表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/81

それは、道のり


「…………へえ」


 対戦表を眺めて、意味ありげに呟いて口端を吊り上げるアルム。あまり見たことのない表情だった。


 ーーーー予定通りにいけば、二回戦はシード選手のはずだ。


 だが、アルムにつながるシード枠は。


 無残に破壊され。


 ぽっかりと空いた穴を張り紙で隠していた。


 そして張り紙にはこうある。


 ーーーー「ボク」。


[なんだこれ。サイコパスか?]


「…………自分を『ボク』とだけ言って、それで通用すると思い込んでいる誰かがいるということかな。


 こういうことをするんだから、本来のシード選手ではない。けれどその選手から権利を買ったか貰ったか、奪い取って私と戦おうとしている。……そういうこと?」


 じろりとアルムは背後に目を向けた。


 ーーーーライラックが立っていた。

     無表情に。気迫も感情も魔力も熱量も感じさせない。


「…………なぜかな。ここにお前が入っていくのが見えて、後ろから闇討ちでもしてやろうかと思っていたはずなんだが……いざとなると得物を取る力さえ残っていない。


 心が完全に萎えている。こんなのは生まれて初めてだよ。…………俺はどうなってる?」


「さっきも言ったけれど、私の封印魔法を受けたあなたは魔力を全て吸い取られた。ーーーーもしかしたら、魔力に乗っていた感情まで引っ張られてしまったのかもしれない」


「つまり?」


「頭を真っ白に漂白された……っていうとわかりやすい?」


「漂白……? まるで俺が元々ドス黒い邪悪の塊だったように言うじゃないか」


「……よく言う。あなた達が……イゾルデを踏みにじっていた主人を野放しにした、あなたが」


 アルムの言及。試合前から帯びていた怒気の核心を、ライラックに突きつけた。


 衰弱したライラックは壁に背中を押し付け、笑う。試合中の取り憑かれたような狂い笑いとは違うーーーー渇き切り、どこか冷めた笑い方だった。


「そうか。そうかそうかそうか。あの容赦のなさ。なにかあると思っていたが、そういうことか。いやぁーーーー思った以上にバカバカしいな」


「ーーーーんだと?」


 ライラックの嘲笑に、アルムが本気でキレた。


 オレを引き抜く手を幻覚するほどだ。それを実現しないのは、アルムの最後の理性だった。


 ーーーー騎士はあんな、衰弱し切ったヒトを追い討ちするように剣を振らない。


 射殺す眼光のみをぶつけるアルムに、ライラックはまた笑い声をあげた。


 やろう、ぶっころしてやる。


「ーーーーぁあ、いや、すまない。悪気は少ししかない。本気で『それだけだ』と言えてしまうお前が、本当にバカバカしくてーーーー実に、清々しい。


 正しく評価を下すなら、あの娘のためにお前が躊躇わず剣を取ったのは、本当に素晴らしいことだ。そしてそれは、この俺には取れない選択でもある」


「……どうして?」


 苛立ちを隠そうともせず、顔をしかめ腕組みをするアルム。


 ライラックは「これだから田舎者は」とでも言いたげに肩をすくめた。ついでに微妙にしゃくれてみせる。


 ……なぜそんな煽るような顔芸をするのか。小一時間問い詰めてやりたい。


「『俺は騎士だ』。それが理由だ。…………夢を夢見るようなお前と違い、俺には無貌の人々のために剣を取る義務も権利もない。俺は我が主人の宿願のためにあるのだから」


「そんな……理屈でしか剣を取れないなんて……!」


「それが俺だ。俺が選んできた道だ。……いや、どうも……こうして思えば、随分夢から遠のいていたものだ」


 アルムは唇を噛みしめ、血がにじむ。憤りに乗る言葉が見つからない。ライラックはそれを静かに笑った。


 しかしそれは、鼻で笑うようなそれでなくーーーー。


 消え入りそうな、夢を見上げる微笑だった。



「おそらく、敗北した俺を主人は許さないだろう。降格か、それとも騎士の資格を剥奪されるかーーーーああ、いや、他のお抱えの騎士に殺させるかもな」


「それは……!」


「甘んじて受け入れる。なんであろうとも。この末路。これこそが我が主人にただ従属していただけの、ただの剣、ただの道具の道を選んだこの私に相応しい。


 使えない道具は壊される。道理だ」


 アルムは目を見開いた。


 ああーーーーようやく、オレにもわかってきた。


 アルムがライラックの姿勢に怒りを覚えていたのは事実だ。


 しかしライラックは、その歪みの原因はーーーー『主人の役に立つ』ためだ。すべてそのため。


 アルムの博愛的な騎士のあり方とは違う。ただひとりの主人のために、そのひとりのためだけの騎士になる道を選んでいたのだ。


 そして今、アルムに負けてもなお、彼はその道をまだ進み続けようとしている。


 あの変態貴族は、昨晩の失態に恥の上塗りをしたライラックを許さないだろう。あるいは、それは、死をもって償うことを強要されるほどの怒りを含めて。


 ーーーーそれでもなお、彼はこの道を進み続ける。


 殉じようというのだ。己の道に。


 それこそ騎士らしく。信念を持って。その命を省みずに。


[そんな……そんなことで!? バカバカしい! それこそバカらしいじゃないか! 意味あるか!? お前が尽くそうとしてるあのデブがお前のために死ぬか? 都合のいい女かよ! そんなーーーー意味がない!!]


 思い切り、届かない言葉を吐き捨てる。


 アルムは押し黙る。帽子を目深く被りーーーー唇を、強く、噛み締めた。


 言葉は、ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ