剣の行方
アルムの関心は「なぜオレがここにいるか」にあるようだ。
…………「目の前が真っ暗になって、気がついたらここにいた。」としか認識していないオレに説明を求めても無駄だぞ。あしからず。
首をかしげつつ、辺りに横たわる重傷者に駆け寄るアルム。意識のないもの、おぼろげなもの、ハッキリしていて呻いているもの、喉が潰れているもの。様々だった。
そのひとりひとりにテロリストだなんだと警戒されつつ、適当な手品で誤魔化した隙を突いて患部に治癒魔法らしいグリーンの光を叩き込むアルム。
…………鮮やかな手並みだった。そしてそれを、敵意をハッキリと向けられた上でやっていた。動じない女だ。
オレが絡まなければ、アルムは普段こんな具合なのだろう。
そして、フィーネはそのアルムの態度が心底つまらないようだった。汚らしく舌打ちし、爪をカチカチと鳴らす。
「アルム。そんなクソザコナメクジ先輩はほっといなさい。いいからさっさと脱獄するわよ。とりあえず国境まで。いい?」
「放っておくなんて……何人か本当に危ないヒトがいるのに?」
「なんであんな化け物が湧いてきたのかはわからないけれど、好都合なことには変わりないわ。混乱に乗じて帝都を出る。ボクらが一番すべきなのはそれ。そんな端役の延命じゃないわ」
「…………黙って。気が散る」
「いいえ、黙らない。アルム。あなた、自分の立場が分かっていて? 帝国に仇なす反逆者よ。実情はどうあれ、あの傲慢なお姫様がそう断定したの。わかる? これがどういうことなのか。
あなたはね、帝国に殺されるわよ。今あなたが助けた皇城の騎士様ってね、命令どおりに敵を殺すことしか頭にないわけ。飼い主以外からの恩を感じると思う? あり得ないわ。
いい? アルム。騎士っていうのはねーーーー訓練された猟犬よ。プライドも仁義も高潔さも、おとぎ話の中にしかない。ここの城にいるのはそういう、自分の力を金で売った連中だけなのよ、バーカ!」
フィーネの言葉を、アルムは無視し続けた。
黙々と治癒し、治癒し、治癒し、治癒し続けーーーー。
ふと、手が止まった。
フィーネの罵詈雑言のような説教も、ぴたりと止まる。
ふたりは同時に、廊下の端を睨みつけた。
「…………そういえば、変ね。急げ急げとお尻ペンペンしているボクがいうのもアレだけど」
「増援が遅すぎる」
「いや、逃げるぶんには好都合だけれど。別に期待もしてないわ。ただね…………あの暗がりから、やたらさっきの化け物と似た気配がするの、気のせい?」
「…………」
「アルム、こういうときとベッドの上でくらい、正直に言ってもらわないと困るわ」
[オレはなーーーー正直に同意する。ああ、ベッドの話だけじゃなくてね?]
「ベッドの話はいい。…………いる。さっきのが」
ーーーーなぜだか。
魔法で守られているはずの帝都の中に。
また、あの獣魔人が現れた。ということ。
「ち。その剣といい、化け物といい……どういう仕掛け? まさかアルム、あなた、アレに恨まれるようなことでもしたの?」
「……………………」ーーーー斬り殺してるがーーーー「それ、なにか関係あるの?」
「怨念、執念、邪念……そういう悪い強念ってね、焼きつくらしいのよ。ヒトやモノに。取り憑いて、溶け込んで、内側から食い破ったり…………あんな感じに実像を結んだりね」
[まるで怨霊だな]
「対処は? 知ってる?」
「ふたつ。場の念を解けばいい。損耗させるか、丁寧に解きほぐしてやるか。どっちでもいい。もしくは、実像を結ぶために使っているパワーを削り取る、か」
「削る?」
「そもそも念だけで実像なんて無茶苦茶な話よ。なにか、【霊域】みたいな超高密度な魔力素が場を満たしていないと。強い魔法が働いているとか」
[……………………ああ、つまり……お空の……アレ、か]
ーーーー。
アルムは腰を上げ、剣を構える。フィーネも片手で指先から宙空に譜面を広げた。
迎撃態勢をとる。
だが、状況から察するに、この獣魔人を倒しても、またすぐ次がするはずだ。いや、もしかしたらそこかしこに何体か現れている可能性もある。
間違いなく、この現象の最中、皇城は混乱していた。
逃げることはできる。そうフィーネはアルムに目配せしていた。
ーーーーそれを、アルムはキッパリと断った。
「なんでよ!」
目前の獣魔人を無視して、アルムを怒鳴りつけるフィーネ。襟首を掴み上げて殴り飛ばしかねない勢いだ。
その形相に、アルムは返す。
「私は、みんなの希望を守る騎士になる。なら、この帝都のみんなの危機、放っておけない」
「それなら…………おまえの希望はどこにあるわけ!?」
「ここにある」
そう言ってーーーー。
アルムは、剣尖を縦に揺らした。
「……………どういうこと?」
「この剣と、この手の熱が、私の希望。それが今の私の原動力。逃げるっていうのはね。私にとってそれは、この剣と熱を捨てることになる」
「…………アルム、あなた、バカ?」
「それでいい。この剣と熱を握って、私は押し通る」
「…………身勝手ね。ボクと同じで」
[いや、おまえと一緒にすんなや]
にひひと八重歯を見せて笑うフィーネに、アルムは帽子のツバを上げて返した。
獣魔人はゆっくりと歩み寄ってくる。
重力がその度に一段階重くなっていくのを感じる。
あまり近づきたくないーーーー。
その意見は交わさずとも、アルムとフィーネの間で一致していた。
同時にスペルを描き、作りたての魔法術式に魔力素を流し込む。
水の竜が牙をむき出しにして疾走した。それを追走するように廊下という箱の中を朝顔の蔓が張り付いて伸びていく。
獣魔人の咆哮。その体を水の竜が呑み込む。振りほどこうとする獣魔人の手足に朝顔の蔓が巻きついた。
そこらじゅうをでたらめに殴りつけ、踏みつけ、打ち付け、押し潰す獣魔人。その度に水の竜は体を吹き飛ばし、朝顔の蔓は引きちぎられ続けた。
「さすが……ヘビーね。根本を断つ必要、ありそうね?」
「…………フィーネ、付き合うの?」
「乗りかかった船よ。……それに、楽しそうじゃない? 無限湧きする悪鬼の軍団なんて。一度こいつら思い切りぶっ飛ばしたかったのよね、ボク」
今度はかわいげなく、獰猛に牙を光らせて笑うフィーネ。
アルムは曖昧な顔を作りーーーー。
【根本】を討つ方法を考える。




