その名は、プリンセス
「管理?」
その一言に、アルムはキレた。プツンと弦が切れた音を空耳する。
アルムはディアエレナを睨みつける。しかし椅子に張り付けられたまま動かない。
ーーーーその様を確認して、ディアエレナは満足そうに口端を吊り上げ、目を細めた。
「そんな、まるでお人形さんみたいに扱われるなんて……ふざけてる。私はーーーー」
「知ってるわ。騎士になりたいのでしょう?
私は第一皇女。次期皇帝の継承権も第一位。帝国最上位のこの私が認めるということは、帝国最上位の騎士になるということ。
これ以上、この帝国で価値のある騎士の地位があると思っているの? 本当に?」
「もちろん! ええ、もちろん!」
「…………興味深いわね。聞かせてもらえる? 私の、アルム」
「私は騎士になりたい。けれどただ騎士になることにいみなんかない。私は、私はね。私の望みは、みんなの【希望】を守る、騎士になるんだ」
「それが?」
「簡単な話、帝国最強のあなたの近くで、私、なにかを守れる?」
[それな。なにせ帝国最強だからな。いらねーって自分の身を守るための騎士なんて]
アルムが物怖じしない目でディアエレナを睨みつけた。
その目をまじまじとディアエレナも見返した。顔を近づけ、じっくりと。その距離はーーーー額が擦り付き、サークレットがずれ落ちてしまいそうなほど。
「……………………。ふぅむ。熱はない。目も焦点が合っている。ヤケになったわけでもなさそうだな」
「当然。私は何年も森の中に閉じ込められた事がある。たかが椅子に縛り付けたくらいで、いい気にならないで」
「ほう、森の中に。………………。なるほど? 道理で私への敬意が足りてないわけだ。そんな未開の土地では、帝国の権威も届きにくいだろうしな」
「私の森をバカにしないで。………………ヒトの手が届かないのは本当だけれど、それでも社会はあった」
「イヌネコやムシの世界か? …………まぁいい。頭と舌は回るようで大変結構。私もこれ以上、あなたと波風立てる気はないわ。
ーーーーじゃあね、私のアルム。このまま少し休んでちょうだい。また来るから」
くすくすと笑って、ディアエレナはアルムからふわりと離れた。
軟派に手首をふらふらと振って、壁に掛けてあったオレを掴んで、部屋から出て行った。
アルムを硬い椅子に縛り付けたまま。意地悪で陽気な笑い声とともに。
* * * * *
ディアエレナは一度深呼吸をして、オレを片手に部屋から離れていってしまう。
悠然と廊下のど真ん中を歩く。部屋の外に控えていた騎士をはじめ、廊下の隅でメモを開いている従者やゆったりしているメイドに一人残らず指示を飛ばした。
…………こいつもヒトの考えていることがわかる魔法使いなのだろうか?
突然話しかけられたにもかかわらず、どいつもこいつもハッとしたり、試してみます、ありがとうございます、今すぐ取り掛かります、と意気揚々と駆け出していく。
「えっ、ぁ……どうして、私が第三書庫を探しているとわかったのですか……?」
ーーーーふと、若い(というより幼い)メイドが、まさしくオレの疑問を代弁した。
近くにいたメイドリーダー然としたヒトが叱りつけようとして、ディアエレナが静止する。
ディアエレナは膝を曲げ、背の低い幼いメイドに目線を合わせた。
「もちろん、私は次期皇帝である。皇帝とはつまり、帝国そのもの。お前も自分のことならわかるだろう? それと同じだ。この帝国において、私の知らないことはない」
答えなのか答えでないのかわからんはぐらかし方をして、ディアエレナはその場を立ち去る。
幼いメイドは目を輝かせて頭を下げ、廊下をばたばたと走り去った。その後ろをメイドリーダーの怒声が追いかける。
…………意外にも、無礼仕ったメイドを罰するようなことはしなかった。
拍子抜けだ。豪快で粗雑で嫌味な女王様かと思えば、なかなかどうして、偉そうに指示を飛ばしているが、不思議なことに横暴なところが見られない。
立ち振る舞いがアルムの時とは少し違うのに気がついた。もしかすると、【皇女】と【帝国の火】で明確に態度を使い分けているのかもしれない。
さっきは夢にも思えなかったが、もしかすると。
案外まともな為政者になるのかもしれないーーーー?
「ところでーーーー女王様ってどういう意味?」
本気で感心しているオレを、ディアエレナは鋭い金色の眼光で射殺した。




