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むげんの悪魔


 気がつくと、白い手があった。


 細く長い指。色白の肌。


 しなやかなそれは思い描く通りに指を曲げ、手のひらを返した。


 ーーーーオレの手?


 指先から肌を辿る。血液がそうするように。手のひらに溜まり、手首を通過し、肘を伝い、肩を登りーーーー気がついた。


 オレの体は剣ではなくなっていた。


「それはお前の思う最高のイメージ……なのだろうなぁ。ま、あの娘がお前の唯一無二ゆえ、当然と言えばそうだが…………なんかつまらん」


 剣の握り手。袖の輪郭。乳房の膨らみ。揺れる髪色に見切れる帽子のツバーーーー。


 なるほどなるほど。確かにこれはオレの記憶にある「アルム・ミルメット」の再現だ。


 オレはアルムになっている。


 アルムとして剣をーーーーご丁寧に「金色の剣」をーーーー握り、だだっ広く色素の薄い空間にたったひとりで捨て置かれていた。


 …………いいや。


 空間から滲み出るように、黒い塊が現れてくる。


 霊魂のような、火の玉のような、ゆらぎのようなもの。それが徐々に形を成し、鎌を手に持つ髑髏の像を結ぶ。


 …………これは、見るからにーーーー怨念。悪霊。魑魅魍魎。


 もしかして、これら全部を殺しきれば、ゲームクリアなのか?


 それならもはや是が非でもない。


 まだ鎌を構え切っていないオバケたちに剣刃をぶつけた。


 …………我ながら、ひどい動きだ。


 こんなのは斬るというより叩くに近い動作。オレは剣なんて振り回したことがない。ただ思い切りにやるだけだ。


 一振りで髑髏がバラバラになる。真っ黒な断片が酸の海に呑まれるように泡を吹いて気化していく。


 無我夢中だった。


 黒いものを叩く。最大限の速度で、我武者羅に、とにかく剣を叩き込む。


 できの悪い花火のように、地面に落ちた水風船のような気軽さでバラバラになっていく死神たち。


 黒いものを叩く。剣尖を使うことを覚えた。まず剣先で頭を潰して、振り回す剣刃が周りの影を押し潰した。


 一度の動作が効率的になっていく。早く、早く、早く、早く。あっという間に狩り尽くすように。


 黒いものを叩く。アルムを真似て魔法を唱えた。思いのほかうまくいく。指先の輝きが十の影を粉砕する。


 寄ってきたヤツは剣で首を刎ねた。その内に剣尖で文様を描き、斬り伏せながら魔法が走る。息つく間もなく二十あまりの黒いシミが漂白されていく。


 黒いものを叩く。剣を飛ばす魔法を使い、雁首そろえた髑髏を串刺しにする。空いた両手が文様を描く。周囲の影は黒い霧になって消えていく。


 黒い霧の間から覗く新たな髑髏さえも周囲を駆け抜ける剣が打ち滅ぼし、瞬きする間に視界に収まり髑髏の3倍の数を塵にした。


 黒いものを叩く。ひたすら効率的に、ひたすら壊す。


 我武者羅に。無我夢中で。叩き、壊し、潰し、削り、割り、斬り、千切り、砕き。


 ーーーーやがて、オレは剣を投げ捨てた。


 絶叫する。その場に崩れ落ち、地面を殴りつけた。血も出ない。痛みはない。痒みさえも。


 体の感覚がない。


 魔法を使い、剣を使い、体を使い、しかしそれでも、オレにはアルムの体に実感が湧かなかった。


 無尽蔵に湧く不気味な黒いものを延々と壊し続けていた。


 しかしこの体もまた底知らずだ。スタミナも魔力も切れる兆候がない。この空間にある一切には、「消耗」という感覚が抜け落ちていた。


 あらゆるものが不変的だった。あらゆるものが閉鎖的だった。ただ現象を発生させ、連鎖させ、保存して、それを回し続ける機構のひとつ。


 なにがゲームだ。この機構には遊びがない。


 これは完成されすぎている。完結しすぎている。綻びがない。切れ目がない。抜け目がないならならゴールもない。


 プレイヤーであるはずのオレは、いつの間にやらソースコードの一節に姿を変えてしまっている。


 この不気味な黒いものにしてもそうだ。ただ突っ立っているだけ、空間にゆらゆら浮いているだけ。両手に鎌を持って死神気取りの連中。無抵抗な「的」にすぎない。


 そんなモノを、ただただただただ破壊し続けた。


 もう何分、何時間、何日、何週、何月、何年ーーーー理解できない。


 あらゆることが。意味がわからないわからないわからないわからないわからない。


 どうしてどうしてどうしてどうして。オレはこんな風に戦い続けているのだろう。必死になって。ただのマシーンのような冷酷さで、刈り取り続けて。


 どうして。どうして。どうしてーーーー?



 やめちゃうか



 焦りが遂に、無くしてはならなかったものまですり減らしてしまったのを、どこかで感じた。


 しかしそれがなんなのかはもう、わからない。


 わからないなら、思い出せないなら、それはきっとどうでもいいこと。どうでもいいならいいじゃないか。やめればいい。投げ出せばいい。


 そうだ引きこもろう。やっていられない。どうしてツライことを延々と続けてまでこんなーーーーつまらない。こんなことを。


 髑髏が近づいてくる。


 ただの飾りのようにぶら下げていた鎌を振り上げて、その三日月の刃が首根っこを雑草の茎のように絡めとる。


 …………ああ、いい。それがいい。


 ゴールがどこにもないのなら、ここに居ても仕方がない。


 呆気なく、ビルの屋上から飛び降りるような手軽さで、この小綺麗で腐敗した水槽から抜け出すんだ。


 さぁ、早く。やってくれ。



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