マホウのシールド
衝撃が宣告する。それは徐々に不可視の音圧から実像を結び出す。
ーーーーようやっと、理解が追いついてきた。
ライラックとアルムの間に、柱が上から降ってきたのだ。
人一人分ほどの高さのそれの上に、また人並み以上の大きさの影が差し込んだ。
背丈は2メートルをゆうに越えると言うほどのもの。膨れ上がったマッスルが薄いスーツの生地を引きちぎらんばかりにパンパンになっている。
間違いなくそのせいだろう。小洒落たスーツのボタンのいくつかは弾け飛んでおり、その下から鋼のごとき黒光りしたマッスルが見え隠れしている。
一目見てヤバいヤツだと理解できる風体だった。逆らう言葉が耳に届こうものなら、その声の倍の速度で相手を殴り飛ばしそうだ。
「シュラ。邪魔立てしに来たのか?」
「論に能わず。ーーーー空気を読めよ、バカども。取り巻きの貴族様方を消し炭にする気か?」
「徒手の俺にそんな惨状を許す程度のガードしかない帝国ではないだろう。気に留める必要などはない」
「あいかわらずの雷バカめ。うらやましい。……さて、そちらの騎士殿は?」
シュラと呼ばれたゴリマッチョはじろりとアルムに目を向けた。
一瞬、アルムの手が緩んだのを感じる。おそらく、ここに来て初めてなのだ。初見で「騎士」として扱われたのは。
一瞬だったが、完全な隙。しかしそれに付け入るようなことをシュラは一切しなかった。
「それとも、そっちのバカサンダー殿と同じくらい、我が槍に血を吸わせたいか? 今宵も私は血に飢えている」
[槍? …………え?! あの足元のやつ、槍なの?! でかすぎんだろ巨人族専用か!?]
「血はどうとして……しかし、あなたに諭されて仕舞える剣なら、私は最初から抜いてない」
「あー、私も帝国王室からの拝命でこうしている。楽しいダンスパーティーの風紀を守れ、とな。少しは面子を立てて欲しいのだが……頼めるか?」
「私は面子で剣はとらない。そして、私の剣は相手の顔色を見て出たり縮んだりもしない」
「めんどくさい。……おい、ライ。どうせ貴様のバカ主人がまた女に手を出したのだろう? さっさと謝れバカ」
どんどんフランクな物言いになっていくシュラ。最初の威厳を露ほども感じさせなくなってくる。
しかしその軽さに反してーーーー足元の大槍、筋肉の圧迫感、露骨な苛立ち。その三点セットがまるで隠れていない。おかげで場の緊迫がマッハで加速していく。
ライラックとアルムの小競り合いなどかわいいもの。これではまるで災害だ。舞踏会の風紀を守る気あるのだろうか。迷惑な野郎である。
そんな高圧的な態度がライラックも気に入らない様子だった。その身に纏う雷光が強まり、光と体の境界線が曖昧に見えてくる。
牙を光らせ、身を屈め、今まさに。
ーーーー飛びかかろうとしたところで。
ライラックのバカ主人が戻って来た。あの変態貴族である。
変態貴族は無造作にイゾルデを投げ捨て、気力の失せた目でライラックを見やる。
「もうよい。明日に響く。お前が全開で轟くのは明日の決勝でなければ許さぬ」
「しかし、彼奴は……!」
「良い。何度も言わすなよ、俺の雷の騎士。この場は納めよ。ーーーー明日、大衆の面前であの姫を黒炭にせよ、と言うのがわからんか?」
「………………仰せのままに」
深々とした一礼とともに、ライラックの稲光は消失した。何事もなかったように佇まいを正し、寄れたスーツの襟を直す。くるりと背を向け、主人に続いて去っていく。
残されたイゾルデ。アルムは剣を腿にくくりつけた鞘に仕舞って駆け寄った。肩を抱き止め、顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「…………おかしなの。あなたのほうが、よっぽど無茶なのに。こんなところで剣を抜くの? 騎士様が? 守るべき主人を守るためではなく?」
「はじめて私の考えを見抜けなかったね」
「……ほんと、おかしなひと。本当に騎士様?」
「どうかな。私、まだタマゴだし。……それに、私は『希望』だから」
「え?」
「私が師匠から受け継いだのは『希望』だから。だから私は、みんなの……あなたの希望も守ってみせたい」
「ひどい。なんて…………告白?」
それどういう意味か、とアルムが問い正そうとしたところ、背後にいたシュラが豪快な声を上げた。
「おぉい。いいかな、騎士殿。おれも名前を聞いても、いいかな?」
「…………」
ーーーーこれは、また。
暴力だ、暴力的な落差だった。
戦闘行為が落ち着いたと判断するや、すとんと先ほどの威圧も苛立ちも感じさせなくなってしまった。
まことにおおらかな声色である。こんなのが「今宵も私は血に飢えている」とか言い出したのかマジで。
ギャップにアルムも目を丸くしていた。




