マホウのユメ
舞踏会の会場まではおおよそ徒歩10分ほど。散歩コースのような長さがあった。
しかしそれに飽きないように工夫が凝らされていた。
並木のライトアップはもちろん、奥の芝の葉っぱは色とりどりに輝き、なにか一個の映像を結んでいる。
噴水は重力に逆らって空を自由に泳ぎだす。アコーディオンひとつでオーケストラのじみた多様な音階を表現するアーティスト、なんてのも見かける。
そのいずれもにアルムは関心を寄せていた。ちりちりと焼きつきそうなほど熱っぽい目で「どういう魔法の構造だろう……」などといろいろ空想を膨らませている。
……純粋無垢な子どもというより知識過多のオタクかなんでも理論立てたい理系の教授のような視点だった。
若干残念な感じもするが、まぁ赤くなって俯き続けるより健全なパーティの楽しみ方である。
そうしてアルムの機嫌が直った頃合いを見計らったのだろう。ジョンが口火を切る。
「時に……我が騎士」
「それ、誰のこと?」ーーーー急にアルムの顔が引きしぼられた。別に問題のタネを忘れたわけではないらしい。
「お前だ、アルム。設定をもう少し理解してくれないか。それとも、他の貴族に当たりをつけたか? あるいは剣は置いてきたか?」
[まさか。オレはアルムの相棒だ。肌身離さずだぜ]
聞こえはしないが、一応オレも答えておく。
「私はこの剣を手放すつもりなんてない。……あと、そのあなたが考えた『俺の騎士設定』だけどね、それもイヤだから。
『信用ならないヒトの騎士にはならない』。あなたの言葉でしょう。だから、私はあなたの騎士にはなれない。少なくとも、今は絶対に」
「…………ハッキリしてるな、アルム。好きになりそうだよ」
「私もあなたを好きになりたい」
[えっ!?]
「ほう」
意外だった。
それはジョンも同じだったらしい。相変わらずの鉄の顔で更に仮面までしていたがーーーー。
ジョンの口が開けっ放しになったのだ。そのままおでんの玉子を5.6個投げ込めそうな雰囲気。それくらいに「あんぐり」だった。怒ってはいない。たぶん。
「私にとって、ジョンは頼れるヒトだけれど、信じきるのは難しい。……たとえばこの舞踏会にしてもそう。
これだけ豪華な催し、参加者も帝国上層部のはず。参加者に欠員がでたからといって私をねじ込めるコネ、どうして持ってるの?」
「森育ちの田舎娘に、まさか豪華絢爛の帝都貴族パーティの規模をツッコまれるとはな……まぁいい。
お前は花壇に水をやるとする。やった水の量はわかるか?
これはそういうものだ。ばら撒いた招待状の総量を彼らは把握しきれていないし、だから詳細な宛先まではチェックしない。
ーーーーたとえば身内の不幸で招待をお断りした貴族様から俺が譲り受けたこの招待状でも、なんら問題はない」
「じゃあ……なに? あなたは私に嘘をつけと? 本当は貴族様に届いたものなのに、さも私が受け取った招待状ですと言ってこのパーティに参加しろっていうの?」
「できなければ、お前は武闘会には出れないな。なにせ未だ騎士でないお前には、そもそもここに入る所以がない。
帰るか? この場でそのドレスを引き裂いて、丸裸になって」
[…………ゴクリ]
「…………」
アルムの指先が震えている。今すぐにでも言われるがままに自分のドレスをズタズタに切り裂き全裸で街中に繰り出しかねない剣幕だ。
怒り。信念を無理やり捻じ曲げられそうになっている。
【獣魔人】のときもそうだった。アルムの強い信念は、それを捻じ曲げる圧力を倍の力で跳ね除ける。今度もそうする。そうしようとしていた。
ーーーーしかし、アルムの手はオレを取らなかった。
おそらくだが、アルムの信念は「嘘をつかない」ことじゃない。「正しさを守ろう」ということだ。
アルムにとっての正しさとは「ヒトの希望を守ること」。
アルムは騎士になりたい。その夢は本物だ。夢を叶えようとすることは正しいこと。それは利己的だが、「希望を守ること」になる。
対して、このジョンの嘘は、誰かを傷つけるものなのか。誰かが不利益を被って、被害に遭って、血を流してしまうような?
ーーーーつまり、そういうことだ。
アルムにはこの嘘に嫌悪感はあっても積極的に跳ね除ける理由がなかった。
ドレスを破かず、剣を抜かず、押し黙るだけのアルム。
その姿を消極的ながら肯定の意味だとジョンも受け取ったようだった。緊張の糸を緩めるように深く息を吐き出した。
「…………助かった。そう頼む。俺もこのパーティには用があってな。こんなところで門前払いは困るんだ」
「…………なら、せめて聞かせてよ。あなたの目的を」
「笑うなよ」
「笑わない。約束する」
「片思いのヒトに会いに行く」
……………………は?
アルムは笑わない。おそらく、オレと同じ理由だ。
ーーーー急に真面目な顔して何言い出してんだこいつ。
笑うよりなにより、文脈を無視しすぎていた。素っ頓狂すぎる。デタラメだ。
「笑わなかったな。約束を守ってくれたか。そうかそうか。それなら……そうだな。もう少し話そうか。まぁ、会場までの退屈しのぎにはなるだろうさ」
なんでもないようにそう言ったがーーーージョンの横顔、いつもとは違い、口元には緩みがあった。
そこからは、古い友愛を反芻するこそばゆい感覚が見て取れた。




