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椅子の女


 私はーーーー。


 目を細め、忌々しく手枷を見つめた。


 頭はどこかぐるぐるとかき混ぜられている。内側で励起させる筈の魔力素の波動は鳴りを潜め、魔力を帯びた声は掠れ、目の光も失せている。


 体の感覚さえ狂ってきた。自分という境界線が曖昧になる。何年も何年も使ってきたはずの自分のパーツひとつひとつの形に自信が持てなくなってくる。


 私ーーーー私の体には今、肉は付いているか? 骨は溶けていないか? 血は、流れているか?


 しかしそれでも、この手に剣はなく、抵抗の兆しは皆無。


 私ははりつけ。


 この椅子に縫い付けられた私は、こうして目を閉じて、眠るように大人しく座り続けている。せめて境界線が崩れないように。末端に神経を研ぎ澄ませる。


 椅子との境界に肉がある。その奥の骨。肉を裂けば、血の熱が肌を伝う。


 感覚する。知覚する。触覚する。そのひとつひとつをすくい上げるように。感じ入る。


 ーーーーーーーーーーーー。


 ーーーーーーーーーーーー。


 ーーーーーーーーーーーー。


 ーーーーーーーーーーーーやがて。


 重苦しく扉が開いた。


 2人が入る。赤い女の子と白い男性だ。


 女の子は長い髪を頭の上に結い上げている。身長は私の胸程度に低い。赤い外套に身を包み、青白い肌を隠している。目には色の入ったレンズのメガネを着用している。


 男性は白銀の鎧を身にまとっている。浅黒い肌に剃り上げた頭。橙色のような厳しい眼光で私を注意深く睨みつける。


「あたしはジュリア。こっちはラーマン。皇女殿下から、大犯罪者のあなたを見張る役目を仰せつかりました。


 ちなみに我々はどちらも皇族に仕える身で、階級は上級騎士勲章相当です。間違っても素手で突破できるとか考えないように」


 男は寡黙にうなづき、女の子の言葉に賛同した。


 以降微動だにしない男を一通り観察したのち、女の子は私に一歩近づいた。


「ーーーーとはいえ、あたし個人としては、あまりあなたが大犯罪者だとは思わないのよね。


 『なぜ?』って聞かれるとそりゃあ、あの第六魔法を下準備なしでできる魔法使いは歴史を紐解いても神代の時まで遡らなければならないし。


 あなたがつい数日前に帝都入りしたことだけは、帝都の防御結界の通過ログを見ればすぐにわかったもの。


 あなたがテロリストはあり得ないし。皇女殿下からお許しが出れば、すぐに釈放されるでしょうね。されれば。


 事実の話をすると、あなたはどちらかといえばーーーー本物のテロリストに利用された被害者。


 もしくは、ついうっかりテロリストの予想を超えて一線を踏み越えてしまったか。まぁ、そのどちらかしかないのよね」


 まくしたてて、女の子はちらりと男を盗み見た。


 男は微動だにしない。糸が切れた操り人形のようだ。


「ーーーーああ。彼はね。前に呪術を受けて頭を破壊されてしまっているの。


 戦闘能力としては非の打ち所がないのだけれど、『イエス/ノー』以上の意思表示ができないし、それを起点とした行動しか取れない。


 でも思考は働いているから、迂闊をすれば首が飛ぶわよ」


「それは……ご忠告どうも」


「試しに聞いてみますか。ーーーーラーマン。ディアエレナ皇女殿下の今回の判断って、正しいと思う?」


 ラーマンは一瞬首をびくりと震わせて、そのうちに、頭を縦に振った。


 女の子は苦笑いを浮かべて私に視線を戻す。


「ごめんね。彼、皇女殿下にゾッコンなのよ。昔からわがままって話だけれどね。どこがいいのやら。


 ああ、美人だとは思うのだけれど、皇女殿下はその、視点がね。どうも『視え』すぎてる。あんなのまともな神経で耐えられるなんて思えない。


 あのヒト、きっとヒトの姿をしたヒト以外のなにかよ。間違いない」


 女の子の背後で、ラーマンが首を縦に振った。問いかけでなくても肯定はできるらしい。


「ねぇ、あなたは皇女殿下のことをどう思う? ああ、つまりね?


 ーーーーこのまま、今の皇女殿下を次の皇帝にしてしまってもいいと思ってる?」


 ラーマンの首がまたびくりと震えた。


 私は、その結果から目をそらす。


「悪いけれど、私、あなたたちより皇女殿下のことを知らないの。そもそも皇帝閣下に必要なこともわからない。知らないヒトのわからない役柄の適正なんて聞かないで」


「…………模範解答ね。安易に答えない慎重さ。あたしは嫌いじゃないけれど、この皇族の世界では通用しない。あなた、一回首飛んだわ」


 ーーーーこれは。


 取り調べだ。


 しかも供述は事前に決まったもの。そのシナリオに私を乗せるためだけの、脅しと強制の三文芝居。


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