落命
私の現在位置から怪物までの距離は長くない。十歩程度。それを一気に駆け抜ける。
怪物は牙をむき出しにし、爪を光らせる。胸元にある水晶玉。規則的に中の金色の光が点滅している。見るからに怪しい器官。
まずはアレに触れる。そこから始める。全部はそれからだ。
怪物の爪が発光する。小刻みに震えたそれは高周波になって耳を突き、私の意識をぐらりと揺らした。つま先に力を込め、血を吐くほど歯を噛み締めて、なんとか失神を拒否する。
しかし足は止まってしまった。怪物まではまだ五歩分は残っている。
怪物の喉奥で、ギラギラと明かりが灯る。またあの熱波かーーーーそれとも別の何かが、撃ち出される。
「動くな!」
後ろから声が飛ぶ。動きたくても動けない私は、せめて剣を握り締めた。
怪物の喉奥が爆発する。頭上から目に一点の影が落つ。眼下に何かが落下して、火花を散らしーーーーオイルライターが、開く。
ライターが熱波を吐き出す。先の怪物が出した熱波だ。
ライターの赤熱の閃光と怪物の白熱の閃光が激突する。弾け飛んだ魔力が散り散りになった。チリチリと私の肌を焼き付け、目は眩み、意識もズレていく。
ーーーーだが、これなら。
剣刃を指でなぞり、魔力素で覆う。魔力をただ力として印加する。熱波を斬り裂く強い力を手に入れようと。
「やあああああああああああああああああああああああああ!!」
低く剣を構えた。地を這い、熱波の隙間・ほころびからただ一撃を縫いとおすように。
一気に、鋭く、白銀の翼が風になった。
剣から指先に伝わる震え。剣刃にまとわりつく魔力素の残渣。肌を刺す怪物の気配。そのどれをとっても斬り裂いたという手応えがある。
だがしかし、これでも軽い。
視界は晴れない。目の前は漠然と、しかし極めて濃い魔力が「起き上がった」。そこにある。異形の怪物はいまだ健在。であれば、私は退けない。約束したのだ。
混乱する四肢を意思で縛り上げ、力の限り方向性を練り上げ、そして一気に踏み込んだ。
魔力の閃光を突っ切る。その閃光の先に手を伸ばしてーーーー。
「ァーーーー!!」
ーーーー光を割く。片腕が斬り落とされた怪物が吼えている。
残った片腕を振り上げる怪物。迎撃するしかない。そう、私は剣を走らせ。
背中を刺された。
貫通した。のだろう。怪物の爪が体の内側から突き出しているのが見えた。どうやら切り落とした腕は自在に操作できたらしい。
膝から力が抜けるのを感じる。伝達する熱量が傷口から私の体の内側を熱し上げ、体液という体液を沸騰させていくのを感じる。
視界がモザイクになってバラバラに砕けていく。姿勢が崩れ、体の輪郭がぼやけていく。自分という有機と剣という無機の境界が曖昧になる。
これは。これはーーーーまずい。
ガムシャラに剣だけは離すまいと握りしめる。そのせいで回避が遅れた。私の胴体に何本か、何かが刺さる。繭の残り糸か、髪の毛か、伸びた指先か、それとももっと別のものかーーーー。
とにかく私は相手の懐で棒立ちを晒したせいで蜂の巣になった。脇腹に刺さり、肩に刺さり、腿に刺さり、腕に刺さり、足首に刺さり、眼球に刺さる。
「ァあーーーー、どうした?」
穴だらけの私を吊るし上げ、抵抗する力さえも抜けてしまった私の首を締め、怪物が囁く。
「これでもお前は、他人のために剣を取るというのか? こうして傷つき、辱められ、もはや死ぬしかないというこの局面。お前を助ける手などない。それでもお前は、この私の、お姉様のための王国に刃向かおうと?」
「………………ええ……」
「どうして?」
ーーーー私は、独白する。
約束をした。たくさん、約束をした。取り戻す。救い出す。助け出す。
私は、確かにこの怪物……いいや、この帝国の皇族、ミリアマリン=マクミクシアの眼鏡に叶う才能はない。ありふれたもの。平均的なもの。ささやかなもの。
それでも、私はここまできて、ここにいる。
私に力はないとしても。
私にはこの、受け取ってきた願いがある。
私にはこの、受け継いできた想いがある。
なんでもない私が使う、この力。それは、そのためにあるべきだ。
なんでもない営みを継いできたヒトたち。私を支えて、立ち上がらせてくれたのは、この国、この世、この世界に他ならない。これは、私たちが受け継いで、廻し続けてきたもの。
熱はまだこの手の中に。
この想いを消してしまう訳にはいかない。私もまた、この熱を、希望を、託す誰かに渡すまでは。
この、私がーーーー。
「答えないのか? ……ああ、そうか。これはーーーー死んでるのか」
声がする。それはつぶれた目と一緒に暗闇に沈




