そしてようやく、オレ達の話だ
少女が丸太小屋を出たのは次の日の朝だった。
泣き腫らした顔を羽根つき帽子を目深く被って隠し、腰に下げたオレに掠れた声を向けた。
「ねぇ。あなたって、名前、あるの?」
[あるぞ。こんな、剣になっちまう前の名前だけれどな]
「私の名前はアルム・ミルメット。私の夢、私の望みは……騎士になること。師匠から受け継いだように……『希望』を守る、騎士になること。
そのために、これから帝都のセント・ミクシアに行こうと思います」
[おう]
「あなたを意思のある者と見込んで、私はお願いをします。ーーーー私の愛剣になってくれますか?」
ーーーー予想外の発言だった。
目が点になった(いや、剣だから本物の目はないのだが)オレに、アルムは続けた。
「私の行く道は、きっと戦いばかりです。私が負ければ、あなたは折られたり、奪われたり、捨てられたりして、ここには二度と戻ってこれないかもしれない」
アルムは言った。伺う声には、どこか潤んでいるようにも聞こえた。
ーーーー「これは純然なゲーム」ーーーー。
元の世界で最後に言われた言葉が脳裏を突き刺す。
あの日本人形然とした自称【女神】がなんだったのかは、この際どうでもいい。
あんな世界に元から興味も関心も希望もない。あんな世界の女神のことなんてどうでもいい。
ただ、今はーーーーこの子を放っておけない。
少しよそ見をしている隙にぼっきりと折れてしまいそうな気がする。よく知っている。そういう感覚を。
[いいぞ。むしろ、そこらの壁に立て掛けられて見捨てられたらどうしようかと思ってた]
それが一番困るゲームオーバーのシナリオだ。楽かもしれないが、ネットもないんじゃ暇死確定である。
「良かった……。じゃあ、名前、教えてもらえる?」
[…………必要か?]
「必要。パートナーの名前を知らないなんてとんでもない」
[…………重要なのか?]
「極めて重要。名前ははじめに魂に【墨入れ】されるものだから。魔法的にね。知っているのと知らないのでは、繋がりの強さが全然変わってくるもの」
[………………ほんとうかー?]
「ーーーーああ、やっぱり、私がパートナーじゃあ、ダメ…………?」
アルムが目を背け、いそいそと腰から剣を外しにかかる。
思い込んだら止まらないタイプだ。変に言葉を濁さないほうがいいだろう。ーーーーああ、くっそ! やだなぁ!
[わ、わかった。わかったから。言うから。だからおいてかないでください。ーーーーお前が言えっていうからだぞ。だから…………笑うな]
「笑いません」
[オレの名前な………………サヤ、っていうのだ]
「……………………うん、覚えた。いい名前ね」
[ほらー! やっぱりなー! 今の間っ! 『えっ剣なのに?』みたいなリアクションのソレ! だからイヤだったんだようーあーうーあーあーあー!! 悪いかよサヤで! いや剣だけどな!]
「剣……そうだね。本当に。剣なのにね」
うんうんと一人頷いて、アルムはようやく、顔を上げた。
丸太小屋を背に、足を踏み出す。