それは、残響
ライラックは佇まいを正す。
全身の力のほとんどを封じられたはずだったが、その姿は凛としていてーーーー夢の中の騎士のようでもあった。
「……礼の前に、お前の疑問に答えよう。『ボク』で通用するこの帝国の騎士。それならフィラーだ。お前も名前を聞いたことくらいあるだろう?」
「フィラー……フィラー家ってこと? じゃあ、あの……」
「さすがに知っていたか。そうだろうな。あれから放浪していたと聞いたが、あの【殺戮騎士】がまさか、いるとはな。今この帝都に」
アルムは目を丸くした。言葉もなく、口を半開きにして、どこかぼーっとする。
震えてこそいないが、動揺していることは明白だった。
『フィラー家』という単語。どうやらアルムにとって特別なものがあるらしい。
「アルム」
「ふぇ?」
動揺のしすぎか、ライラックの呼びかけに惚けた声を返すアルム。(かわいい)
ライラックははにかみ、アルムに深々と一礼した。
面をあげたライラックの表情はーーーー。
とても、晴れやかなものだった。
「アルム・ミルメット。夢現つの騎士。お前は荒唐無稽だが、それ故に素晴らしい。お前の中には騎士の理想の根っこがいる。……ああ、そうだな、まさしく希望だ」
「希望……私が?」
「そうだ。そして、どうか、お前はこのままでいてほしい。この帝国で、最も純粋に騎士となれ。それが俺の……いや、貴族付きの騎士すべての希望になるだろう。
そして俺の希望に謝罪を。これまでの多くの非礼を詫びよう。そして心からの感謝を。俺は全力で戦い、そして押し潰された。
この先。このつぎこそ、俺はもっと速く疾る。その時こそ、【閃光】と呼ぶに恥じない戦いにしてみせる。必ず、此度より素晴らしい戦いにしてみせる」
それに応じて、アルムは深々と礼を返した。
ーーーーアルムに返す言葉はなかった。
今のライラックに贈るべき言葉が見つからないのだろう。
その内容を噛み砕く。咀嚼する。反芻する。
ーーーー願いと、謝罪と、約束。
その3つを受け止めて、どうすればいいのかアルムは戸惑っている。
それまで怒りを覚えていた相手からの祈り。そのギャップに対応できない。それもあるだろう。
なによりーーーー今まさに殉じようとする騎士ライラックの直接の原因を作ったのは、アルムだ。
言葉を返す資格がないのではないか?
…………なんてことを考えているのだろう。
[ははぁ、アルム、お前、絶望したことないな?]
「え……」
[こういう時に返す言葉っていうのはひとつだぞ。ーーーーそれこそ、希望だ]
「ーーーーっ」
また、アルムが目を丸くする。オレをまじまじと見返してくる。
ライラックは動かないアルムを見て何か察したらしい。身を翻し、その場に背を向けた。
「死ぬなよ、アルム」
「……ええ、必ず、また」
ライラックの去り際の言葉に、アルムも辛うじて一言を戻した。
ーーーーそれは、祈りのような言葉だった。
互いに忌むべき敵としてでもなく、同じ騎士としてでもなく、ひとりの友人と接するような慈しみを込めた祈りだった。
アルムはしばらく、ライラックの残響を見つめていた。背中を押し付けていた壁に跡が残っているわけもない。血が滲んでいたわけでもない。
ただ、その背中の幻を追っていた。
「…………どう、だった?」
[んー、まぁ、安牌かな。あまりパワーが強すぎても重荷だし、あのくらいのささやかさの方が、たとえ地獄の先でも手土産に抱えていける]
「…………。サヤってときどき、妙に辛辣じゃない?」
[そうか?]
アルムは細く、深く、呼吸を重ね。
……再び対戦表に向き合うことにした。




