それは、ネコ科
「フィラー家、か。…………まさか、本当に戦えるような日が来るなんて」
[知ってるのか?]
「あの『森』に入る前の私がね。私の憧れ……っていうと少し正確じゃないけれど、ああいう『強さ』に、とにかく憧れてた」
[今は違うのか?]
「今は……ね」
アルムは曖昧に笑う。少し翳りのあるような微笑みだった。
ーーーーそこに先ほどのライラックの件が掛かっているのは、想像に難くない。
「私はね。あの頃、あの人の『強さ』しか見えてなかった。あの人の強さの『意味』まではまるでわかってなかったから。
……うん。強さって、ただ強さだった。本当はその強さにはいろいろあった。みんな、誰だって、強さには想いを込めてるんだ」
[想い、ねぇ]
ーーーーやっぱりライラックのこと考えてるんだなぁ。
相棒として、なにか言ってやるべきか……なんて、オレがあれこれ思案しているうちに、アルムは部屋を出た。
ライラックと別れてからしばらく引きこもっていた選手控え室から、闘技場のエントランスに抜け出した。
貴族の観客席にも負けず劣らず、エントランスもごった返していた。何かの紙片(どうせ賭け試合のハズレ券だろう)が雪のように舞っている。
アルムはそんな人混みの中に突っ込んだ。
ヒトの暴れまわる手足や視線を器用にすり抜ける。ヒトより珍獣の方が多そうな森の中で育ったヤツとはとても思えない。
ーーーー先ほどまで貴族の観客席でもみくちゃにされることを懸念していたのはなんだったのか。大都会の通勤ラッシュも難なく突破できるスキルだ。
「別に。今は私がヒトに見つけてもらう必要がないから。魔法で『逸らしてる』んだ」
[逸らす? 目を向けられなくなるってことか?]
「そういうこと。もっというと、体も避けちゃうようにね。とはいえ私自身を完全に消してる訳でもないから。
たとえば私が裸で剣持って踊り出したりしたら、さすがに見つかっちゃうかもね」
[おぅふ……そいつは……たまげた……]
まさか「そんな嘘だろアルム気になるからやって見せてくれよぅ」なんて言いたい。のに言えない。なんというジレンマ。
……しかし、だ。
こういう実用的(?)な魔法をするりと事もなげに使ってみせるアルム。
先の試合でもそうだったが、やはり魔法って万能なのだ。一般的にイメージする通りに。ファンタジー最高。
ーーーーそして、アルムがそれを簡単に使いこなしているということは、つまり。アルムは万能。
……あれ、もしかしてオレなんか必要ないのでは?
[……そ、それはそうと。人探しでないなら、どこに行くつもりだ?]
いかん。武器以外の部分でしっかり目立たねば。
「ライラックに助け舟でもつけてあげようと思って」
[ライラックに?]
「ささやかな事だよ。彼が足掻いて足掻いて、ギリギリになって死んでしまいそうになった時、助け起こせる舟を出す。
直接的な戦闘力は持たない。ただ、傷つき倒れて、瀕死のところで逃げ果せて、その時やっと意味が出来る。そんなレベルの小舟をね」
[それ、意味あるのか?]
「ほとんど無いと思う。でも、彼は何も望んでいないから。私が直接助太刀に入ることや、強力な使徒魔獣を助けに向かわせてしまうなんてね」
[アルム、そんなことできるのか]
「うん、でもこれは、彼が決着をつけるべきこと。私が助けちゃったらダメなんだ。私だってわかってる。だからこれが、私も納得できるーーーー精一杯のこと」
そう言って、アルムは闘技場の隅にネコを見つけた。壁の上で日向で丸まっている。お昼寝中というところか。
アルムはネコをひょいと抱き抱え、頭を撫でる。指で猫のお腹に紋様を描いてみせ、最後にまた撫でて離す。
「お願いね、ネコさん」
なー、とネコはやや不機嫌そうな声をあげる。
アルムは少し困ったように笑ってーーーー。
ぱっ、と。唐突に手を開き。
どこからともなく、おにぎりを取り出した。
[ふぁっ!?]
魔法、というより、これは手品だった。
閉口した。なんというか……いや、なに?
おにぎりをネコにあげつつ、アルムもどうやらオレのおかしさに気づいたようだ。腰に目を向け、あははと軽く笑ってみせる。
「大丈夫だよー、塩分気にしてる? ちゃんと気を遣って用意してるって」
[や……じゃなくて?!]
さてとおいき。よろしくねー、とアルムはネコに笑いかけた。元いた場所に戻そうとネコの脇を抱えて、手を伸ばす。
[アルム!]
オレのシャウトと同時に、アルムが動いた。
さっとネコを引っ込め、アルムは地面に身体を進んで投げ出した。
ーーーーそして、間髪入れず、ネコを戻そうとした石畳の壁が爆散した。
「なっーーーー」
[なんだぁ!?]




