国の人々もも、ここまで送り出してくれたディアエレナ様も! そして! こんな私にチャンスをくれたーーーーあの人の希望も! この私が守ってみせる!」
【魔人】は怯んだ。
湧き上がるのは怒りだけだった。この意思を嗤い、この選択を踏みにじり、そしてようやく指先を掛けた悲願さえも斬り捨てようとする凡俗の一。
許せるはずもなく、認めるはずもなく、信じるべくもない。
しかしーーーー。
『ミリアマリン=マクミクシア第三皇女』であったこの怪物は。
その正眼の姿に、ディアエレナの光を幻視した。
これは幻覚だ。そうだと断じた。
捨て去った夢の残渣。宝石のようなたったひとつの至高の愛情を守る為にそうした、道すがらに落ちた砂利のような博愛の石ころ。
たかが石ころ。ただそれはーーーーどうしようもないほど、怪物を刺激した。
抑えようのない慟哭。とめどない怒り。焼ききるほどの熱気。
ーーーー捨て去るしかなかったこの私を、この痛みを、この弱さを、憮然として否定するのか、この正眼は!
身を震わせるほどの怒り。とにかくそれは、怪物の動きを一瞬確実に停止させた。
その瞬間、アルムは動く。折れた剣刃を魔力で補填してーーーー叫んだ。
「ごめんなさい、サヤ! 私じゃダメだ! 私だけじゃダメだったんだ! どうしても、どうしたって、どう頑張ったって、この命を投げ出したって、私ひとりじゃ全然足りてない!
私なんかじゃ全然ダメだ! 私にはあなたみたいに魔法は斬り裂けない! あなたみたいに魔法を見抜けない! だから私にはどうしても、あなたの力が必要なんだ! それでも、身勝手でわがままなこの私にも、みんなの希望を守らせて! その力を!
こんな私を、それでも相棒だって言ってくれるならーーーー今こそ、私のために飛んできて!!」
「バカかっ……なにを言い出している!? 鞘がなんだと……」
「わああああああああああああああああああああ!!」
折れた剣を両手で握りしめ、アルムはなおも叫び続ける。
怪物はかまわずアルムに向かっていった。
輝く五爪の先がアルムの頭蓋を狙って走る。ターバン状に巻かれた髪の毛が蒸気を吐いて、胸の水晶玉も、金色に発光する。
ふたつの影が、交錯する。




