まがりくねった曲げられないもの
全く省みない。胸さえ張ってみせている。
それがおれなんだと自信をもっているかのようにバカだとなんか宣言。シュラは最高にカッコよく決め台詞を言ってやった感を醸し出し、にかりと白い歯を剥き出しにして笑う。
もはや理屈は必要ない。というより意味がない。バカだし。
アルムは諦めて真正面から踏み込んだ。剣の柄の握りを直し、低く構え、鋭く踏み込む。
同時にシュラの大槍も走る。一動作で大気が震え、高濃度の魔力を青葉のように繁らせる樹木がざわめいた。
大槍は熱量を刃先に灯し、その身を赤熱に染め。
「ぉおおおおッ!!」
大槍が熱線に変わる。
シュラが大きく踏み込んだ。四肢のしなやかな回転に乗って、体全体が狙いを定めたターゲットに向けて赤熱の閃光が解き放たれる。
赤い閃光は魔法樹の枝葉を容赦なく蒸散させ、吹き飛ばし、焼き焦がす。ただ槍を真正面に突いただけの動作から繰り出された破壊力は、魔法樹の幹の八割を穿り取ったのだ。
正面から迎え撃たなくてよかったーーーーアルムはその惨状を「真上から」見下ろして、ほっと胸を撫で下ろした。
魔法を使って寸前で回避した。この魔法樹の高さまで来た時と同じように、魔法で遥か頭上の枝を掴んだのだ。
目に見える位置程度にひとりジャンプするだけなら、目標地点にアルムの魔力は必要ない。
しかし現在、真下の様子はよく見えない。シュラの攻撃で巻き起こった白煙と粉塵のせいだ。おそらくシュラもアルムを目で見えていないだろう。
だが、ディアエレナの姿なら、見えている。
チャンスだ。これは。
アルムは目標位置に狙いを定める。数小節を謡い、ディアエレナのそばまでジャンプする。
靴底が魔法樹の枝木に着地した。シュラの破壊痕は後方。……何やら興奮ぎみのシャウトとビリビリとした衝撃が魔法樹の幹のあたりから伝わってくる。それでいいのか【帝国の盾】。
アルムは視線をディアエレナに向ける。だがその間にはミリアマリンが立っている。血色が良く、ダメージの様子はない。
彼女には常軌を逸した回復力がある。おそらく、アルムの剣が首を斬り落としたところで絶命しないだろう。
アルムにミリアマリンを殺す手段はない。
しかしアルムの第一目的はディアエレナの救出だ。アルムは剣を後ろ手に隠し、指を走らせ。
「ぁあーーーーもう!」
指が残した光の軌跡は、すぐにバラバラになって霧散した。
ぎょっとする。ーーーーアルムの魔法を破壊したのは、ミリアマリンのあまりにも瞬間的で何気ない動作だった。幾度となく音読した本の一節を諳んじるような感動のなさ。
あまりにも無感動すぎて、アルムは一瞬、魔法破壊された事を認識できなかった。
呆然と、しかし殆ど反射的に自衛行動として剣を突き出すアルム。
ミリアマリンはそれに嘲りと憤りと憐れみを混ぜ合わせた表情を浮かべた。
「なんでかしらねーーーー」
ミリアマリンは目の前の空に向け、ビンタを食らわせる。それは不可視の圧力となって、数メートル先のアルムの体を一瞬遅れて横殴りに吹っ飛ばした。
二度三度と手を緩めずにそれを続けるミリアマリン。アルムはさながら机の上に迷い込んだ蟻も同然だ。ミリアマリンはそれを摘み、はたき、排除する。
そこに感慨はなく、強い怒りもなく、深い関心もない。小さく、微小な、疼きのような苛立ちだけがある。
「どうして、こんなにも大したことのないあなたが、お姉様に夢を見せたのかしら」
言葉が明確な暴力に変わる。細やかな拒絶が独り歩きをはじめ、圧倒的な魔法の力がそれを何千、何億倍にまで膨れ上がらせ現出させる。
暴力が嵐を形作る。嵌ったが最後、標的が損耗し尽くすまで続く蟻地獄のように。
髪をかきあげ、ちらりと後ろの磔にされたディアエレナを盗み見た。
「お姉様ぁーーーー。こんなののどこがいいの? こんな愛されない女。私の方がずっと、お姉様を愛しているのに。ええ。いつだって。私はこの身を壊してでさえ」
「ミリアマリン様はッ……どう、してっ……!」
「黙りなさい」
蝿をはたき落とすような動作で、ミリアマリンは竜巻を作る。アルムは簡単に巻き込まれた。
「魔法術式を破壊っ……!」
アルムは先ほどミリアマリンにやられた手をやり返そうと目を凝らす。やり方はサヤがそうしたように、魔法術式の中心を見つけて剣で斬ればいい。
肌を突く魔力の奔流が方向性を教えてくれる。竜巻魔法の中心に勘所をつけて、剣を振るう。だが剣刃の軌道は強い魔力に呆気なく弾き返された。
「そんっ……なっ……!?」ーーーー迂闊だった。魔法の中心の魔力が弱いはずがない。サヤのような退魔の力がない普通の剣では、魔法破壊は簡単ではないのだ。
アルムはなすすべもなく竜巻に巻き込まれ、吹き飛ばされる。枝木に体を強く打ち付けた。
血反吐を吐き、右半身は樹皮でヤスリをかけられてズタズタにされる。視界はじっとりと黒ずんだ。
ーーーーそれでも、剣は離せない。そこにはまだ、熱が宿っている。
ミリアマリンは背を向けていた。ディアエレナに縋り付き、頬ずりし、舐め回し、今にも唇まで塞ぎそうな距離にいる。
「お姉様。見ていてください、私の魔法。この世界の法則と運命を押し潰して、塗り潰して、私にします。ああ、これならきっと大丈夫。例え魔王が現れたとして、その運命まで握りつぶせる。本来の私が死んでも、殺しても、殺されても、消えてしまっても、この私は永遠になる。私が、魔を殺す帝国の宿り木となりましょう!」
「ミリア、マリン……!」
「…………あら、お姉様。お気づきに? タフで素敵。なら邪魔しないでくださいね。私、さすがにお姉様には勝てませんもの」
「だから、私の魔力を奪っている訳か」
「違います。この宿り木が未来永劫お姉様の守護をさせるには、やはりお姉様のお力を中心に据えて、弁えさせる必要がありますもの。私では駄目なのです。所詮、お姉様に遠く及ばないーーーー愛されていない私では」
「都合のいい夢ばかり見て……!」
「そんなことはありませんわ。これによって、この帝国国土にあるあらゆるものが、私を通じ、この木を通じ、お姉様に隷属するようになる。それって、神に愛されているお姉様を愛するということ。それは神に隷属するということ。ヒトはみな神の命じた役割に殉じる奴隷なのですから、ほら、何も変わりません」
「…………ミリアマリン。私の妹。お前をここまで思わせたのは、私のせいか」
「いいえ。はい。お姉様は悪くありませんわ。ただ、お姉様はあまりにもヒトの領域から外れすぎていた。超越者すぎた。あなたを愛した私は、それを愛するべき私達お姉様以外の『群像』もまた、ヒトの身では足りないのです。明確に。完全に。圧倒的に。この肉の器では! まったく! 足り! て! ない!」
もうアルムに取れる行動は限られていた。魔法では真正面から勝てない。剣だけ振っても歯が立たない。
だからこそ。
機を狙い。力を溜め。魔力を励起させ。魔法術式を巧妙に隠し。
ミリアマリンの警戒の波を読み切り。
ーーーー剣を、投げた。




