剣のその先
怨念の軍団は、搔き消えた。
それを確認するより早く。
アルムが、一人の手首をねじり上げていた。
小綺麗な装いが目立つ、汗ばんだ太ったハゲた男。見るからにーーーー変態色のオーラを放つ貴族だった。
「これは、あなたの騎士ライラックを私が打ち倒したことに対する意趣返し……というわけでもないでしょう、貴族様。
あなたがあのような、怨霊がかりそめとはいえ肉を持ち、みんなを惑わせるような魔法を設置したのですね」
「ライラックぅ!? 騎士気取りの姫君ぃ! あいつのせいで俺は大恥だ!!
なにより貴様は、第一皇女殿下が名指ししたテロリスト!! 俺は帝国のため! 貴様をぶっ殺そうとしたのだ!! 貴様は大罪人、背負った悪意に取り殺されろ!」
「貴族様。一つ訂正を。私は全力の魔法でライラックと戦い、彼もそれを全力で、正面から撃ち破ろうとした。あの結果は恥ではない」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇい!! テロリスト風情が! 今度は帝都を守る守護魔法を破壊しようという魂胆かあ!?
イゾルデ! どこに行った!? 俺のイゾルデぇ!! ヤツの精神を破壊しろ! どこだぁ!! 飼い犬の分際でぇ!! 恩を忘れたかぁ!!」
アルムに手首を捩じ上げられているにも関わらず、変態貴族は熱くなっていた。
ころころとした体を左右に揺らし、イゾルデの姿を探して周囲に唾と汗を飛び散らせている。
アルムはその様子を冷ややかに見下ろしていた。
やがて、視線をある一点に向ける。
ミスター変態貴族の背中側。
決して見えない位置で柔和に微笑んでいる、銀髪と褐色の姫君に。
「…………イゾルデ」
「アルム様。その節は……」
「イィィィイゾルデぇえええええ!! やれ! 殺せ! 殺せ! 殺せぇぇぇえええええ!!」
「はい」
瞬間、イゾルデの額が輝いた。
種火のような小さく、オレンジ色の光。
それは閃光のように煌めき。
変態貴族の頭を貫いた。
「ぁえ…………」
情けない声を残し、変態貴族は力なく崩れ落ちた。
困惑するアルム。イゾルデは微笑みを絶やさない。
「イゾルデ……なにを?」
「ええ。これは私の国の秘伝、なのですが…………ヒトのココロを覗き込んで、いじり回して、犯し尽くして、砕き切る、この魔法はそのようにして、ヒトを殺します」
「どう、して……?」
「苦しかったのです、アルム様。私は、こんな野心に満ちた醜い男よりも。
…………ああ、そう。孤高。孤独で、高潔な、あなた様。あなたの方が大事なのです」
イゾルデが、一歩、前に出る。
アルムが表情を歪めた。頭を押さえる。汗を流し、嗚咽を漏らした。
ーーーー侵食されはじめている。
[アルム! イゾルデは『食われてる』! 見えるんだ、体に薄く、青い靄みたいなのが! 魔法にかけられてる! 操られてるぞ、そいつも!]
「あれ、よくわかるのね、アルム様。どうしてかしら。まるで、誰かに助言されたみたいに、ぽっと考えが浮かびましたわね。不思議ね。アルム様。
ーーーーあなたはスペシャルなんかじゃないのに」
苦しむアルム。イゾルデは変わらず微笑み、なおも歩み寄る。
「なにを……いってるの?」
「言葉どおり。あなたは神様に選ばれていない。特別でない。
あぁ、苛々するわ。お前。私はダメなのに。この身全て、心全てを捧げてもまだ足りないのに!
ああ、本当にズルイ。卑怯よ。不公平よ。間違ってる。お前が、どうして。お前なんかがーーーー!!」
イゾルデが、アルムの頭を両手で覆った。
みしり、と何かが軋む音がする。イゾルデの周囲の青い靄が、アルムにも移る。
[アルム! ヤバいぞ……! ヤバい! 逃げっ……!]
逃げーーーーられる、のか? これは? この状況で? どうやって? どうしろと?
「…………あなた、やっぱりイゾルデじゃないね」
「は?」
「あの舞踏会の夜、あのとき、私はイゾルデに頭を覗かれた。この感覚はあのときのものとはまるで違う。
これはイゾルデの魔法じゃない。
あなたは、イゾルデじゃ、ない」
アルムは言い放つ。イゾルデは顔を怪訝に歪めた。
そのリアクションを見て、アルムは小さく口を歪めた。
そして。
イゾルデを抱きしめ返した。
[ってなんでじゃぁぁああぇ!?!?]
オレ、感情、爆発。
とりあえず浮き足立つ。叫ばずにはいられない。喜んでいいのか落ち込んでいいのか曖昧なモチベーションがジェットコースターのように無軌道を描く。
どどどどどどどどどういうことなのだぜ!?
「貴様、その脳を裂くような汚い声を止めよ。粋というのを知らないのか?」
オレのすぐ上から声が届く。ホールを見下ろせる貴賓席のような場所で、ひとりが立っていた。
クソ姫である。




