●●●●(承)
とにかく、とジョンが咳払いをひとつする。
ーーーーこのまま散漫な話を続ける訳にはいかない。警備の目がまたいつ追いついてくるかもわからない。
「ここに来てくれた、ということは……見てもらえたようだな。昨日のメッセージは」
「ええ。ーーーーあー、もしかして、昨日の騒ぎもあの子のせい?」
「そうだよ。あれがマイガールだ。あの利発だが素朴で無農薬な田舎娘という佇まい。昔を思い出すよ」
「ああ……そうね。そういえば今の彼女の地縛魔法術式……展開の仕方がマリーの筋に似てるわね。
ーーーーでもあの子の魂のオーラはマリーとは別物。私のように他人に転生した訳でもなさそうだけれど……どうなってるの?」
マリンの問いかけにジョンは首を振った。さて知るか、とでもいった雰囲気だ。
マリンはじっとりとジョンを覗き見る。ジョンは怪訝に顔をしかめーーーー。
イゾルデがマリンの足を踏みつけた。それもヒールの先で。
悲鳴を上げたマリンを振り払い、イゾルデは逃げ出した。
彼らのいた貴賓席の端から、ドアの向こう、人通りの多い大廊下に飛び出したーーーー。
「まぁ、待て。ヒトが見ているぞ?」
ぴたりと、イゾルデの指がドアノブにかかる寸前で止まった。
ジョンはイゾルデの背中をじろりと睨んでいた。指に挟んだタバコの煙は細く上に立ち上ってーーーーおらず。
イゾルデの首に、肩に、腰に、太ももに、手首にがんじがらめに巻き付いていた。
戸惑うイゾルデをよそに、ジョンはタバコをふかす。
それを呼び笛にしたかのように、イゾルデの身体は勝手に動く。意思に反してジョンの傍にまで歩み寄る。
「お前は本当に読心魔法だけなのか? もったいないな。魔力素の貯蔵量は相当量に見えるが。
……ああ、なるほどな。お前を買った貴族様の目的は魔力素プールか。動く肉袋にこれ以上知恵をつけられてプールの水を勝手に使われては困る。
まったくどうして、そういうことか。悪趣味だな」
「あ、足グセ悪いけどっ……ねっ……」
目を赤く充血させながらマリンはこぼす。イゾルデに仕返ししたい気満々という感じだが、ぐっと涙とともに押しとどめた。
じろりとジョンを見る。
ーーーー話の続きを。
「アルムについて俺が知っているのはわずかばかりだ。あの子は【沈黙の森】近くの街で拾った。あの【星竜】の紋章の剣を腰に下げてな」
「それだけ? 本当にーーーー?」
「そうだとも。お前もわかっているように、マリーではない。出会ったときのような初心だしな。となれば、とりあえず手元で観察してみたくもなる」
「ああ、ロリコンだったものね、あなた」
「……………………本題に戻すぞ」
肯定も否定も積極的にせず(というより聞かなかったふりをした)、ジョンは懐からガラス瓶を取り出した。中にはーーーー水晶玉が入っている。
「わお。相変わらずそんなかさばるものをどうやって服の裏に目立たないようにしてるわけ?」
「察せ。とにかく、お前が欲していた上級の魔力炉心だ。材料は十分か?」
「ああ、うんうん。上等上等。基本理論は何年か前にあなたとすり合わせたアレでいいし、あとは……そうね」
ふと思いついた顔をしてマリンはじっとりとイゾルデを見やった。
動けない彼女の顎を摘み、顔を近づけたーーーー。
「はじまりよ。全てのため、全てを壊す。夢をこのステージまで引きずり落としましょう」
ジョンはタバコをふかし、闘技のステージに目を戻す。
アルムの試合の片付けも終わり、次の試合が始まった。
二本の槍を握る男。最近急に暴れ出した巨大な魔獣【オウル=ドゥ】を討伐した騎士だという。
「ーーーーだが、いいのか? これで我々は今を失う」
「ひび割れた今は要らない。新たな帝国を打ち立てる。そのためならーーーー私は私を殺してみせる。
ヒトの形を壊すことにもためらいはない。もちろん、それをヒトに強要することも……ね」
唾液の糸を舌先で絡め取り、艶のある唇を指でなぞる。
頰を紅潮させ、マリンは笑った。
ーーーーその微笑みを焼き付け。
イゾルデの意識は白く抜き取られた。




