第九十九話 格闘王は変態王
「いやぁぁ~~~~~~ん!! 恥ずかしい~~~~~~~~ン!!」
冥府の亡者が絞り出すような、身の毛もよだつ野太いおっさんの声。
いや、これはもう悲鳴か。
俺だけではなく、戦闘中のフラン、観戦していたヤヨイ、シャニィ、そしてマキシマムの部下である男たちまでが、ポカンと大口を開けている。
その元凶、マキシマムは素っ裸のまま身体を丸め、シクシクメソメソと泣いているのだ。
なんだこれ。
なにがどうなったんだ。
ガチムチの巨躯を誇る、伝説の格闘王マキシマム・ジ・オーバーキルが、なんで女子みたいに……
「なになに? アキト、なにがどうなっちゃったの?」
目前の敵である、ティナの存在も忘れたフランが、興味津々で俺に近付いてきた。
「さぁなぁ、しかしフラン、お前頑張った……な、えぇー!?」
なんで!?
フランのアホ毛が伸びてるよ!?
ティナと互角に、いやそれ以上に闘えていたのは、アホ毛が伸びてレジェンドレアになりかかっていたからとか!?
あ、段々短くなってきた。
これって、短いとアホ度が増すんじゃあるまいな。
どっちにしても、おかしなヤツだ。
「アキト、あのマキシバビュになにかしたの?」
また噛んだ。
うお、口から大量に吐血してやがる。
どれだけ豪快に噛んだんだ。
せっかく戦闘で無傷だったのに、なんの意味もねぇだろ!
「いや、俺はブン投げただけだぞ。鎧は引き千切れちゃったみたいだけど」
「鬼畜ね……」
「黙らっしゃい」
ティナがマキシマムへ走り寄って、慰めるように縦ロールの頭を撫でていた。
優しいのう。
闘技場中に漂う、白けた空気。
屈強な男たちも、胡乱な目で泣きわめく筋肉ダルマを見ている。
「アキトさん、この隙に領主さんを救けましたよ」
「おお、ナイスだヤヨイ。後でチューしてやるからな」
「本当ですか! やったっ!」
「…アキトー、わたしも、わたしもー…!」
俺とヤヨイの周りをぴょんぴょん跳ねて、必死にアピールするシャニィも可愛い。
よしよし、まとめてしてやろうな。
外傷はなさそうだが、やたらと憔悴しきった領主さんが、なんだか微妙な表情になっている。
あれ?
助けられたってのに、あんまり嬉しそうじゃないな。
「領主さん、申し訳ありませんがマキシマム共々、話を聞かせてもらいますよ。腑に落ちない点が山ほどあるんで」
「わ、わかりました」
まだ、めそめそしているマキシマム。
どうでもいいが、せめて服を着ろ。
そんな汚いモンは見たくねぇぞ。
困り顔も極まって来たティナ。
いい年したおっさんがこれでは、ティナの苦悩が偲ばれる。
「おい、マキシマム。ちゃんと説明してもらうぞ」
「マキシマム、アキトさんが説明してって言ってるなのよ」
ティナが優しく語り掛けている。
こんな美少女に心配してもらえるだけ感謝しろよ、この野郎。
「わかったわよン……」
涙を拭いながら、居住まいを正すムキムキマッチョ。
胸と股間を、腕で必死に隠している。
なんか、すっごい違和感があるんだけど、なんだろう。
「ちょっとちょっと、アキト」
「いててて、耳を引っ張るなフラン、なんだよ」
俺の耳に口を寄せてくるフラン。
熱い吐息がくすぐったい。
「あのムキムキの人、女性じゃない?」
「はぁ!?」
囁かれた言葉は、俺の目を極限まで開かせるのに充分なインパクトを持っていた。
いやいや、女なわけあるか!
現役時代は上半身も裸で、もっこり股間のファイティングスタイルだったぞ。
でも、確かに、さっき変なものを見た気がするんだよな。
あるべきはずのモノが、あるべきはずの場所に無かったような違和感がな。
「アタシィ、血気盛んな時にこのティナちゃんに当選してこっちへ来たのよン。そんでぇ、とんでもなく強い連中と闘う喜びに浸っていたのよン」
アタシって、おい。
なにこの気持ち悪い喋り方。
向こうの世界では、こんなキャラじゃなかったろ。
「しばらく経ったころぉ、すっっっごく強い人と出会っちゃってぇ、何度挑んでも勝てなかったのよぉ!」
またもや、さめざめと泣きだす。
キモい、キモすぎる。
「……でもぉ、段々その人が好きになっちゃってぇ……」
「待て待て! 待てやコラ! 俺はテメェが女になった訳なんざ聞きたくねぇ!」
駄目だ、堪えきれなかった。
これ以上聞いては俺の精神が崩壊しそうだ。
「えー、可哀想ですよ。ちゃんと聞いてあげましょうよ! ハァハァ!」
「ヤヨイは腐女子だからだろ!」
「なっ、なにを言ってるんですか! 腐ってませんよ! ちょっと男性同士というものに興味があるだけです!」
「ちょっとどころじゃねぇ!」
ヤヨイの抗弁など、構っちゃいられない。
「それでぇ、旅立ってしまった彼を追うために修行してぇ、身も心も女の子になってぇ、アタシも旅に出たのぉ」
く、このクソ筋肉も人の話を聞かないタイプか。
やめろっつってんのに話を続けるとは。
脳まで筋肉なのかよ。
「そしたらさぁ、この街が襲われてるじゃないのさぁ、アタシ、思わず加勢しちゃったわよン」
もはや俺は遠い目をしていた。
そうだ、他のことで気を紛らわせよう。
俺の耳は、もう穢れたものと思って諦めるしかない。
せめて、目だけでも美少女分を補給しよう。
うん、ティナがいいな。
じーっとティナを見ていると、彼女も視線に気付いたようだ。
ニコっと笑いかけてやる。
ティナも俺の笑顔に釣られたのか、少しだけ微笑んだ。
可愛いー!
同時に、俺の身体の三か所が痛み出す。
三人娘の仕業だ。
いてぇ! 全力でつねるなよ。
「でさぁ、アタシねぇ、そこの領主さんに一目惚れしちゃってぇ~、ロマンスグレーって素敵よねぇ~ン」
「は?」
急激に現実へと引き戻された。
誰が誰に惚れたって?
「彼とぉ、ちょっと強引だったけどぉ、婚約しちゃったのよン~、キャッ恥ずかしい~ン」
俺は、そっと領主さんを見る。
サドア領主は大量の脂汗を流していた。
蛇に睨まれた、ガマガエルか。
「……俺はエリィが婚約したって聞いたんですけどね」
俺の言葉に女性陣も頷く。
「……はは……とんだ誤報ですな……エリィならアキト様のお嫁になると息巻いておりますよ……」
「ははは……そうなんですか。うちには怖い嫁がたくさんいますから……エリィには厳しいかもしれません」
「……お互い、気苦労が絶えませんな……」
「ねぇ、ヤヨイ、シャニィ。怖い嫁って誰のこと?」
「え? フランさんのことじゃないんですか? 少なくとも私ではないです」
「…どう考えても、ヤヨイとフランさんのこと…わたしはアキトに優しいもの…」
「ちょっと待って、あんたたちもさっきアキトをつねってたよね!?」
「アタシと領主さんの新居のためにぃ、ちょっと重税にしちゃったかしら~ン。これも、愛ゆえに、だわよねぇ~ン」
既にみんな好き好きに喋くり倒している。
そうだ、一応、確認を取っておかないとな。
「マキシマム」
「なにかしら~ン、アタシのことは、可愛らしくマキシィって呼んでね~ン」
「断る!」
「あらン、貴方も良く見れば素敵ねぇ~ン。このアタシを倒すなんて、つ・わ・も・の!」
「やめて! いちいち気味の悪いことを言わないで! ともかく、アンタは俺に負けたんだ、今後は俺に従ってもらうが、いいな?」
「わかったわよ~ン」
「まず、重税を解いて、街の復興に励むこと。次は、ここにいる男連中も力は無駄に有り余っていそうだから、労働者兼警備隊として訓練させること。言っておくけど、こいつらが何かしでかしたら俺が黙ってないからな。最後に、アンタと領主さんが結婚したいって言うなら、好きにするといい。祝福しよう」
「ちょっ!? アキト様! 冗談でしょう!?」
「それは嬉しいわ~ン。全面的に承ったわよ~ン」
焦りまくっている領主さんが、マキシマムの腕に絡め捕られた。
うわ、熱烈なキスの嵐だ。
なるべく見ないようにしておこう。
目が腐る。
ヤヨイだけがそのおぞましい光景をガン見しているけどな。
良かったな、エリィ。
新しいママが出来るよ。
「さて、戻ろうか。腹も減ったし、街の人々も安心させてやらなきゃな」
「食事の用意はさせてあるから、食べて行ってねぇ~ン」
コイツと食事をするのは多少薄気味悪いが、まだ聞きたいこともあるし付き合ってやるか。
飢えた三人娘も腹をぐるりゅーと鳴らしているしな。
俺たちは数十メートルも無い短い小道を、屋敷へ向けて凱旋するのであった。




