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星のオレンジゼリー

作者: れみ

昔書いた話のリメイクです。オリジナル版は自分のサイトに載せています。

 ある朝、夢子が目を覚ますと、雨子がいなかった。

 昨日まではずっと一緒にいたのに、どこにもいなかった。


 夢子は雨子を探した。階段下の物置や、庭の植え込みのかげ。学校の近くの空き地や、ヒマワリの咲く公園。穴を掘って、地下鉄にぶつかるまで探した。空を飛んで、太陽のまぶしさで何も見えなくなるまで探した。


 お腹がすいたので、夢子は家に帰った。汚れた服を着替えて、目玉焼きを作って食べた。二人ぶん作ったけれど、雨子は帰ってこなかった。夢子は、昨日の夜のことを思い出していた。


「こうして話してることって、無駄なのかもしれないね」


 夢子は物語を書いていた。書き上がるといつも、雨子に読んで聞かせた。昨日は風船のヒーローがハリネズミの悪魔と戦い、打ち勝つ話を書き上げたところだった。


「どうして? 私は夢ちゃんのお話が好きだよ」

「うん。でも、いつかは忘れちゃうと思うんだよね。私も雨子も死んだら、きっと何も残らない」

「夢ちゃんのお話はずっと残るよ」

「そうかな。私は、話すそばから消えていくような気がするの」


 雨子は笑っていたけれど、少し寂しそうだった。

 これでいいんだ、と夢子は思った。

 雨子はいつも、話を聞いてくれる。一緒に見た映画のことも、小さい頃の思い出も、ふと思いついた恐ろしい話も、雨子となら笑い合えた。


 だけど、雨子には雨子の人生がある。そろそろ寄りかかるのはやめようと思った。


「雨子、どこにいるの?」


 夜になって、窓の外をコウモリが飛び回るようになっても、雨子は帰ってこなかった。

 あんなこと言わなければよかった、と夢子は思った。

 今まで通り、二人でいられればそれでよかったのだ。当たり前のように同じものを食べて、おいしいと言って、流れてくるテレビ番組を見て、それだけでよかったのだ。


 夢子は布団の中、ずっと目を開けていた。暗闇に目が慣れても、何も見えてこなかった。部屋がゆっくりと狭くなって、夢子を押しつぶそうとしていた。


「だめだ、こんなんじゃ!」


 夢子は飛び起き、階段を駆け上った。屋根の上によじ登り、一番近い星をジャンプして取った。星は少し熱かったけれど、暴れたりはしなかった。


 夢子は星を肩にとまらせ、自分の手元を照らした。そして、屋根の上で物語を書いた。雨子が出てくる物語だ。


 初めは悲しい話ばかりだった。

 雨子が滑り台のゾウに踏み潰されてしまう話。雨子が昼寝をしていたら、星と一緒に夜空に投げ上げられて、夕焼け色のゼリーになってしまう話。


 悲しくて悲しくて、書く手が震えた。それでも照らしてくれる明かりは優しかった。来る日も来る日も夢子は書き続けた。


「雨子、どこにいるの?」


 物語はどんどん増えていった。



 やがて月日は流れ、夢子は一人で服を買いに行ったり、男の人に誘われて海へ行ったりするようになった。忙しくて、何日も家に帰らないこともある。

 それでも、物語は書き続けた。星の光はだんだん弱くなり、もう見えなくなってしまったけれど、夢子の心の中はいつも明るく照らされていた。


 物語の中の雨子は、あの頃よりも強くなった。世界中を歩いて冒険したり、新しい魔法を発明したり、動物たちと転げ回って遊んだり、夢子と一緒に悪者を倒したりする。


「面白いね」


 夢子の話を読んでくれる人も、今ではたくさんいる。夢子はいたずらっぽく微笑み、肩をすくめる。


「まだまだだと思うけど」



 雨子には、いつでも会えるようになった。目を閉じて、三秒数えるだけでいいのだ。するとたちまち、夢子は白い風船でできたドレスを着て、自分の書いた物語の中に現れる。隣には、とげとげのスーツを着た雨子がいて、優しく笑っている。


「また会えたね、夢ちゃん」


 抱き合っても、夢子の風船は壊れたりしない。二人は並んで、星の海の上を歩いていく。どこまでもどこまでも、オレンジ色の夕焼けが二人を包むまで、歩き続ける。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何回読んでも、いいです。読むたびに、味わい深くなります。 当然だと思っていたことが、実は当たり前じゃないって、失くさないと気が付かんもんかなあ……。
[一言] なんだか詩のような物語ですね。夢子の冒険をもっと読みたくなりました。
[一言] 夢子の成長が目覚しく、涙…。 素敵な話ですね。
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