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決意したもの

 ぐしゃりと頭から、ディアエレナはうつ伏せに倒れた。見るからに危険な倒れ方。


 まさかそんな。ついさっき、自分を助けてくれたようなヒトがーーーーアルムは理解が追いつかない。


「え……」


 呆然として、駆け寄ることさえ何拍か遅れてしまった。魔法の小島に手を触れて消失しないように魔力素を送り込み、慌ててディアエレナを抱き起した。


 ディアエレナの傷は塞がっている。見る限り血色も悪くない。汗もかかず、息遣いも整っていた。


 しかしその手に抱いたディアエレナは、驚くほど軽かった。見た目に思った重さよりも遥かに軽い。まるで骨と皮だけのよう。


 それはディアエレナという人体を構築する部品がごっそりと抜け落ちているとさえ思えるほどでーーーー彼女の危うさを、アルムは手に触れてようやく思い知った。


 ディアエレナがあまりにも普段通りで、あまりにも平静に、あまりにも超然としていたばかりに、その根幹が今にも折れてしまいそうになっているだなんて思いもしなかった。


「どうして、こんな、ことに……?」


「私は元々、ヒトより精霊に近いからな。当然、体の魔力素が占める割合はヒトより多い。……今回ばかりは、ミリアマリンに魔力を奪われ過ぎたようだ」


 開きかけたアルムの唇に、ディアエレナは指を押し付け制止した。目で訴える。それ以上の発言をすれば殺してやると。


 アルムは唇を噛みしめる。ディアエレナはアルムから魔法樹の頭に指を向けた。


「登れ。私の代わりに」


「どうして……もうあの魔法樹には誰もいないはずじゃあ……?」


「地上に落下したミリアマリンなら抜け殻だ。既に意識の大半をこの魔法樹に移し替えている」


「どうして、そんな……?」


「この帝国を……私を守るためだとか言っていたな。いずれ来る【滅亡の魔王】を討ち滅ぼすために、帝国そのものになると」


「そのために、こんな……あなたまで犠牲に? そんなのおかしい」


「そうだ、おかしい。……来るかもわからん預言の魔王に踊らされるほど、おかしくなってしまった。これは私の責任だ。私だけが、あいつを救える立場にいた。それなのに、このざまだ」


 ディアエレナはアルムの頰に触れた。弱く、指が肌を撫でる。アルムはその手を手で包み返した。


 ーーーーこの手が、先ほどまでアルムを抱きかかえていたなどと。こんな柔で華奢な細い腕で。信じられないほどの。


 だがこれは帝国の全てを抱きかかえている腕なのだ。


「アルム・ミルメット。我が帝国に訪れた名もなき騎士よ。そなたに頼みたい。私の過ちを破壊せよ。……ミリアマリンを、殺せ」


「いいえ。できません。私は未だ無銘の騎士ですが、なりたい姿は決めています。私はきっと、全てのヒトの希望を守る騎士になる。


 ディアエレナ様の希望は過ちを壊して消すのではなく、過ちを正して許すこと。救えなかったミリアマリン様を助けること。そのはずです」


「できるというのか? 許されるとでも? 栄光ある皇城を破壊し、帝国の民を傷つけ死に至らしめ、この私さえもこうして瀕死に追いやった。その、それが……許される? 救える? どうやって? どうして? なぜ!」


「それでも、ディアエレナ様は許したいと思っている。妹を。ミリアマリン様を。


 それなら、希望はある。許される希望は必ず残される。なぜなら、希望は信じるもので、未来を照らすもので、育てるもので、そして託されるものだから」


 アルムはディアエレナの手を強く握る。その手にこもった熱量とともに。


「だからこそ、私がここにいる。ディアエレナ様の希望、私が受け取ります。必ず私は、魔法樹を止めて、ミリアマリン様をあなたのもとに連れてきます。


 そのときはきっと、ミリアマリン様を許してあげてください。ご自分と一緒に」


「…………田舎娘め。言葉が過ぎるぞ」


「申し訳ありません」


「よい。……ああ、よい。実に、それは、心地よい。素敵な夢だ。ああ、本当に。いい夢だよ」


 ディアエレナは小さく、しかし満足げに笑う。


 貸してみよ、そうディアエレナは言うと、ガレンの剣のかけらを受け取った。


 ディアエレナはそのかけらに息を吹きかける。そうするだけで、剣は元の実像を取り戻した。散り散りになった剣のかけらはジグソーパズルをつなぎ合わせるようにして復元し、もともと入ってしまっていた無数の亀裂はほこりが落ちるような手軽さで消えていく。


「すごい……あの癖のない剣がこんな、完全に元通りなんて」


「すまないな。安いが手付の礼とさせてくれ。私もさすがにこの程度の手品が限界だ。……残りは後だ。抵当もこうして押さえておくぞ」


「え」


 ディアエレナはおもむろにアルムの羽根つき帽子を自分の頭にかぶせた。確か、牢にぶち込んだ段階でディアエレナが奪い取っていったものだ。


 今までどこに持っていたのだろうか――――とにかく今はディアエレナがかぶっていた。


「頼むぞ、名も名誉もないが、誇り高き希望の騎士よ。その剣と誇りに誓い、その魂の熱、見事守り切ってみせよ」


「…………ええ。はい。仰せのままに。その指令を承りました、我が姫君。ディアエレナ皇女殿下のご希望、必ず守ってみせます」


「んむ…………」


 アルムの返答に、ディアエレナは目深に帽子をかぶって答える。


 その声は、少し湿っていた。

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