孤独
私、アルム・ミルメットは、はっきり言ってあまり魔法が得意ではなかった。
師匠との数年の鍛錬で魔法の腕は格段に上がった。それは確かだ。最も得意な木や土を操る魔法は師匠にも太鼓判を押されるほどになった。
……まぁ、師匠はそうやって私を褒めた後、「そんなところで満足しておけ。私のように魔法で全てをなんとかできるようになるためにはな、しかしヒトのままでは無理なんだ。お前はヒトでいたいだろう?」……って、クギを刺していたけれど。
なんでもできない私の魔法を使った移動は力業だ。
魔法の力で体を引っ張る。余分な空間を押しつぶす。そういう方法。一般的(かつ高度な)移動のための魔法とは原理が違う。できる分野で無理やり応用してみせているだけだ。
だからただの移動にしてはダメージもあるし燃費も悪い。「ただの木登り」にも、こんなに手間をかけてしまっている。全快のディアエレナ様や師匠であれば、こんなに手間はかからないし疲れもしないだろう。
一本の枝木の上に着地した。肩で息をしながら上を見る。ずいぶん上ってこれていた。驚異的な生長速度の魔法樹に追いすがって、てっぺんまではあと一息。今では帝都の街並みよりも雲のほうが近く感じるほどだ。
それでも、私は頂上を目指す。
ポイントを狙い、魔力素を束ね、魔法という形にする。伸ばす手は新緑の向こう側。よく見て、最後のジャンプに歯を食いしばった。
ーーーーー私の信じる正しいことから逃げてしまわないために。
そうしてなんとかたどり着いたそこは、地上からは遠い空の世界。大魔法樹の最頂点。
そこの空気は地上とは違った。肌をたたく緩やかな風。その重さの奥にある冷たさ。地上の雰囲気が何年も支障と過ごした【沈黙の森】に近いなら、ここは更に純度が増した世界だった。
森の木漏れ日をそのまま氷で固めたような透明感。ヒトや魔獣でなく、霊獣や精霊の住む神域に近しい。ここでは私も長く留まれば危ないだろう。
だが最も注目すべきなのは、その頂点部分の意匠だった。
さながらステージのように、人工的に、誰かが明確な意思を持って切り開かれた切り株が出来ている。
更にその中心部分には、ヒトが腰掛けられるほどの高さのへそができている。
「あれは……?」
「玉座だ」
振り返る。認識より先に衝撃が走った。圧力。熱。首が千切れるような電撃。顔を殴られて私は吹き飛ぶ。頰にべっとりとした粘液のようなものが糸を引く。
グラついた視界の端っこでチリチリとかがり火が差す。魔法火だ。追い討ちとばかりの魔法の火炎弾が迫ってきている。それが2個以上だと気づいて、数えるよりも先に指を走らせる。
重力の波で押し返す。
気圧が風を生むように。重力源を手のひらに乗せ、削りだすように重力の峰を形成する。
炎の弾丸が重力の坂を転がり落ちる。軌道はぐにゃりを曲がり、頭が千切れかけた私を避けて飛んでいく。
「貴様は我が玉座には能わず。この私が王冠を戴かせるお方は、この世にたったひとり。私の……お姉様、のみ、だっ……!」
ふいに、そこに白い繭が現れた。しっかりと、埋もれるようにこの切り株のステージに根を下ろしている。まるでこの魔法樹から若葉のように生えてきたようだ。
繭はびりびりと自分の繭から糸を剥がし、無数の触手になって周りを浮遊させている。そのうち、何十という触手を何重にも束ね一個の拳を作り出した。
どうやら私は、アレに殴られたらしいーーーーが、なにか、違和感がある。
魔獣・魔人といった魔性の類であればその髪の毛一本まで魔力を帯びている。その魔力が当然のことだとしても、なにかおかしさがある。
その氷雪のような真っ白で奇麗な繭の糸はなにか、魔力以外にとても不純なモノが混ざりこんでいるのがわかる。それが真になんなのか、私にはわからないのだけれど。
「あなたを止めに来た!」
「滑稽」「滑稽」「道化」「無謀」「滑稽」「無為」「滑稽」「滑稽」
「それでも結構……!」
頭の中まで突き刺さるような単語の雨がそこら中からふりかかる。私はそれに呑み込まれないよう、頭を振るい、剣を握り、魔力を向ける。
繭から切り離された浮遊する触手はふいにぴたりと止まった。先端を尖らせ、光を吸い、鏃になって、テール部分で溜め込んだ魔力を思い切り圧縮して噴出させる。
これは砲弾だ。それもロケット弾。一発一発が意思を持ち、軌道を蛇のようにうねらせて確実に標的を貫く追尾弾。
砲弾の2,3発は私がばら撒く魔力の塊に接触して爆発四散した。対処自体は容易とわかる。
だがこの砲弾は繭から剥がれた糸を数重束ねて作ったもの。繭から剥がれては増えて剥がれては増えーーーー無尽蔵に湧いては撃ってくる。これでは対応が追い付かない。
爆炎から逃れた糸くずのひとつが肌に触れる。焼け残った糸を逃げ惑う私の靴底が踏みつける。それが2つ、4つと増えていく。
そしてついに、私の足首を絡め取るには十分の量が体にこびりついた。繭のように固く地面に張り付く片足。私は動きを封じられた。
私は剣を構え直す。固定された足を軸に、剣を両手で握りしめる。
そうして、ついに。
ーーーー繭が破れた。




