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発動するもの

「これ、はっ……?!」


 アルムは目を見開いた。


 肌を突く魔法の圧力。漂う香り。耳を裂く三階層の音楽。その一切が伝えている。


 明らかに、現実は崩壊していた。


 最早、先ほどまでの『歪んだ』程度では済まされない。


 時間と空間で仕切られた次元の境界線は、膨大な魔力の波によって突き穿たれた。


 砕けた次元の境界。その大穴が開いている。


 その奥にある高位次元。そして、目。


 金色の虹彩。血走った白目。


 なによりも、その大穴の奥に籠る、尋常ならざる魔力素の濃度。


 アルムはサヤのように「魔法の形に練られていない」魔力を見ることはできない。


 しかしそれでも、その漏れ出た魔力素は「見える」。


 才能のないアルムにさえ見て取れるほど、穴の奥の魔力素の濃度は高いのだ。それは、まさしく、暴力だ。



 呼吸に必要な酸素さえ、濃過ぎればヒトは死んでしまうように。この濃度の魔力素で満たされた大穴の先にただのヒトが入ってしまえば、30秒と持たないだろう。


 ーーーーそんな空間と。


 ーーーーこの世界は今、大穴を開けてつながりあっていた。


 ただ穴が穿たれ繋がり続けているだけではもちろんない。黙っていれば魔力素は垂れ流れて来てしまう。


 あの大穴は危険だ。あれがあるだけで、現代世界は破壊されていくだろう。


 このまま放置するわけにはいかない。性急に大穴を閉じ、境界を修繕しなければーーーーこの帝国はおろか、世界じゅうの生物が滅んでしまう。


「やめなさい! 今、すぐに!!」


 アルムが叫んだ。アルムの周囲には、ばたばだと倒れるヒトも出始めていた。漏れてきた魔力の濃さだけでも、すでに耐えきれないのだ。


 【魔法の支配者】、第三皇女ミリアマリンはーーーー惚けていた。


 帝国の民がこのホールで倒れているにも関わらず。熱っぽい目で大穴を見つめている。


 そしてその胸はやがて、閃光に貫かれた。


 ミリアマリンの体がぐらりと揺れた。口から血反吐を吐き、ドレスも真っ黒い血で染まっていく。


「ミリアマリン=マクミクシア。我が帝国に仇なした大罪……購ってもらう!!」


 上層。ホールの上段では、ディアエレナが指を伸ばしてミリアマリンを射抜いていた。


 指差しとワードによる魔法の弾丸が、ミリアマリンを呆気なく撃ち貫いたのだ。


「あぁぁ……お姉様、お姉様お姉様。


 お姉様がその目以外の魔法で私を蹂躙するなんて、いつぶりなのかしらぁーーーー? もしかして、これが最初?」


「これが最後だ、皇族の恥晒しよ。……私を超え、皇帝の継承権が欲しければ、なぜこのような手段を取ったのだ。貴様は、このような手で……守るべき民を……!」


「いいぇ。お姉様。


 私、お姉様から何かを奪おうなんて、考えたこともないわぁーーーー」


 深く呼吸を繰り返し、ミリアマリンは喘ぎ、言葉を編んだ。


 弱々しく震えた指を伸ばす。その指先には胸の血が滴り、身じろぎするたび、乾いた血小板が粉雪のようにこぼれ落ちた。


「私にはーーーー才能がない。カリスマがない。魔力がない。


 あったのは夢。近づけば消えてしまう、蜃気楼のようなもの。


 それで、よかった。お姉様の帝国を愛せさえすれば、神様に愛されたお姉様を愛せるなら、それで」


「神様……か。ミリアマリン、あんなものが、お前を苦しめた根幹か。遂には、存在しない魔王と、確かに存在するこの私。その境界さえ曖昧になるほどに。


 …………なんてこと。ミリアマリン。お前は賢すぎたよ。気付くべきではなかった。知るべきではなかった。そんなことは」


 ディアエレナが語る。その言は、とても抽象的だったが、なにか引っかかるものだった。


 アルムは口を開きーーーーすぐにかぶりを振った。そんなこと、今はどうでもいい。今はそれよりも。


 先決なのはまず、事態の収束。


 それはこの魔法を止めること。


 ーーーー既に魔法をコントロールしていたミリアマリンは、ディアエレナが討った。


 コントロールするヒト、大規模な魔法術式に魔力を流し込み、規模を操作するモノがなければ、いずれ魔法はエネルギーが底をつきてしまうだろう。


 なにより現実世界を破壊するほどの大魔法だ。ヒトの手によるコントロール抜きでそう簡単に維持できるはずがない。


 であれば、あとはあの大穴を閉じればいい。世界には「元に戻ろうとするエネルギー」がある。あの大穴のエネルギーを拡散できればそれは成る。


 周囲を見る。立っているヒトは半分ほど。倒れて泡を吹いているヒトも半分。


 誰も彼もがこの場を去ろうとしている。危険だからと。逃げようとしている。


 ーーーーそれでいい。どうせこの魔法は放っておけばそのうち止まるもの。


 アルムは身近の騎士を助け起す。遠くではシュラが大槍を投げ捨て、何人かを一気に担いてホールの外に出ようとしている。


「サヤ……」


 爆心地。大穴の中心に突き刺さっていた剣を見ようと目を細めた。


 ーーーー大穴の深淵は、見ているだけでも全身を丸呑みにされてしまいそうなほど黒く、黒く、ひたすら黒く、果てしない。


 あの大穴を無視して、剣を取りに行く、などと。


 アルムにはあの魔力が収まるまで、どうしようもなかった。


 アルムは奥歯を噛み締め、倒れる騎士を背負い、踵を返す。


「ーーーーミリアマリン! 貴様はッ!!」


 魔力の暴風雨の中、ディアエレナの怒声が突き抜けた。


 騎士をひとりホールの外に連れて行ったところで、アルムは視線を飛ばす。


 ーーーーディアエレナが、腹に風穴を開けていた。


「え…………」


 背後から突き刺されていた。それは貫通している。ディアエレナは口と腹から血を漏らしている。金色の目はその輝きを滲ませている。


 貫通していたのはーーーー枝、だった。


 それは蔓のようにしなやかに伸び、大穴の奥から根を生やしていた。


 枝はどんどんその体を肥えさせていく。


 当初はアルムの腕ほどだった枝の太さは、すぐに腰回りを越え、両腕で抱えられない太さに成長していく。全長もそれに応じて伸びていく。


 枝は大樹に変貌する。


 それは大穴からホールの床を貫いて根を張り、ディアエレナを陽に晒すように持ち上げる。


 背を伸ばし、幹を肥えさせて、抜けた天井を越えていく。


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