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諦めの悪い女


 怪訝な顔をしたジュリア。私はその表情を最後に、目を瞑る。


 集中ーーーー。


 鈍化した感覚の隅々に私を流し込む。指先から手を生やす。皮膚細胞に目玉を作る。神経でものを考える。血管に手のひらをかざし、私の想いを練り上げる。


 ーーーー私の指先には、小さな切れ目がある。


 感覚を殺さないための無骨な方法。感覚を鋭くする。刺すような痛みをあたえる。そのために、私は爪で指先に切り傷を作っておいていた。


 傷をえぐり、血は滴っている。指先から血へ、私の魔力の一片を削りとる。


 それを続けるうち、ようやっと、拘束する椅子に少しだけ染み込んだ。


 後は、乱暴に『弾けさせる』だけでいい。それだけなら、術式を使った繊細なコントロールは必要ない。


(起爆……!)


 念じ、想像する。爆発のイメージ。


 それは伝播する。脊椎を走り、神経を伝い、血管に伝達し、その血の奥の魔力素に刻み込み。


 想像は形になる。


 椅子の肘置きが吹き飛んだ。


 驚いて身を縮めるジュリアと、微動だにしないラーマン。私は右手だけが自由になった。


「ーーーーラーマン! アルムを殺せ!! 返事!」


「肯定する。是非はない」


 私は指先で魔法を描く。なんとか一部を吹っ飛ばしたものの、椅子を伝って全身をかき乱す魔法のジャミングは未だ健在。魔法を書き連ねる輝きは掠れて弱々しい。


 それでも、魔法術式を走る魔力素の群れはイメージ通りの弾丸に変わる。宙空を舞い、私の拘束を無理矢理に破壊した。


 自分の全身をぶっ飛ばす調整で撃ち込んだが、減衰は著しく、私の体には殆どダメージはない。


 椅子からこぼれ落ちた私に、ラーマンの拳が迫る。背もたれは彼の拳で手のひらより小さく破砕された。


 私は転がって破片の雨から逃れる。


 魔法のジャミングに繋がれ感覚を狂わされ続けたためか、体が思うように動かない。


 平衡感覚は傾き、頭が痛い。吐き気もする。なんとか魔法を表現できた指先は冷たく、小刻みに震えていた。


 破片が膝を裂いた痛みさえも鈍い。まるで魂を別の容れ物に移し替えられたようだった。


 しかし容赦無く、ラーマンの眼光は私を追走する。


 ーーーー白銀の鎧。その手甲が肥大化する。より鋭利に、より強靭に、より攻撃的に。


 そして、輝く。


 青白い閃光が拳をーーーー変形した手甲を中心に煌めいた。


 パンチのモーションとともに閃光が放たれた。引きしぼる弓矢のように。トリガーを引いた銃弾のように。


 私はそれを惨めに床を這いつくばり、情けなくごろころと転がって、どうにか直撃だけは回避した。


 小さなモーションと同時に光の速さで一直線に射出される閃光は、明確な殺意を持って私を付け狙う。


 ーーーー素手では、とても敵わない相手だ。


 魔法弾は属性を持たないぶん他の魔法と連ねても効率が悪い。私が仮に全快でも、即席で出せる魔法の弾丸や刃の威力では鎧を貫けない。


 貫けるほどのパワーを魔法で出すならーーーー時間が必要だ。まず体の調子を整えて、距離を取らなければ。


 だが当然ながら、そしてそれを許してくれるほどラーマンは隙のある騎士ではない。


 指先の震えをこらえて小さな重力場を設置したり足下を泥に変えたりと妨害をするが、どれもが決定的ではなかった。


 ラーマンの膂力は重力場を問題なく突破し、足元が抜けた程度で殴れなくなるほど弱々しい体幹と筋肉をしてもいなかった。


 しかしそれでも、拳の軌跡は僅かに揺れた。私の頭を砕くはずだった光弾が、肩口を焼損させる程度に狙いがズレてくれる。意味は希薄だが、ないわけではない。


 だが、そのリスクは致命的だ。魔法を無理に使ったせいで吐き気が強くなる。どんどん意識が体とズレていくのを感じる。私にとってマイナスだ。


 とてもじゃない。倒せない。戦えない。


 逃げるしかない。


 だが唯一の逃げ道は部屋の扉。それは隙間なく密閉していた。


 ラーマンの攻撃には躊躇いがない。魔法で練られているらしい青白い波動は私を外して床や壁や、扉にさえヒットしたがーーーー焦げ目を付けただけ。


 完全に破壊できたのが初手の椅子のみのところを見ると、この部屋全体が魔法で壊せない構造になっているのだろう。


 ーーーー逃げ道が、ない。


 ジュリアが手を出さないのはそのためだ。「逃げ出せるはずがなく、倒せるはずもない」。その確信が余裕を見せていた。


 ーーーーそれでも。


     熱量は未だ、この手の中にある。

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