マホウのオンナ
とりあえず、アルムは一際カラフルに盛り付けられた皿ーーーーフルーツの盛り合わせをもらう。
周囲に合わせた動作ーーーー要は早すぎず、ゆったりとした余裕のある動きという意味だがーーーーで、テーブルからテーブルに移る。
貴族様方の余裕と威厳と雅さに溢れたご歓談に適当に相槌を打ったり、それらしく手を振ったり、握手をしたり、強引なボディタッチを避けたりしつつ、アルムは帝国四方で収穫された果実に片っ端から舌鼓を打った。
[……いや。なんでフルーツばかり? 宗教上の問題か?]
「……ノド乾いちゃって。水分欲しいの」
[いや、普通に飲み物もらえって]
「…………メニュー表の飲み物、どれがアルコール入ってないのかわからなくって……」
ーーーーなるほど。
そういえば、どれも小洒落た名前だ。だいたいこういうのはカクテルと相場が決まっている。たぶん。
見るメニュー見るメニュー、いずれもいずれもそんなのばっかりだった。
つまり、メニューにある飲み物の選択肢がーーーー酒しかない。
そしてなにより、この場の雰囲気。素面で「水ください」とは言い出しにくい。
せめてミネラル豊富ウォーターとかナントカ還元水やらの気取ったことを言えないと恥ずかしい。言えてドヤ顔しても恥ずかしいけど。
水分も栄養もいっぱいのフルーツを何度目か自分の皿に盛り合わせてフォークでつつきつつ、アルムは会場を見て回った。
会場外も派手だったが、会場内は更に輪をかけて派手だった。
動く歴代皇帝の黄金像にはじまり、絵柄が入れ替わる絵画、踊る人形、しゃべるルーレット、自己再生さる武器、半永久的に破壊と再生を繰り替える魔法素材などなど。
帝国を代表するなにか、というより、これは「一般人受けする比較的キャッチーななにかの寄せ集め」だろう。
なにせ、見るものがどれもこれもやたら派手で目を惹くためだ。帝国だからといっても遠慮がない。緩急がない、ともいう。
その中でも、一際異彩を放ったのはーーーー頭である。
生首だ。
それも超が付くほど大柄の猪の牙一本がアルムの背よりも長いのではないかと思うほどの巨大さ。特注のテーブルほどの大きさのお皿に乗っている。
残りの体は料理として振舞われているのだろう。周囲には肉を盛り合わせたお皿ばかりだ。
人だかりも一層色濃い。近くにいるだけで会話が様々聞こえてきた。
「いやぁ……おおきいですなぁ」
「ええ。号竜、いや大号竜級ですかな。このホールも引けてしまえそうだな」
「これを仕留められたのは確か……エンダー殿の騎士とか?」
「かの騎士は名門だろう? あのエッグマンと同じ。ブルーリィ家だ」
「この大猪と正面から打ち合ったと聞く。自慢の大槍を楔代わりに地面に打ち込んで」
「徒手でこの大きさの猪を倒したと? さすが前年度のベスト4は違いますな」
「自慢の逞しい膂力に磨きをかけ、今年こそ優勝か」
「前年度覇者のエレ様の騎士が殿堂入りされたのが残念だの。優勝してくれれば、特別試合もありえるか?」
[……ほー、これだけのデカブツを仕留める騎士か。結構な注目の的だな。こりゃ、武闘会で勝てば一気に有名になれるぜ]
緊張しているかもしれないアルムを落ち着かせよう。そんな意図で発した軽口だった。
しかし思いのほか、アルムの反応が悪い。
アルムは野次馬の喧騒になど、まったく耳を貸していなかった。
ただじっと大猪の首を睨んでいる。品定めだろうか。騎士の? それともーーーー?
「その大号竜は【オウル・ドゥ】。古くから魔力素の濃い霊域に住み着いていた、霊獣に近い魔獣。しかしーーーーああ、ごめんなさい。知りたがっているのかと思って」
唐突に猪の解説を始めたのち、隣からずいと人が現れる。アルムの顔を上目遣いに盗み見て、いたずらっぽく笑ってみせた。
少女である。
褐色とウェーブのかかった銀髪。そして黄金色の虹彩。インパクトの強い造詣をしていた。
「迷惑でした?」小首を傾げ、伺う少女。アルムはかぶりをふった。「いいえ。続けて」
「ありがとう。ーーーー数ヶ月ほど前から、この魔獣が人里に下りるようになったわ。不思議なことにね」
[そうなのか?]
「…………確かに。魔獣に必要な栄養は魔力素。特に【霊獣】に近いものとなれば豊富な魔力素が必要になる。
師匠から聞いた話では、【霊獣】になれば魔力素が特別濃い【霊域】から一歩出れば死んでしまうとか。
……ヒトの世界なんて、常に魔力の塊を食べ続けなければ生きていけない」
「その通り。だからーーーーこの魔獣はヒトを食べ続けた。
大地に実った作物より、強い牙を持った猛獣より、魔法を行使できるヒトの方が魔力を蓄えているから。
村ひとつ滅ぼされて、見かねた地主様は討伐隊を組織したわ。……この数ヶ月は彼らと魔獣の戦いだったの」
「それでーーーー膠着した状況を終わらせようと、地主様お抱えの騎士様が出張ってきたということ?」
「彼を討ち倒したのはバスタシン・ブルーリィ様。この帝国随一の防御力を誇る【不動】の騎士よ。
この騎士様はあなたが不安がったように腕自慢のためにこの魔獣を狩ったわけでもなく、この日のための狩猟というわけでもない。
正面から可能な限り魔獣に敬意……こんな晒し首のような真似をしているのは、彼の腕を誇りたい貴族様の意向ね。どう? 安心した?」
「…………これは、お見通しということなの?」
アルムの問いかけに少女は少し困った顔をしてごめんなさいと謝った。
ーーーーこの女の子は、ヒトの考えていることがわかるのだ。
アルムが特に疑問を持たないということは、どうにもそういうものは存在するということらしい。
……オレの声も聞こえるのだろうか。そういうヒトなら。
ドキドキと注意深く褐色の少女を観察したが、オレに気づいた様子はない。
内心ホッとしたーーーーだがいやまて。じゃあオレって一体なんなんだ。ああ、剣か。なるほどなー。
……そういう結論でいいのか、自分でも疑問だが、答えは出そうにないので捨て置くことにした。
こういうのはその内に時間が解決してくれるものだ。…………そう信じることにした。




