旅の決断
ーーーー感じる。
アルムの指が剣刃をなぞる。ただそれだけの動作が、白銀の刃をなにより鋭い稲妻に変える。
ーーーーこれが、魔法か。
青白い閃光をまとい、剣を掲げ、アルムはぐっと姿勢を屈めた。
【獣魔人】は隻眼をギラギラと光らせる。切り落とされた腕を持ち上げる。これ見よがしに。
ーーーー貴様だ。貴様が切り落とした。
であれば、報復はわかっているな?
そんな空耳が聞こえる。動作のみの宣戦布告。
膨らむ圧迫感。肌を焼くほど鮮烈な邪気。恐怖。瘴気。
それでもーーーー。
アルムが踏み込む。
【獣魔人】が切断された腕を高く掲げた。
血しぶきをあげ、切れた腕が生え変わった。一瞬で。
アルムの眼前に爪を光らせる。
アルムが走る。【獣魔人】の爪先は研がれている。
金色が閃き。
「やぁああああ!!」
血しぶきが上がり。
「ぉぉぉぉぁぉぉぉおおおおおおお!!」
【獣魔人】は地響きのような咆哮をあげ。
胸の袈裟懸けの傷を抱き、アルムを再び睨みつけ。
ーーーー仰向けに倒れた。
「…………ぅあ」
止まっていた空気が、ようやく流れ出した。
アルムが弱々しく唇を緩め、胸を小さく膨らませ出す。
その場にへたり込み、震える指で帽子のつばを沈めるアルム。極度の緊張感から解かれたためか、目には涙さえ溜めている。
[すごいな、アルム。よく堪えたし、凄い……鋭さだ。剣のオレが言うのもアレだけど。
オレ自身、紙より薄くなって斬り抜けた感じしたね、今。相手に割り込むっていうより、溶けて引っぺがすっていうの? そんな感じの…………]
「黙って…………ッ」
[ひっ]
絞り出したアルムの声はひどく掠れていた。身体中の水分が蒸発したかのようだ。目を赤く腫らし、しかしその目はじろりと一点を見つめている。
【獣魔人】。
斬られ、崩れ、倒れていた体がひくひくと痙攣している。
ーーーーふいに。
ごきり、と。
首が曲がってはならない方向にひとりでに回り、ドス黒い光を帯びた黒目が貴族様のいるハコを睨む。
蜘蛛のような足取りで、【獣魔人】は四足歩行を始めた。
慣れない姿勢なのかおぼつかない様子。しかし確実にオフィスに肉薄する。
そこには執念がある。
なにがなんでも辿り着いてーーーー殺してやる。ズタズタの体が全身でそう雄叫びをあげていた。
放っておいてはならない。貴族様に迫るまでそう時間はない。
ーーーーオレも、おそらくアルムも、【獣魔人】の「怨嗟」を感じずにはいられない。
オレたちが貴族様と出会ったのはついさっきだ。
もしかしたら、貴族様が【獣魔人】に悪いことをしたのではないか?
貴族様の清廉潔白さを裏付けるものはなく、この【獣魔人】がこれだけ疲弊した状態で、こんな醜態を晒してでも、なお尽きない。
それだけの怨み。それだけの怒り。それだけの殺意。
それを背負って進んでいる。オレたちの背中にいる貴族様に。
もしかしたら、【獣魔人】のこの感情こそ正しいことかもしれない。
この【獣魔人】を見逃し復讐をさせた方が正しいのかもしれない。
ーーーーそれでも。
アルムは言い放つ。
「いかせない。たとえどんな理由でも、なにも訴えずにその邪気をたったひとりにぶつけて、その爪で誰かの未来を摘まみ取る。そんな正しさはあり得ない。
たとえ、それが、あなたがやられたことだとしたって! あなたが誰かにやっていい理由にはならない!」
そして金の剣は、【獣魔人】の首を刈り取った。




