旅の続き
ごろり。
【獣魔人】の首がころころと転がる。四肢の力は抜け、支持していた胴体がどしゃりと崩れ落ちた。
その体は動かない。痙攣もなく、震えもなく、垂れ流していた邪気さえも停止した。
それを確認して、確信して、ようやく、アルムはその場にへたり込んだ。震えがぶり返したらしい。自分では膝に力が入らないようだった。
差し伸べられた手を取り、ようやく立ち上がる。
ーーーー手を差し伸べたのはジョンだった。
しかもぴんぴんしている。うまそうにタバコを咥え、旅装束は破れもしていない。血の跡など、もちろんない。
「よかった。無事だったんだな」
ジョンの手を取り、アルムがいった。
ーーーー聞き様によっては痛烈な皮肉だったが、ジョンは特に気にした様子はない。
鉄仮面のような無感情な面構えのせいか。
面の皮の厚み、ここに極まる。
「【獣魔人】の討伐もご苦労だった。ひとりに任せてすまないな。
いや、助けに入ろうとしたんだがね。なにせ俺もこの通り膝に矢を受けた古傷のせいで踏ん張りがきかなくてな」
[嘘つけ絶対五体満足だぞこいつ。足の怪我とか歩き方とかに全然出てないだろ。
ビビって隠れてましたと正直に言え正直に。大人がしょっぱい見栄張ってんじゃねーよヤニカスが]
「…………。もしかして、彼が、貴族様の本当の騎士を倒した?」
「ああ。この【獣魔人】の【悪】の属性は、基本善良なそのほかの生き物に対して無敵の強さを持っている。
彼も強い騎士だったが…………俺に貴族様を託すので精一杯だったんだ」
[嘘つけ。どうせ今回みたいに自主的に逃げ隠れてたんだぜこいつ。本物の騎士を囮にして逃げ延びたんだこのチキン野郎]
「…………でも、それが、騎士様があなたに頼んだ仕事だった。そうでしょう?」
「その通りだ。彼は主人を守り、俺は雇い主を逃す。
彼が道を切り開ければそれでよし。彼が無理なら迷わず道を切り替える。
俺に求められているのは壁を壊すことでなく、遠回りしてでも進むことだ。柔軟に切り抜けるということさ。そういう契約だった」
「では、今度もあなたは、私を使って切り抜けた。そういうこと?」
「まったくその通り。…………おかげで、こうして道は無事に切り開かれた。君には感謝している。
どうだ? 俺とコンビを組むのは。君が斬り、俺が逃す。いい関係になれそうだが」
「金輪際、お断りします」
アルムの即答を乾いた表情で笑い飛ばし、ジョンは再び血で汚れた象の頭に座った。
そのままの姿勢でぼんやりとタバコをふかしている。動じない野郎である。
アルムは力なく首が落ちた【獣魔人】を見つめた。
【獣魔人】の遺体は砂のように砕けていく。砂つぶ一つ残さず風に巻かれていく。その様子を見送り、アルムはようやく腰を浮かせた。
ジョンは特に感心を見せる様子もない。警戒を促すことも、持ち場に戻るようにも言わない。脅威は完全に去ったと判断したのだろう。
タバコをふかし、アルムの横顔を意味ありげにじっと見つめーーーーふと、口火を切る。
「しかし、だ。ひとりで専用の対策なく【獣魔人】を撃退なんてできるヤツはまずいない。帝国広しといえど、10人越すかどうかだ。
アルム、やるなお前。やりまくりだ。一秒一瞬でも錆びつかせたらもったいないと感じるほどに」
「…………なにが言いたいの?」
「ビジネスパートナーの方は振られた事だし諦めよう。
しかしだ。一週間後、帝都圏内で武闘会がある。貴族様達が自分の騎士をアピールする帝王御前試合だ。それに出てみないか?」
「御前試合……ああ、そろそろそういう時期ーーーー」
[はぁ!? ざけんな。帝国の首都に入るためにしょーがなく話に乗ってやっただけなのにイキがるなっつーの。テメーみたいな胡散臭いヤツを信用する世間知らずのバカいる訳ねーだろ]
「ーーーーって出れるの!?」
ーーーーはい?
盗み見る。
アルムは。
目を、輝かせている。
「俺の話に乗るんだな?」
「答えて。出れるの?」
「出れる。これで俺は顔が広くてね。だいたい大抵のことはなんとでもできる。
それに、御前試合には既にひとり、参加予定だった貴族様の騎士が来れなくなって枠に空きもある。余裕だ」
「ありがとう! 騎士になって御前試合に参加するのが夢だったから! やった! やったぁっ!!」
…………なんかもう、無邪気に喜んでいた。(かわいい)
これ以上掘り下げる気はとうに失せ、辟易として、力なくハイライトのない目で空なぞを眺めるオレである。いや、剣だから目なんてないけど。
いつの間にやら日も登ってきた。
あぁ、もう朝なのだ。激しい一夜だったなぁ。オレ達の冒険初夜。
目指すは帝都。国家最大都市ーーーー。
朝の陽光の先、深く翳りが入っていたせいで、ジョンの表情はまるで見えなかった。




