それは、道のり
「…………へえ」
対戦表を眺めて、意味ありげに呟いて口端を吊り上げるアルム。あまり見たことのない表情だった。
ーーーー予定通りにいけば、二回戦はシード選手のはずだ。
だが、アルムにつながるシード枠は。
無残に破壊され。
ぽっかりと空いた穴を張り紙で隠していた。
そして張り紙にはこうある。
ーーーー「ボク」。
[なんだこれ。サイコパスか?]
「…………自分を『ボク』とだけ言って、それで通用すると思い込んでいる誰かがいるということかな。
こういうことをするんだから、本来のシード選手ではない。けれどその選手から権利を買ったか貰ったか、奪い取って私と戦おうとしている。……そういうこと?」
じろりとアルムは背後に目を向けた。
ーーーーライラックが立っていた。
無表情に。気迫も感情も魔力も熱量も感じさせない。
「…………なぜかな。ここにお前が入っていくのが見えて、後ろから闇討ちでもしてやろうかと思っていたはずなんだが……いざとなると得物を取る力さえ残っていない。
心が完全に萎えている。こんなのは生まれて初めてだよ。…………俺はどうなってる?」
「さっきも言ったけれど、私の封印魔法を受けたあなたは魔力を全て吸い取られた。ーーーーもしかしたら、魔力に乗っていた感情まで引っ張られてしまったのかもしれない」
「つまり?」
「頭を真っ白に漂白された……っていうとわかりやすい?」
「漂白……? まるで俺が元々ドス黒い邪悪の塊だったように言うじゃないか」
「……よく言う。あなた達が……イゾルデを踏みにじっていた主人を野放しにした、あなたが」
アルムの言及。試合前から帯びていた怒気の核心を、ライラックに突きつけた。
衰弱したライラックは壁に背中を押し付け、笑う。試合中の取り憑かれたような狂い笑いとは違うーーーー渇き切り、どこか冷めた笑い方だった。
「そうか。そうかそうかそうか。あの容赦のなさ。なにかあると思っていたが、そういうことか。いやぁーーーー思った以上にバカバカしいな」
「ーーーーんだと?」
ライラックの嘲笑に、アルムが本気でキレた。
オレを引き抜く手を幻覚するほどだ。それを実現しないのは、アルムの最後の理性だった。
ーーーー騎士はあんな、衰弱し切ったヒトを追い討ちするように剣を振らない。
射殺す眼光のみをぶつけるアルムに、ライラックはまた笑い声をあげた。
やろう、ぶっころしてやる。
「ーーーーぁあ、いや、すまない。悪気は少ししかない。本気で『それだけだ』と言えてしまうお前が、本当にバカバカしくてーーーー実に、清々しい。
正しく評価を下すなら、あの娘のためにお前が躊躇わず剣を取ったのは、本当に素晴らしいことだ。そしてそれは、この俺には取れない選択でもある」
「……どうして?」
苛立ちを隠そうともせず、顔をしかめ腕組みをするアルム。
ライラックは「これだから田舎者は」とでも言いたげに肩をすくめた。ついでに微妙にしゃくれてみせる。
……なぜそんな煽るような顔芸をするのか。小一時間問い詰めてやりたい。
「『俺は騎士だ』。それが理由だ。…………夢を夢見るようなお前と違い、俺には無貌の人々のために剣を取る義務も権利もない。俺は我が主人の宿願のためにあるのだから」
「そんな……理屈でしか剣を取れないなんて……!」
「それが俺だ。俺が選んできた道だ。……いや、どうも……こうして思えば、随分夢から遠のいていたものだ」
アルムは唇を噛みしめ、血がにじむ。憤りに乗る言葉が見つからない。ライラックはそれを静かに笑った。
しかしそれは、鼻で笑うようなそれでなくーーーー。
消え入りそうな、夢を見上げる微笑だった。
「おそらく、敗北した俺を主人は許さないだろう。降格か、それとも騎士の資格を剥奪されるかーーーーああ、いや、他のお抱えの騎士に殺させるかもな」
「それは……!」
「甘んじて受け入れる。なんであろうとも。この末路。これこそが我が主人にただ従属していただけの、ただの剣、ただの道具の道を選んだこの私に相応しい。
使えない道具は壊される。道理だ」
アルムは目を見開いた。
ああーーーーようやく、オレにもわかってきた。
アルムがライラックの姿勢に怒りを覚えていたのは事実だ。
しかしライラックは、その歪みの原因はーーーー『主人の役に立つ』ためだ。すべてそのため。
アルムの博愛的な騎士のあり方とは違う。ただひとりの主人のために、そのひとりのためだけの騎士になる道を選んでいたのだ。
そして今、アルムに負けてもなお、彼はその道をまだ進み続けようとしている。
あの変態貴族は、昨晩の失態に恥の上塗りをしたライラックを許さないだろう。あるいは、それは、死をもって償うことを強要されるほどの怒りを含めて。
ーーーーそれでもなお、彼はこの道を進み続ける。
殉じようというのだ。己の道に。
それこそ騎士らしく。信念を持って。その命を省みずに。
[そんな……そんなことで!? バカバカしい! それこそバカらしいじゃないか! 意味あるか!? お前が尽くそうとしてるあのデブがお前のために死ぬか? 都合のいい女かよ! そんなーーーー意味がない!!]
思い切り、届かない言葉を吐き捨てる。
アルムは押し黙る。帽子を目深く被りーーーー唇を、強く、噛み締めた。
言葉は、ない。




