超常たるもの
びりびりと電気が通った。頰が熱を持ち、つられて顔も引きつった。
アルムはうめき声をあげた。いつのまにか閉じていた瞼を開けて、辺りの光に目を凝らした。
ディアエレナがそこにいた。アルムの顔を覗き込んでいる。
アルムはディアエレナに抱きとめられていた。皇族の細腕ながら、ディアエレナの腕は震えた様子もない。
「うむ、起きたか。私のためによくぞここまで。その忠義、まこと感謝を述べよう。しかし、なぜだ? こうまでして助けに来てくれた?
特に、今日のミリアマリンは尋常ではなかった。私ほどではないにしても、アレは十分に超然としていた。その危険さ、理解できなかったわけではないのであろう? それとも単に、それほどまでに私が魅了されたか? ふっ、私も罪な皇女だな」
「………………ああ、なるほど。確かにそう思われるかもしれません。私、特に今はディアエレナ様のせいでテロリスト扱いです。剣を取られて投獄されて拷問までされかけました。それでも、私は誓いを破るわけにはまいりません」
少しとげのある言い方をするアルム。しかしディアエレナは繭一つ動かさない。言葉の最後に木を止めて反芻する。
「誓い、とは?」
「これです」
そう言ってアルムが出したのは、小さな白銀のひとかけらだった。
ディアエレナは眉をひそめる。アルムはかけらをつまみ上げ、ディアエレナの顔に近づける。
「これは騎士ガレンの剣です。先ほど彼に頼まれました。この剣とともに。その誓いを果たすため、私はここまで来たのです」
「ガレン? あの地味で平凡で私のことを愛しているだけの騎士が? お前に?」
「平凡……ですか。確かに、そう思われても仕方ないですね。彼はあの剣のようなヒトです」
「剣のような?」
「ええ」
アルムは剣を語る。
騎士ガレン。毒にやられて白目をむき、意識も朦朧としていた彼から手渡されたのは、飾り気のない簡素な直刃の剣だった。魔法的な属性の付与もまじない程度すらもない。ありふれた合金とありふれた技術で鍛えた真に凡庸な剣だった。
ーーーー面白みがない剣。ガレンの剣は、まさしくディアエレナが評した騎士ガレンそのものと言える。
それ故に、アルムは驚いた。
「驚いた? ただの普通の剣に? お前が?」
「ええ。あの剣にはまるでクセがない。新品同然です。刃に曲がりがない。ガタもなく、目に見えた摩耗も見えない。けれどよく見ると細かな傷がある。持ってみると新品の刺さる感覚もない。むしろ良く使い込まれている。
不思議な剣でした。きっと基本に忠実な騎士が使っていたのだと思います。とても繊細で丁寧で誠実にあろうとする心を感じました」
アルムの語り。ディアエレナは笑い飛ばしもせず耳を傾け、ふいに、朗らかな笑いをこぼす。
「なるほど。繊細さ。丁寧さ。誠実さ……か。当然だな。騎士ガレンは我が騎士のひとり。騎士ガレンは地味で凡庸で飾り気もなく質素で、私を愛するしか能のない男だ。
その平凡さが故に、身の程を知った堅実な騎士だ。その在り方は私と凡俗の距離感を思い出させる。あれはあれで、私が帝国の上に立つ上で必要なヒトのひとりでもある」
「あなたはいじわるです。それだけ騎士ガレンを信頼していたのに、どうしてあんな冷たい態度を?」
「故に、だよ。アルム。信頼故。私が定めた役割故に。……そしてなにより、あの騎士もまた、それでも良い、それが良いのだと理解した故に。だからこそ、あのとりえもない平凡な騎士はこの私の剣を受け取ったのだ。
帝国である私のため、あの凡百の騎士は凡百のまま、帝国最高位のこの私の騎士となることを自ら受け入れた」
「それは…………とても、尊い話です」
「いいや、これは愛の話。平民の愛に応える私の物語だ。…………そう、これは私の物語。皆、私が、帝国が愛を与えるための受け皿にすぎない」
「悲しい考え方です」
「侮辱だな、それは。天に立つものを卑下することは許されない。……でもまぁ、今日のところは許してやろう。私はいまセンチメンタルなのだ。しかし、あっちの馬鹿者はどうしようか」
馬鹿、と言われてアルムが怪訝に思う。その隙を突いて、ディアエレナの体がぐらりと揺れた。アルムはディアエレナの腕から転がり落ちて、真っ逆さまに落下してーーーーふと、宙空ではね起きる。
そこは気を失う前と同じく空中だった。ただし立てる。座り込めるし寝ることもできるだろう。空にできた不可視の足場ができているのだ。魔力を固めて形成したステージ。ディアエレナが作り出した浮遊する魔法の小島だ。
すぐそばには、いまだ魔法樹が立っている。
魔法樹はシュラの大槍で一度半壊したはずだ。しかし魔法樹の幹には切れ目がなく、青々と刃が生い茂り、その高さは既に帝都の建物すべてを足し合わせたものよりも高く高くそびえ立っている。再生能力がはたらいているのだ。
魔法樹の生長は止まっていない。魔法は終わっていない。帝都の危機はいまだ終わっていない。
しかし魔法樹の幹のある一点からは黒煙が上がっている。火の手がある。は空気の重く苦しい振動が小刻みに続き、その波動は家一軒ほどの厚みを持った魔法樹の幹を一呼吸ほどの間隔で生ハムのようにすぱすぱと切り裂いていた。
あの常識外れの生長と再生を繰り返す魔法樹と張り合って、壊して壊して壊し続けている。
ーーーーそんな、とんでもないものが、いる。
「まったく、【帝国の盾】も仕事熱心よな。皇族同士が騒ぎの源と見るや、帝国民の保全を盾にあの通りの伐採作業を一心不乱に続けておる。今で破壊速度と魔法樹の修復スピードとほぼ同等。ここからトップギアで仕上げるつもりだろうが、さて。
しかしあの馬鹿、あくまで私とミリアマリンのいた枝木を破壊したのは物の弾みと言いたいらしい。まかり通るとでも思っているのか。やれやれ」
「……この魔法樹がまき散らす魔力素は、多くのヒトにとって害悪です。帝国とそこに住む全てのヒトを守るため、この魔法樹を破壊する。その判断自体は理に叶っているのでは?」
「国とはヒトか。私でなく」
「…………言葉が過ぎました」
「そうではない。そんなに畏るなよ、私のアルム。確かにそれは真理だ。そう、真理のひとつである。真実の一面にすぎない。……ああ、そうだ。ヒトは己の視野を唯一と信じたがる。滑稽なほど。
お前もそうなんだよ。見ているか、聞いているのか、ミリアマリン。お前の信じた帝国は、この城から見たジオラマだ。神に愛されたものだけでは、この世界の発条は回せないのだ」
そう言って。
ディアエレナは倒れた。




