マホウのサンダー
舞踏会の最中、アルムは金色の剣の先をイゾルデの背後の変態貴族に突きつけた。
ーーーー瞬間、周囲は騒然とした。
悲鳴と歓声が入り混じる。オーディエンスの方々は余興か事件かで真っ二つに割れているようだった。
熱狂の中では食器を破る音が響き、非常ベルらしいものが警告をがなりたてる。遠くで男の低い怒声が耳をつんざく。
変態貴族もいささか動揺しているらしい。シャツを汚す汗が濃くなっているのがわかる。
この注目の雨の中では強引にイゾルデで部屋に連れ戻すことは難しい。さすがに女性蔑視とかで愛妻/恐妻家/女性権利団体なんかに目をつけられてしまうだろう。
まぁ、そんなのがこのファンタジーの国にあるかなんて、オレは知らない。しかしとにかくこのまま強引に逃げればバツが悪いのはわかる。
必死にこの場から逃げるのはみっともない。なにより貴族的でない。……とか判断しているのだろう。
判断してからの変態貴族の行動は早かった。あるいは慣れているのかもしれない。アルムのようなヤツに絡まれるのも初めてではないのだろう。
すぐに動揺の色を顔から抜いて、佇まいを直した。余裕をもって膨よかな腹を弾ませる。なかなか肝が据わっているようだ。
……こんなのに慣れる前に即刻生活習慣を改めるべきだと思うが。
「…………まぁ、良い。明日の武闘会の前哨戦といこう。
俺の騎士、そちらの姫にしつけをつけろ。適当に相手をした後、無力化して俺の部屋に連れてこい。
ーーーーでは、くれぐれもオーディエンスを飽きさせぬようにな」
変態貴族が片手をあげる。間髪入れず、青スーツの男が変態貴族を背中に隠す。(丸々とした体格のせいで隠せきれていない)
青スーツの男は人混みをかき分けてきたはずだか、息ひとつ乱さない。しなやかな動きで白手袋をはめ直し、構えを取った。
徒手空拳。
「御意。我が命にかえても」
アルムは男を睨み、半歩下がった。
ーーーー警戒している。
相手は以前に戦った【獣魔人】とは比較にならないほど「一般人」だ。向かい合うだけで恐怖で心を砕かれることはない。余裕じゃねーか。
アルムのやりすぎのような警戒が不思議でならないオレ。拳を構える男はそのままじりじりと距離を詰める。
ーーーーだんだん、オレにも理解できてくる。アルムの警戒の理由がだ。
青スーツの男は「呼吸していない」。一挙手一投足はしなやかな流水のようでありながら、その拳を握る佇まいは石像のようだ。
【獣魔人】のような文字通り化け物じみた壮烈な悪意とは対極に位置する無機質な圧力。その手に染み込んだ殺人的パワーを理性で完全に御し切っている雰囲気。
ーーーー油断すればその瞬間に切り捨てられてしまいそうなほどの、微弱に、しかし明確な予兆がある。
なるほど。これは嵐の前の静けさ、というものだ。
下手に踏み込めば即アウト。そんな圧迫感がアルムの指を痺れさせているのがわかる。
しかし刻一刻とその場から離れていく変態貴族とイゾルデ。
ーーーーアルムは、なりふり構っていられない。
「徒手が不服か? 守護する主君のいる騎士とは、常いかなる時でも万全を期す。剣一振り持たぬ程度で折れるなまくら、騎士を名乗る資格もない。
……オーディエンスが飽きてしまうだろう。やる気があるならどこからでもかかってこい、姫君」
「ーーーーっ!」
アルムが踏み込む。ヒールで床に穴が開こうかという勢いだ。男の襟首を容赦なく切断する剣筋で、真正面から振り込んだ。
しかし相手の男も俊敏だ。電光が男の体に渦を巻く。オレの刃が青スーツの肩口を捉える寸前、男は白刃ーーーーでなく、アルムの手首を掴み取った。
「っ!?」
アルムが驚く。その間も無く、男の反撃が走る。
アルムの体が小さく投げ上げられる。シェイクされる全身。戸惑いが続く攻撃への対処を遅らせる。
顔面への掌撃。アルムはそれを宙空で受けてしまう。
宇宙かと疑いたくなるような一直線の弾道で、アルムは真後ろに吹っ飛ばされーーーー料理の盛られたテーブルに直撃した。
剣で焼き魚が皿ごと切り分けられ、ステーキ肉がドレスに赤々とシミをつける。トドメとばかりに生クリームケーキが頭に落ちた。
…………ひどい有様だった。
オーディエンスのリアクションが耳を割く。嘲笑。嘲笑。嘲笑。嘲笑。
聞いていて面白くない言葉ばかりが耳に届く。
男の追撃はない。真正面にいて、余裕とばかりに手を前に組み、佇んでいる。
「…………頭に来たぁ……っ。素手ならちょっとは手加減してあげようと思ってたけどっ……!」
生クリームを拭い、アルムは立ち上がった。剣を再び構えた。
正面の男は相変わらず余裕そうに秀和な表情を作っている。しかしーーーー警戒の糸は一切緩んでいない。取り繕っているが、まごうことなき臨戦態勢だ。
アルムは息を吐きーーーー。
再度、衝突。
雷光を帯びた男の連打をアルムが剣の柄で受け止める。
返す刀。疾風を呼ぶアルムの剣が走る。
鋭い剣閃。しかしそれを男は剣の持ち手を殴って押し止めた。
男の掌底。顔面への打撃をアルムは体をひねってかわし、そのまま回転を乗せて横薙ぎに斬り払った。
剣刃にじわりと緩やかな抵抗感と振動が走るーーーー肉を斬った手応えがある。
男のスーツに横一文字の切れ目が入る。防御に入った右腕から鮮血が吹き出した。
周囲の人々が口々に悲鳴をあげる。
音の土砂降りの中、アルムは投げた。食事用ナイフ。先ほどテーブルにぶつかった時に拾っておいたものだ。
それは片腕を痛めた男の顔を外れ、人混みをすり抜け、会場の扉に突き刺さり。
ーーーーイゾルデを抱えてこの場を後にしようとした変態貴族の頰肉に切れ目を入れた。
おっさんの怒声が飛ぶ。なにを言っているやらオレにもアルムにもよくわからなかったが、目の前の青スーツの男は理解できたらしい。
傷を負った腕に滴る血を払い、紫電を巻き付け、拳を作る。
「ーーーーふたつ言いたいことがある」
「なに?」
「まずは謝罪を。あなたを姫と呼んだ失言をお詫びしたい。あなたは強い。姫と……守られる側などと、冗談でも口にできないほど」
「それはどうもありがとう」
「ではふたつ目にーーーー宣誓する。【閃光】の名で知れた私に傷を負わせたあなたに敬意を評し、全力をお見せしよう」
「そっちは無理。あなたの武器は、こんな人混みで使えない。だからこそ徒手空拳。でしょう? それとも単に、攻撃力ばかりで繊細な魔法は苦手?」
「…………見事。良い観察眼だ。しかしそれはそれで、全力の出し様は、あるというもの……!」
男の体に取り巻く紫電が増加する。スーツ越しでもわかるほど筋肉が隆起している。アルムが顔をしかめた。
オレの白刃にもビリビリと電気の圧力が振動になって感じ取れる。これはーーーー十分人混みで使えないパワーではないか!?
「名乗らせていただく。俺の名はライラック・リディン。【閃光】の通り名をいただいた、神速の騎士。
『逸らしてくれた』とはいえ、我が主人に矛先を差し向けた……その返礼はさせてもらう」
「律儀なこと。もっと冷めた人かと思ってたのに。考えを改めるよ」
「ふん。ーーーーでは行くぞ。我が雷光。その熱量に燃え尽きろ」
ライラックがぐっと身を屈めた。アルムも剣尖を向ける。
周囲の貴族達が静まり返りーーーー。
緊張が波打ち。
ーーーーそれは、鈍色の杭で縫いとめられた。
魔力が拡散する。高揚していた場の雰囲気ごと。
吹き飛ばす。大きな衝撃と音圧のもと。
なにか巨大なものがーーーーライラックでもアルムでもないものが、その場所に、楔を打ち付ける。
「双方! 引けぇい!!」




