うつけもの
根が深く潜り、帝国のホールはバラバラになっていく。レンガ敷きの床は剥がれ飛び、調度品は弾け飛ぶ。
根から、葉から、樹皮からとドロドロとした肌触りの悪い靄のようなものが吐き出てきていた。
「ーーーーぁあーーーーぁ!!」
アルムが運んだ騎士が白目をむいている。
あの靄だ。それが原因だろう。あれは靄だが、ただの靄ではない。本来見えない魔力素だ。魔力素は魔力の源だが、その濃度が高過ぎれば猛毒に変わってしまう。過ぎたるは及ばざるがごとし、というものだ。
しかしアルムは平気だった。「森」での生活が長かったおかげだろう。
だがこれは放っておいていいものではない。帝都に住むヒトはこの魔力素の濃度に耐えられない。鍛錬を続けている騎士でさえも口から血を垂れ流し、気を失いそうになっている。しかし歯を食いしばって自ら叱咤している。
「ーーーーぇお!」
騎士は震える指で剣を寄越す。
その意味をアルムは理解した。だが、それをすれば彼は助からないかもしれない。
ーーーーそれでもアルムは頷き、剣を借り受けた。
「騎士ガレン。この剣、確かにお借りします」
言葉とともに騎士をその場に捨て置いた。アルムは身を翻し、ホールに突っ込んだ。
ーーーーホールの中は、既に異界になっていた。
生長を続ける魔法樹。樹皮を突き破って枝木が蜘蛛の巣のように入り組んで無造作に伸び進み、ホールの壁に孔を穿つ。そして枝木の周囲では木のるのように魔力素の球をつけている。
魔力球は熱量を吐き出してめちゃくちゃな気流を作り、でたらめの胞子が影を育て、影は更に実を結び、真っ黒な樹木の生長に還元されていく。
樹木の頂点はホールの天井を抜け、瞬く間に天に向けて背を伸ばしている。驚異的な速度だった。例えこの木を切り倒せたとしても、この魔法樹はすぐにその傷を枝や実で埋め立てて、なにもなかったかのように育っていくのだろう。
やはり、この魔法樹の伐採には単純な破壊力などでは足りない。次元を切り開いて魔力を吸い出し、生長を支えている魔法術式の中枢を破壊しなければならない。根っこごとむしり取るように。
ーーーー同じことだ。
ディアエレナ皇女を救う。この異界を破壊する。そして帝都を救う。このアルムがしたいすべてのことは、たったのひとつで解決できる。
この魔法の中心になっているミリアマリン第三皇女をーーーー。
アルムは魔法樹を見上げた。ディアエレナの残り香を探して目を凝らしーーーー見つけた。既に高度は20メートル近く。木の枝に体を貫かれたままだ。
指先で魔法を走り書き、アルムに近づいてくる魔法樹の根を圧殺した。
目を金色に輝かせ、遥か上空の枝木に手を伸ばす。
ーーーー距離が押し潰され。空間が圧縮し。
アルムは20メートル上の枝に着地した。
ディアエレナはすぐ近く。しかしーーーーその前にはミリアマリンがいる。
ミリアマリンのお腹には掠り傷一つない奇麗な真白な肌をしている。ディアエレナの魔弾で撃ち抜かれ、大穴が開いていたはずの腹部だ。その証拠にお腹の周りのドレスは焼き切れて、焦げ目と赤黒い血痕で汚れている。
驚異的な回復力ーーーー魔法樹と共通している特徴だ。魔法術式の中心になっていることも関係しているのかもしれない。
「ミリアマリン様! すぐにディアエレナ様を解放しなさい!」
「まさか。お姉様がそんなこと、望むはずがないわ」
「この木だって! 一体なにをするつもり!?」
「……ああ、におうわ。あなた、愛されていないわね」
「意味がわからない……!」
「アルム殿ッ!」
言葉とともに衝撃が走った。ミシリと枝木が軋み、樹皮がバラバラと崩れていく。
シュラが大槍を背負い、今まさにミリアマリンに切り掛かりかねないアルムの前に膝をついている。
アルムは半歩下がる。剣を構え、助け出すディアエレナまでの道筋を確認する。正面にシュラとミリアマリン。その奥にディアエレナ。
「どうしたんです……?」
「どうした、などと。それこそおれのセリフだぞアルム殿。これは帝国の問題。然るに、おれは為すべき仕事だ。なにせおれは【帝国の盾】だからだ。この帝国を守るのはこのおれだ。この大槍に誓って、だ。
……いや、この大槍は正直おれの趣味ではないが……それでも愛着はある。誓いの重みも知っている。アルム殿には手出しをさせん」
「その面倒臭い言い回し……誰かの受け売り?」
「無論!」
「胸張っていうことじゃないでしょうが。なら質問させて。あなたはこの木を止めるつもり? この木は危険だ。放っておけば帝都じゅう……いいえ、帝国全土だって魔力素の毒で覆いつくしかねない。帝国はこの魔法樹しかない国になる!」
「毒? ああ、毒。なるほどなー。なんか動きにくいと思ったぞ」
ごきりごきりと肩を回してみせるシュラ。どうやら理屈はアルムほど理解していないようだが、帝国がこの魔法樹のせいで危険になっていることは察しているらしい。野性の勘か。
しかしどこかボケた態度だった。アルムもともすれば調子ぬけして剣を下ろしかけてしまうが、すぐにこの剣の重さを思い出した。アルムの剣に本気を見たらしい。シュラもまた真剣な目を返した。
「しかしだぞアルム殿ォ! この帝国のかじ取りをするのは皇族だ! 皇族が決めた政策、その結果とあれば滅びもやむなし。それが必衰というものだ。
そして、このおれは【帝国の盾】! つまり、おれの知る帝国を守るための盾に他ならぬ!」
「また面倒な言い方をして……!」
「そしてなによりも! 帝国と王族に刃を向ける大罪、アルム殿に背負わせるわけにはいかん! これは帝国を守る盾となる、このおれの使命だ! ここは速やかに退けィ!」
「お気遣いどうも。でもね、こうして剣を託されて、イゾルデを……友だちを使い捨てられて! ここで退いたら、騎士の名折れ!!」
「剣。剣か。ほう。なるほど。そいつは。ーーーーならば是非もなし。このおれを越えていけ!」
大槍を握りしめて、その先をアルムに向けるシュラ。
肌が裂けるほどの衝撃がアルムの全身を叩く。その本気度に目が眩む。アルムは歯を食いしばり、剣に伝わる震えを握りつぶした。
「……どうして!」
「時間がないのだ! おまえが言って聞かぬというなら、おれはおまえをぶっ飛ばすのみだ! アルム殿!」
「このっ…………バカぁ!」
「知ってる!!」




