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異形


 奥から出て来たものは、ヒトの形をしていた。


 ふたつの腕がある。スイカひと玉を片手で握りつぶせるほどの大きな手。長い指。足元を抉るほどの爪。


 着衣をしている。繭糸で結ったのであろう軽やかな布生地の質感が見て取れる。その隙間から露わになっている肌の色は赤黒く焼けただれた色をして、その上を青色のラインが刺青のように何かの紋様を結んでいる。


 頭がある。長い髪の毛がある。髪はターバンのように頭に巻きついて、目も鼻も口も、すべて覆って隠している。


 乳房の下の胃袋の位置からは水晶玉のような球体が露出している。その奥に光る輝きは泳いでいて、周囲を探る瞳のようだった。


 ーーーーもはや、その面影なんて、私にはわからない。


 しかしこの魔法樹から生まれた以上は疑うべくもない。


 あの異形はミリアマリン=マクミクシア。私が救うと誓ったヒトだ。


「………………お、落ち着いて。落ち着いてください、ミリアマリン様。私を見て。必ず元に戻れますから。今、あなたにかけられてしまった魔法の骨子の解析をして、魔力を逆流させることができれば」


「ムダだ。スペシャル足り得ないお前では。そも、ヒトの骨子を破壊し組み替えているのはお前ごときにもわかるだろう? これは不可逆だ。そもそも生まれ変わったものが元に戻れるわけがないだろう」


 ーーーー『ムダだ』。


 その一言が頭の中でガンガン反響する。自分の声を張り上げて打ち消そうにも、まったくそれは減衰しない。私の中で叫んで、響いて、跳ね返ってーーーー心を、砕く。


「あなたはッ……そうだとわかっていて! どうしてっ……!?」


「どうして、どうして、どうして、どうして…………その問い掛けなら、もう答え飽きた」


 半ば吐き捨てるような、気怠さを孕んだ言葉。あまりにも私をーーーーヒトという種族そのものを、隅に追いやる言葉。


 それはどうしようもなく、私の心をかき乱して。体の力を奪い去って。丸裸にする。


 ミリアマリンだったものに私の頭が鷲掴みにされてもお、私はこの手に握っていたはずの剣の行方を見失っていた。


「砕けろ、只人。このステージは王たり得るスペシャルのためだけのもの。それが誰を指すものなのか、お前にもわかるだろう。それをお前の土足が穢して良いものでは、断じてない」


 鋭いものを躊躇わずに私の腹部に押し当ててくる。ただ鋭利な主義主張を押し破り、私を引き裂こうと、あの異ーーーーああ、違う。違う違う違う。


 こうして私を前にして、ミリアマリンだったものが見ているものは、この私ではない。


 私は「スペシャルではない」と彼女は言っていた。ここまで登り、こうして行く手を阻むほどの目障りなものでさえ【只人】と。


 誰でもなく、誰でもよく、誰でもいい。たったひとりの「王たり得るスペシャル」を除いて、一切全てを路傍の小石と吐き捨てている。


 それは彼女が、そのたったひとつの宝石を守り、支え、押し上げるためだけーーーーそのためだけに、自分の姿かたちさえも含めて、その全てを投げ打ったがため。


 これはーーーーこれもーーーー愛の話ーーーー?


「あなっーーーーたーーーーはっ!!」


 私の内側で、その奥の奥で、何かがチカチカと点滅する。眩くような閃光が灯り、焼け付くような熱を帯び、刹那的な衝動感覚が励起する。


 私の指が結ばれる。固くかたく握りしめたそれで、暗闇を打つ。


 私の拳は、必ず届く。


 異形の怪物の胸を打つ。骨身にビリビリと痺れが走る。怪物は動じていない。なんだそれはと鼻で笑い、私の頭蓋を締め付ける。圧迫する。押しつぶす。


[アルムーーーー!]


 暗闇から声がする。何度となく聞いた声。それは暗闇を吹き飛ばし、私をそこからすくい上げた。


 私は尻餅をつき、声の主は手さえも差し伸べない。汚らしい旅装束を風になびかせ、煙草を吐き捨て、気だるげに呟いた。


「やっちまったか……」


「あなた……どうしてここに? ーーーーああ。ええ。そう。格好をつけてないで答えてくれない? ジョン」


 名前を呼ばれてもなお、旅装束の男は気怠げな調子を崩さない。手も差し伸べず、新しく煙草を咥え、ライターを取り出す。


「昔取った杵柄というやつ……かな? まぁ、俺ひとりなら、なんでも、どうとでもできるのさ。昔から。欲を出さなければ」


「だから格好をつけないで……つまり、これは『欲を出した結果』ということ?」


「手厳しいなぁ、アルム。本当に、好きになってしまうよ。なによりそれは自己評価と変わりないので否定もできないのが死に所だ。…………まぁ、そう急ぐな」


 旅装束の男は私の前に立ち、オイルライターを片手に怪物を指差す。


 怪物はターバン状に巻きあげた髪を赤々と発光させている。


「嘘っ……あんな魔力、いつのまに……!?」


「チャージが早いな。さすが第五魔法級だ」


 その赤熱の光を怪物は飲み込んだ。喉奥がまばゆく光り、光は肩に固まって移動した。そして肘を伝い、爪先まで貯まりーーーー砲弾となって発射された。



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