それは、戸惑い
ーーーーどうやた、逃げ切れたらしい。
控え室に逃げ込み、らしくないほど呼吸を荒げるアルム。
帽子を外し、薄い汗を拭い、肩を上下させる。壁に背を寄せ、そのままずるずると床に座り込んだ。
「あっーーーーぶなかったぁ……」
[そうかい? 武器も壊せてたし……あの時、例の封印術とか打ち込めなかったのか? 『この距離ならバリアは張れないな!』みたいな感じで]
「バリアはあったよ。そうでなくとも、あそこで武器破壊以外の手を出したら、いま私はこうして無傷じゃない。
一番警戒の薄い『身体の外』を狙って武装解除させたんだけど……まさか、それで、あんなのが来るなんて……」
[あんなの?]
「最後の方の奴。多重奏式譜面術。…………確か、フィラー家の伝統的な技術だ。昔見たことがあるんだ。あれ、それこそそのままだったよ。
まいったなぁ、あのヒト、フィラー家のヒトだ。次の戦う相手だよ」
[ああ、やっぱり? 自称が『ボク』だったしな]
「…………まさか、女の子だったなんて……」
[……………え? ぅえええええ!? 知らなかったのか?! 昔見たのに!? あんなにおっぱいでっかいのに!!]
「えっそこ…………いやでも、私が見たの、森に入る前で、その時は、その…………でっかくなかった。あんなに」
[ということはここ数年でああなったってことか……?! あんなワープ的超進化を?! ヴァカなっ!?]
「……………………んなにでっかいのがいいかっつーの」
重々しいため息と一緒に、アルムが聞きにくい愚痴をこぼす。
ほどなく控え室にチャイムが鳴った。試合開始を告げる音。ーーーーはじまるのだ。アルムの二回戦が。
アルムは帽子の角度を直し、立ち上がった。
身を翻して控え室を出る。同じように通路を辿り、同じ戦いの舞台に向かっている。
「……気になるのは、どうしてフィラーが私を狙ったのか、だよね」
[ああ、アルムのカラダに欲情したとか言ってたな]
「ーーーーあるわけない」
[どうして?]
「だって、私、あんな…………じゃないし」
[このっ……バカ野郎ッ!!]
「ひゃっ!?」
急に怒鳴られてか、アルムが目をまん丸く見開いてびくりと震えた。
ーーーー思えばオレに対してこのリアクションは、初対面以来かもしれない。
もしかして普段はオレに慣れている、ということだろうか。
アルムは他の誰よりもオレに気を許してる。そういうことだろう。
そう考えるとーーーーいい。いいな。時折オレに隙を見せて女の子っぽい一面を見せるアルム。とてもいい! あとオレの価値も捨てたもんじゃ無い!!
[アルムはもっと自分の魅力を自覚すべきだね。ステータスは把握できてるかもしれんけど、その意味をまるでわかってない。
ーーーーおまえ、自分が誘ってコロリとイかない男が何人いると思ってる?]
「……………………考えたこともない。したこともない。全く自信がない」
[いいか、オレが断言する。おまえが本気で誘惑して、オチる男がいないはずない。二重否定だ。間違いなく百発百中だ]
「でも、その…………おっぱい」
[だからバカ!!]
「ひゃぁっ!?!?」
[おっぱいのでかさが女の子の魅力の100%なら、この世から貧乳は死滅してるっつーの! 自然淘汰だ! しかし現実を見ろ! チビもちっぱいもいくらでもいるだろうが!! いいか! そもそもおっぱいというのは、だーーーー]
「ーーーーああ、ごめん。それ後にして。もう着くから」
急にアルムの声が引き締まった。舞台へ続く最後の扉に手をかける。
一瞬アルムの顔が引きつりーーーーすぐに微笑が浮かんだ。
「ありがとう、サヤ」
[え?]
「あなたがいなかったら、今、怖くて足がすくんでたかも。今度こそ、これは私の、私のための戦い。しかも相手は、昔見た憧れのヒト。
……おかしいかな。私ね。今になって、急に怖くなってきたんだ」
[…………そうだな。そうだろうさ。わかるよ]
「でもねーーーーあなたと一緒なら、胸を張って、立って歩ける。この戦い、どうなるのかはわからないけれど…………お願いです。私と一緒に戦ってください」
[この答えなら、最初にもう言った]
「…………そうだった。行こう、サヤ」
[ーーーーもちろんだ。勝とう、相棒]
そして、アルムは扉を開けた。




