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夢のカード

 アルムはそのとき、選手控え室にいた。どうやら昨日の舞踏会での小競り合いでは、アルムの参加資格の剥奪とかにはならなかったらしい。


 選手控え室は真っ白だった。


 飾り気がなく、生活感がなく、どこまでも「控える」だけの空間。


 ただ居るだけでも精神が参ってしまいそうなほど無味乾燥な空間だった。案外、そういうほうが魔法使い的にはありがたいなかもしれない。精神修行的に。


[アルム、いいのか?]


「約束したんだ。また破ったりなんかできない」


[そうだな、文字通りな。女が廃るよな。けどさぁ……『剣を抜かずに勝つ』なんて無理だろ? なに要求してんだあいつ]


 ジョンのヤツ。イヤガラセか。ドレスの当てつけだ。


 それにしたってやりすぎだろう。剣を抜かないということは、武闘会で武闘するなというのだ。それともまさか女に素手で戦えという意味か。


 どっちにしてもわけがわからない。


 しかしそれでも、アルムは「できる」と断言した。


「これでも師匠から魔法の訓練を一通り受けてるからね。魔法だけでもなんとかなるよ」


 そう言って、アルムは剣の柄を下に向けた。簡単に抜けない角度だ。……本当に本気でオレに頼らず勝つつもりなのだ。


 武闘会はトーナメント制だ。


 今大会はシードが4人。12人でのトーナメントで、始めの1回戦が4戦、1回戦の勝者とシード選手が戦って2回戦、そして準決勝、決勝……という運びだ。


 アルムは控え室を出て、ジョンから返してもらった羽根つき帽子の傾きを直す。指先に震えた様子はない。戦いの場に赴く足取りも確かだ。


[……落ち着いてるな。いいことだけどさ。……ヤケクソになってる訳じゃないよな?]


「まさか。言ってなかった? この御前試合に出るのが目標のひとつだったんだから。嬉しいし、緊張もしてる。気持ちも高ぶってるよ。勝つ気も十分ある。


 ただね。それとは別に、あるんだ」


[ある?]


「そう。昨日の騎士。ライラック、だっけ。彼さ。ーーーー魔法の使い方がまるでなってない」


[へ?]


「まず術式の効率が悪い。魔力変換効率は30%くらいかな? それに、詠唱破棄の為に細部の作りも粗い。あれじゃザルで水を掬うようなものだよ。


 魔法術式から漏れてる魔力が多すぎる。生まれついての魔力量とセンスに頼りきってる。あんなヒトに、私は負けない」


[珍しいな、アルムがそんなに……ヒトをディスるの]


「でぃ? …………私ね、きっと、怒ってるんだ」


[怒る?]


 通用口を通り、アルムは拓けた場所に出た。


 円形の台に、それを取り囲む小高い壁。圧迫感が強い。その上からは、涼しげな視線がいくつも降り注いでいる。


 アルムと同じ目線のヒトは、この場にたったのひとりきり。


 目の前で、円形の舞台上に登ったただひとり。アルムの対戦相手。


 ーーーーライラックだ。


[まじか……!]


 呟いて、しかしオレも思い出す。ライラックの主人の変態貴族の捨て台詞だ。


 ……あれは、確実にアルムと戦えることを意味していた。これがトーナメントであることを知りながら。


 あの変態はこのトーナメント表をある程度操作できたのだ。そうでなければ辻褄が合わない。


[くっそ! はめやがったなあの野郎! なにが御前試合だ! 結局貴族連中の談合で決めてんだな!? インサイダぁぁぁあああ!!]


「…………。こんにちは、ライラック。こんなに早く戦えるなんて、運命かもね」


「であれば、我が主人は神様だ」


 オレのシャウトを呑み込んで、アルムはライラックに手を振った。


 ライラックは淡々と答える。感情の高ぶりは感じられない。昨日のような青スーツではなく、鎧も簡素な軽装をしていた。


 そして、トーナメント表の操作については特に否定しなかった。


「……そう。それでは、神様に感謝を」


 アルムは呟く。剣の柄に触れる様子はない。だらんと手を下ろしたままだ。


 壇上で構えを取ったライラック。今度は徒手ではない。ーーーー銃だ。短い銃身。それがそれぞれ両手に握られている。


 二丁拳銃。それがライラックの本来の武器らしい。


「戦う前に、ひとついい?」


「なんだ」


「イゾルデのこと。あなた達はどうして、あの子の意思を無視しているの?」


「アレは主人が『所有者』だ。私にそれ以上の意味は必要ない」


「…………ああ、そう。よくわかった。ーーーーなら、ぶっちぎる」


「ふん、……剣を取れ! 構えろ!」


「無用!」ーーーーあくまでアルムは剣を取らない。


「舐めんなァあ!!」


 怒号と雷光がライラックの体を巻き込む。激しい光の柱が立ち上った。


 対するアルムは帽子を目深に被る。そのまま立ち尽くし、微動だにしない。


 ライラックが雷鳴を叩く。体の輪郭が閃光に変わりーーーー。


[アルム! やばっ……来る!!]


 壇上に身を沈めた。


 アルムは身じろぎひとつせず。


 ライラックはうつ伏せに床に倒れている。


[は……?]


 あまりの急転直下ぶりにオレの理解が追いつかない。なぜだ。あの勢い、あの迫力からーーーーなぜ、その場で寝る。


 しかし当のライラック自身、状況が理解できていないらしい。


 床に寝っ転がりながら力の限りで立ち上がろうともがいている。その様は、おもちゃをねだって駄々をこねる子どもか、朝起きたくないお寝坊さんのそれである。


 アルムが指を伸ばす。宙空に文字を書く動作をする。高く小さい声で何かを言っている。その度にライラックは壇上に体を沈めていく。


 ーーーーライラックは。


 床に体をめり込ませ、手も足も出せずに強固なはずの足場で溺れている。


 これはスピードを謳い電光とともに駆け抜ける【閃光】を名乗っていた男にとって、生き恥以上のなにものでもあるまい。


「…………降参を。あなたにはもう、抵抗の余地はないはず」


 目深に帽子を被ったまま、アルムは冷ややかに、地面で溺れるライラックを見下ろした。


 ……降伏勧告も当然というほど、完全に優劣の決した立ち位置だった。


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