意地の悪い女
鈍い感覚。皮膚、神経、骨、血液、魔力素。ありとあらゆる全身を駆け巡るエネルギー。それらに集中して、どうにか私は体を動かした。
ラーマンの拳。拳。拳。拳。
青白い閃光が視界を焼き、衣服を焼き、髪を焼き、肌を焼き、遂に肉を抉りはじめる。
私は目を見開いた。
握りしめたこの手を開く。深く踏み込む。眼前にはラーマンの拳。
私はーーーー。
それを受け止めた。
びりびりと骨を沿って衝撃が走る。何かひび割れる。断裂する。炸裂する。弾け飛ぶーーーー感覚がして。
ーーーーこの手の熱量が、力に変わる。
鈍い爆音が、部屋を轟いた。
私は後方に吹っ飛んだ。ジュリアは意味のわからない悲鳴をあげる。
そして、ラーマンはーーーー白銀の鎧が真っ赤に変色した。
隙間という隙間から白煙が吐き出る。ガチガチと凍りついたかのように動きを鈍くする。手足は痙攣し、やがて力を失って墜落した。
ラーマンの表情が歪む。内部から空気を押し込まれて破裂する寸前の風船のような顔をした。
「ラーマン!? いったい……!?」
「簡単なこと。魔法弾の放出口に蓋をしてやった。私の魔力でね。壊れない丈夫な鎧なのが仇になったみたい。この通り、ものの見事にオーバーヒート」
「鎧ごと丸焼きってこと……!? ひどいことをするのね! 血も涙もないわ! 残酷な女!!」
「殴り殺されるところをニヤニヤ見てた底意地の悪いあなたに言われる筋合い、ないのだけれど」
つとめて冷ややかに言い放ち、私は傍に転がっていた羽根つき帽子を拾い上げた。
鎧の熱で苦悶に歪むラーマン。悲鳴ひとつあげない。ーーーーああ、呪いのせいだ。彼には痛みを訴える資格なない。それさえ許されていない。
そして魔法術式を魔力が逆流したのなら、しばらく感覚が狂って魔法は使えないだろう。
ちょうど今の私と同じように。体の末端まで感覚が狂いに狂っているはず。しばらく動けるはずもない。
ーーーー私は彼から決して、目を逸らしてはならない。無視してはならない。
その痛みを感じ、耐えられもしないなら、私はこの場で捕まりなおして殺されるしかない。
私はジュリアに一歩詰め寄る。ジュリアが引きつった顔で後退する。
それは何度か繰り返され、遂にはジュリアは扉を背負った。
「あなた、ここからどうやって逃げるつもり?」
私とジュリアは異口同音に言った。
ひくりとジュリアは震えた。私は目を細める。
私の狂っていた感覚が、徐々にだが甦りつつある。
鈍い頭痛と吐き気は消えない。だが、ラーマンの攻撃を受けてできた全身を伝う痛みのおかげで、体と意識のズレが解消できてきた。
これならば、私にも魔法が使える。もしかしたら頭痛や吐き気は酷くなるかもしれないが、背に腹は変えられない。
私が指先をジュリアに向ける。ジュリアは悲鳴をあげた。目に涙をため、目線が私から外れーーーー。
「ーーーージュリア。ラーマンなら動けないよ」
「ひっ!? なんでっ……!?」
「彼は今、全身の穴から沸騰した血液を一気飲みした状態だから、体が熱くて熱くて、神経が焼け溶けてしまったように感じてるはず」
「ばかな、意味わかんないわ」
「でしょうね。彼も自分の体がどうなっているのか理解できていない。慣れるものでもないしね。正直、気絶しないのは感心してる」
「この人でなし! 私をどうしようっていうの……!?」
「さぁ、どうしようかな。ーーーーあぁ、でもひとつ教えてあげる。私の師匠はね。『森の悪い魔法使い』なの」
「ーーーー」
ひくりとジュリアは震え、顔を引きつらせた。表情から血の気が引いていく。
隠し得ない恐怖心。それはまるで悪魔か魔女に襲われているかのようだった。正直に言ってかわいそうなほど。
私は一言「扉を開けて」とだけ頼む。
途端、ジュリアの内側で何かがぶつりと切断されたーーーーのを、感じ取った。
泣きじゃくるような悲痛さで、ジュリアは叫ぶ。
親指の先を噛み切り、扉に円形を書きなぐる。手のひらサイズのそれに手を添えた。手の甲の刺青と合わせ、それは一個の図形を形作り。
青白い光が、ジュリアの手を輝かせた。
「ぅあっはっはっは! これぞ我が秘伝、魔条星煌ーーーー!!」
扉から杖を引き抜いた。星の装飾を帯びたその杖を掲げ、その光を受けてパッと顔を輝かせた。
そして。
ジュリアの背後で扉を食いちぎった。
ーーーー水の竜の牙が、光る。




