これは、●●●●
ーーーー煙幕が晴れる。
ボクは『譜面』を仕舞う。水竜は一匹残らず【あの子】のお尻に打ち込んだ。
視界がゼロでも問題ない。あの『魔力』は特別だ。
……ボクの魔力を知覚する感覚は別段鋭い訳ではない。
これは一般的な鈍さ。【聖域】と呼ばれるほど魔力素濃度が高くなければ認識もできない節穴さだ。
だがそれでもわかる。あの『魔力』だけはまったくの別なのだ。
【あの子】を見ただけで、つま先から頭のてっぺんまで引っ張り上げる様な快感が突き上げた。今でも思い出せる。
強く、強く、ひたすら強く、そしてなにより気持ちいい感覚。
ーーーーああ、もしかして、これが噂に聞く一目惚れってやつ?
大昔にそんな話をエリスがしていた。なんでも一目見て、電撃的で、刺激的で、情熱的で、頭が壊れそうなくらい気持ちいい。そういう感覚らしい。
…………なんてこった。全部当てはまる。
もしかしなくてもこれ、一目惚れなんだ。
そんなまさか、少女みたいな気持ちに、このボクがなるなんて。
…………ちらりと姿が見えて、『思わず』襲いかかってしまった。気持ち良さの源の前で感じない訳がない。気持ちよすぎて、ついバラバラにしたくなってしまった。
さて、ボクの水竜は無視界でも問題なく快楽そのもののような【あの子】にむしゃぶりついたーーーーはずだが。
打ち込んだ先には、ヒトはなく、代わりに木が生えていた。
独特の『魔力』は薄いが、その木から生じている。
あの木は【あの子】の魔法だ。
「地属性と木属性の二重属性の魔法使いっ……それも、ここまでの使い手なんてっーーーーぁぁぁああっ、ゾクゾクする。
どうして【あの子】は今までボクの近くにいなかったんだろう。まるでホラーみたい。ちゃんと名前聞いておけばよかったかなぁ…………?」
「知りたいか? フィーネ・フー・フィラー。【殺戮騎士】」
無遠慮な呼び止められ方にイラっとして、ボクは視線を差し向けた。
ーーーー実に、胡散臭い男が、そこに、いた。
喫えたタバコから煙を立てる。せっかく意識を向けてやったというのに、それに胃を返さずに悠長に煙を吐く動作。相手を敬わない自己中心的な態度だ。
ーーーーまぁ、これに関してはボク自身、ヒトのことバカにできない話だが。
「その呼ばれ方、嫌いなんだけど。カワイくないし。
ーーーーそれとも、そのあだ名通り、お前をその品のない種火ごと切り取ってあげましょうか? 得意よ、ボクは」
「ーーーーふん」
「鼻で笑った? 今? ーーーー笑ったなぁっ!?」
指先1つで水竜を動かす。一尾に五尾が続き、濁流になってタバコごと首を食いちぎろうと疾走する。
赤々と水しぶきが上がる。一瞬指の骨を伝う振動が、すんと消えた。
舌打ちする。ーーーーこれは、【魑魅魍魎】の類である。
「ーーーーお前は幽霊かなにか? 嫌いなのよね、身の程を弁えないワガママなヤツって」
「…………おまえは相当自分が嫌いらしい」
姿もなく、タバコ野郎の声がする。
「口の減らないオバケ様ね」
水竜を自分の周りに置き、ボクは周囲を訝しむ。
ーーーーあれだけあったはずの無数の視線。
それがあっさりと消失している。
「気づいたか? あいつにまた襲いかかってもらってはたまらないんでな」
頭上から声がする。男は煙になった水竜の残滓を払い、代わりに湿気ったタバコを投げ捨てる。
旅装束がはためく。その時に見える。片腕はない。
左手だけで新しいタバコを取り出し、オイルライターで火をつける。慣れた動作だった。
「断空魔界とは恐れ入ったわ。そんなカビ生えた魔法、ウチの婆様でも忘れてるわよ。あんた、もしかして監禁趣味とかあるわけ?」
「ない。必要に迫られればやるだけだ。そうならないよう頼む」
「お祈りは済んだ? だったらすぐに消えなさい。それとも成仏唱えてあげましょうか?」
「…………すまない。そろそろ本題に入らせてくれないか?」
「だ・か・ら・ねぇ……幽霊の分際でぇぇぇ!! 生きてるボクに命令しないでよねぇ!!」
ボクが踏み出すーーーー寸前。
鼻先に掌底が打ち込まれた。
打つというより通せんぼするような動きのそれにボクは面食らった。体が吹き飛ぶ。よろよろと後退した。
追撃はしなかった。突き出した手のひらを水平にして、何か輝くものを浮かばせる。
それはーーーー紋章だった。中心に琥珀色の宝玉が埋め込まれた紋様だ。
「この印、おまえなら知っているだろう? あらゆる【魔】を殺すフィラー家、なかでもお前は魔性の殺戮にかけては『美食家』だと聞く」
「…………さすが幽霊。またカビ生えてそうなものね。ーーーー【星竜】ね。
これがどうかしたの? 婆さんの押入れの奥で見つけた? それとも【霊獣】の胃袋の中? 悪いけど鑑定眼は期待しないでくれる。モノの値打ちとか、よくわからないから」
「さっきの女騎士。アルムの腰の剣がそれだ」
「…………まさか」
「嘘じゃない。あいつが来たのは【沈黙の森】だ。あいつは何年かそこの魔法使いを師事していたんだ」
「…………まじか。……じゃあなに? 彼女はヒトでなく、魔獣の類とでもいうつもり?」
「そうだ。もしかすると、予言にあるような帝国に終わりを呼ぶもの…………【魔王】かもな」
「ーーーーーーーーはぁ?」
ハッタリにしても、大きく出たものだ。
「…………いや、言いすぎた。信じるかは勝手だ。しかし、アルムはともかく、【星竜】と一緒にあるのは危険だ。駆除せねばならない。あの魔剣は破壊すべきだ。帝国を脅かす病原菌になり得る」
「…………お前の言っていること、ボクには100割価値ない話だけれど、これだけは言ってあげる。あの子はボクのエモノなの。邪魔をするなら今すぐお前をぶっ殺すわ。
お前とお揃いのタバコを吸えだのその腰に下げてる胡散臭いアイテム使えだのと言い出すなら、先にあんたの首からもらってあげる」
「…………なるほど。ではーーーー」
「気取るなら帰ってママのおっぱいでも吸いながら言ってなさい。しわくちゃババァの垂れたやつをね。
嫌なら首を差し出しなさい」
ボクはギロリと男を睨む。
ーーーー魔法の気配なし。武器はなし。構えもなし。
隙だらけだ。十分殺せる。
ーーーーだが男は姿を消した。
捨て台詞を残さず、すっと退散する。まさしく「自然と背景に溶け込むように」。
亡霊か、精霊か、幻影かーーーーとにかくヒトがヒトを保ったままではできないような、それはそれは見事な「存在消失」。
目の前にいたにもかかわらず、攻撃の意識の隙間を縫って掻き消えてみせたのだ。
あの男が張り巡らせた結界の類も消え去ったのは肌で感じる。
ほどなく人々の注目は復活する。
その場の数々の破壊痕。そこに一人佇むボク。
状況証拠たっぷりの犯行現場だ。ボクの周りを大会運営委員とかいうのが引き連れてきた近衛兵団が取り囲む。
さすがに、逃げられそうになかった。
「気に食わないわね。あいつ……!」




