それでは、剣の話だ
ーーーーーーーーいやいやいやいや。
動揺のあまり髪をかきあげーーーーようとして、手がないことに気づく。
目深く黒い羽根つき帽子を被る人影。その手に握りしめられる姿が身近に突き刺さっている金属塊に反射していた。
金の鍔に白銀の刃。その迷いのない直刃を拵えられた金色の剣は、存在感を放つ造形は美術品のようだった。
なるほど。なるほどなるほど。
これほど整ったヤツもそうはいまい。なにせパーツがほとんど直線だ。まさにストレートな造形美。
しかも飾りでなく、機能性まである。あの金属塊からここまでのイケメンに生まれ変われるヤツなどそうそうーーーー。
[ってなんじゃこりゃぁぁぁぁぁああああああああ!!!]
「ふぇ!?」
腹の底ーーーーいや腹なんてもうないが。ただの金属だがーーーーから叫んだ。持ち手はオレを握ったままつんのめる。
…………ていうかリアクションしていた。
どうやらオレの声は、少なくとも声だけは他人に聞こえるようだ。
よぅし、冷静になれオレ。動揺するなオレ。心臓もないのにドキドキするなオレ。
唯一かもしれない武器だ。言葉を大事にしよう。いや、なんというかオレ自身が武器なのだが。むちゃくちゃ剣だが。
とにかく警戒されないように言葉を選ぼう。捨てられては大変だ。また誰かぎ拾ってくれるとは限らない。その瞬間にゲームオーバー。考えるのをやめるしかない。
「もしかして、いや、まさか、これ………………うん。そうか。師匠の剣だし」
[えっ。驚かないの]
「驚いたけど…………まぁ、さすがに『おかしなこと』にも慣れてきて」
どこか疲れた様子で持ち手は返答した。しかし動揺はしているらしく声が少し甲高い。自分の手を開け閉めして感覚を確かめ、うんうんとひとり納得してみせている。
ーーーーそのそばには。
巨漢がいた。腕周りが常人の胴回りほどもありそうなほどの筋骨。3メートルは超えそうな背丈。
手足からだらんと引きずる鉄の鎖は彼を繋いでいたものであろう。切断面はビニール同然に荒々しく引きちぎられていた。
今し方、この持ち手がオレを使って両断した大戦斧の柄を乱暴に投げ捨てた。
ただの鉄棒が壁に当たり、半分以上が食い込んで突き刺さる。
疑いようのないフィジカル。圧倒的パワー。ほとばしるマッスル。
巨漢は野獣のように大口を開き、叫び、持ち手を睨みつけた。
持ち手は目深く被った羽根つき帽子のつばの影から、鋭い視線を刺し返す。オレを片手で低く構えた。
もう片手には鞘を握りっぱなし。とても能動的に斬りかかろうという態度には見えなかった。
「暗闇は晴れた。感覚は戻った。なにより武器がある。万に一つもお前に勝機はありはしない。それでもーーーー」
間髪入れず、巨漢は飛び出した。
肉弾。見かけ1トンはあろうという絶大なウエイトと爆発的なロケットスピードに任せて巨漢はミサイルのように突っ込んだ。
そして。
ひび割れた壁に血しぶきが飛び。
走り抜けた巨漢の胴を一条の真紅が貫いた。
[なん……だと……?]
まるで斬られた相手のような感想だ。まさしく斬った本人なのだが、オレは思わずそう口走った。
持ち手の帽子が地面に落ちた。肩ほどまでの黒髪がこぼれた。
…………ていうか、女の子だった。
しかもかわいい。
少女はどこかばつが悪そうに帽子を拾い上げ、ふーふーと帽子についた砂埃を払う。
帽子を頭に直し、オレを鞘に納めた。そのまま空間を後にする。
背後で巨漢が重苦しい音とともに崩れ落ちる。少女はそれを振り返ることは一度もなかった。
「紙一重で突進を避けて、すれ違いに横薙ぎの一振り。……うん、お前が丈夫で切れ味もよかったおかげだよ。助かった」
[それが今の動き? まじか度胸あるのな、おまえ…………いやまて、ってことは、もしかしてオレ、なまくらだったら?]
「そんなことより、急がないと」
[おいー?]
少女はせかせかと歩いていく。迷いはない。
手足もない。動けもしない。オレは、この子に黙って連れていかれるしかないのだ。
ああ、なんて引きこもり。