第九十八話 熱闘! バトル甲子園!(嘘)
第三の街と人質を解放するため、領主の屋敷へと乗り込んだ俺たち。
ボスであるマキシマムの潜んでいると思われる、領主の居室へと踏み込んだ。
しかし、俺とフランは、そこでとんでもないものを目撃することとなったのだ。
「…………あのー、領主さん? これはいったい……」
「おお、アキト様! ……それが、その、何と申しましょうか……」
部屋の中央に巨大な椅子がある。
勿論そこに座っているのは、格闘王マキシマムその人。
だが、マキシマムの膝の上に飼い猫の如く座らされているのは、なんとサドア領主。
なにこれ!?
しかも、マキシマムの頭!
失踪前は、確かスキンヘッドだった。
それがどうだ、今や金髪ロングで縦ロール!?
へ、変態だ!
変態の隣の椅子には、ちょこんと俺好みのロリっ子が座っている。
あれ? ガチで可愛いぞ。
白銀のショートヘア。
小さく細い身体に纏うは、およそ似つかわしくない無骨な金属鎧。
腰の両脇に剣。
この子が噂のSSRティナで、間違いないだろう。
目の覚めるような美少女が、少しだけ困った顔で俺を見つめていた。
「どういうこと?」
マキシマムと少女を交互に見ていたフランが不思議そうに言う。
俺に聞かれてもなぁ。
わかるのは、領主が未だマキシマムの人質となっているってことくらいだ。
「とっとと領主さんを解放しやがれ。テメェに逃げ場はないぞマキシマム」
「アキト、魔王はやめたの?」
うお、衝撃的な光景過ぎてモードが解除されていたか。
ま、もういいだろう。
俺の恫喝にも、マキシマムは無言だった。
実は死んでる、とかないよね?
と思った時に、マキシマムは動いた。
クイッと顎を後ろへ回し、同時に右手の親指でも後方を指す。
え?
意味不明なんですけど。
せめて喋れよ。
「……マキシマムは、ついて来いと言っているなのよ」
桜色の唇を開いたのは、隣の小さな少女。
やべ、声も可愛い。
チュッチュしたい!
ってか、この子が通訳なの!?
「むっ!」
俺の不埒な考えを、素早く察知したフランが俺の尻をつねる。
こんな時だけ勘がいいのはなんでだ。
「どこへだ?」
「街の北側に闘技場を建設中なのよ」
「ほう、そりゃまた随分と傍若無人なことだな。街の復興よりも、テメェの趣味優先ってか? 舐めてんじゃねぇぞこの野郎」
俺の怒気に引いたのは鎧の少女ティナだけで、マキシマム当人はどこ吹く風だ。
しかも気味の悪いことに、領主さんの頭を猫か犬のように撫でている。
なんなんだコイツは。
マキシマムは右腕を高く掲げ、拳をギュッと握った。
鎧の下で奴の筋肉が、はち切れそうなほど膨れ上がっている。
まるで、男なら拳で語れと言わんばかりのパフォーマンス。
「黙って拳で語り合え、と言っているなのよ」
思った通りかよ。
まぁ、想定内ではあるな。
「いいだろう、案内しろ」
「はいなのよ」
くっ、駄目だ。
この子、可愛いすぎるんですけど。
ついでに、フランの怒気も最高潮になってきた。
俺の尻を捻り上げる力が半端ない。
そう、俺はずっと鋼鉄の意思で痛みに耐え続けていたのだ。
マキシマムはズオッと立ち上がると、何のつもりか領主さんとSSRティナを両肩に乗せた。
そして、ズシーンズシーンと部屋を出て行く。
段々ゴーレムにしか見えなくなってきたぞ。
俺たちも後に続く。
階段辺りでヤヨイ、シャニィの両名と遭遇した。
「アキトさん!」
「ヤヨイ、みんなは?」
「安全な場所にいますよ。今は他のメイドさんたちがついていています」
「そうか、お疲れさん。じゃあ、二人もついてきてくれ。なにやら闘技場でやることになった」
「…エッチなこと…?」
「するかっ! この状況で、どんな脳みそしてんだ!」
もう着替えていいのに、まだメイド服っぽい衣装の二人。
なんだかんだ言って、その変態みたいな服が気に入ってるんじゃあるまいな。
屋敷の北側に出ると、以前は無かった小道が整備されていた。
どうも、ここから直通で闘技場とやらへ行ける構造らしい。
うわ、坂を下りてすぐ目の前に建設してんのか。
どんだけ戦うのが好きなんだ。
外観も古代ローマのコロッセオみたいだし。
こりゃ、相当な数寄者だな。
俺たちを逃がすまいとするためか、むさ苦しい野郎どもに囲まれながら建物へ入った。
どうせなら美少女に囲まれたいんですけど。
しかもこいつら、臭いんだよな。
暗い通路を抜けると、円形の広場に出た。
かなり広い。
学校のグラウンドくらいはあるだろう。
それを取り巻くのは観客席。
こちらも、相当の人数が座れそうなほどの広さがある。
だが、今は誰もいない。
代わりに、ついてきた男たちが、並んで丸い壁を作った。
張り倒された恨みか、俺たちを絶対に逃がすまいと言う気迫を感じる。
マキシマムは、領主を男に預け、ティナと二人で広場の中央に立った。
「SSRフランと当選者アキト、前へ出るなのよ」
む、俺はともかく、フランのことも知っているのか。
人質に尋問でもしたんだろうか?
まさかとは思うが、ヤヨイとシャニィだったりして。
俺がくるりと二人へ振り返ると、そっぽを向いて口笛を吹いている。
やっぱりお前らか!
裏切り者め!
これは戦法から術の構成まで、全て奴らに知られていると思った方が良さそうだ。
うはぁ、やり辛い。
「フラン、俺はいいから、始まったらすぐに自分へ支援をかけろよ。後は適当に逃げ回っておくんだ」
「あっ! あの子を傷つけたくないからそんなこと言うんでしょ!?」
ちぃっ!
その通りです。
流石にバレバレだったか。
「バカ言うな。俺の大事なフランが心配だから言ってるんだぞ」
「そ、そう、なの? えへへー、嬉しいー」
今日もチョロいな!
男たちに制され、渋々と後ろへ下がるヤヨイとシャニィ。
大人しくしててくれよ。
ヤバそうな時は呼ぶからさ。
ボキンゴキンと、指を鳴らしているマキシマムの前に立つ。
敢えて抜剣しない。
格闘王に対する敬意と、俺自身のプライドのためだ。
クソ野郎は殴り倒してやるのが礼節ってもんよ。
フランも珍しく真剣な顔で杖を構えている。
カーン!
どこからともなく、ゴングの音が聞こえた。
これ、絶対マキシマムが作らせたろ!
音と同時にフランが素早く下がりながら、自らに支援をかけている。
良い集中力だった。
バキッ
やべ、フランに気を取られすぎたか。
左頬に強烈なのを食らっちまった。
集中力が無いのは俺のほうだ。
いってぇー!
慌ててマキシマムの懐へ潜り込む。
大柄な男ってのは、接近戦に弱いもんだ。
ズン
「ぐはっ!」
くっそ、読みが甘かった。
膝蹴りがみぞおちに入ったのだ。
巻き起こる野郎どもの忌々しい歓声。
俺よりもフランは!?
よし、上手く牽制しながら逃げ回っているな。
「がふっ!」
くの字になった俺を引き起こすような、下からのアッパーが顎に。
マジで集中できてないな。
わかってくれ、美少女二人が気になって仕方ないんだ。
「アキトさん!」
「…アキト…!」
心配そうなヤヨイとシャニィの顔が目に入る。
あれ?
二人が逆さまに見えるぞ。
あ、そうか、俺が吹っ飛んでるのか。
って、やべ、意識が一瞬飛んでたみたいだ。
こなくそ!
俺は身体を空中で捻り、足から着地する。
そのまま猛然とマキシマムへダッシュ。
ヤツの高速ジャブを掻い潜りながら懐へ。
ほら来た、膝蹴り。
両腕をクロスさせて膝を封じ、勢いに乗ったまま肩から体当たりしてやった。
身長二メートル以上、体重も恐らく百五十キロを超える巨体が、軽々と吹っ飛んでいく。
見たか!
俺は飛んで行く巨体へ、一瞬で間を詰め、追撃の蹴りを顔面へ放つ。
まともに食らったマキシマムは、男たちを巻き込みながら壁に激突した。
轟音と共に砕ける壁面。
視界の端に、フランとティナの姿が入る。
フランがティナの二刀流を、なんと杖で撃ち返しているではないか!
しかも、細かい術を合間に放つと言う離れ業を見せながらだ。
嘘でしょ!?
どうしちゃったのフラン!
やればできる子なの!?
ズゥン
縦ロールをファサッと翻して立ちはだかるマキシマム。
女子に見とれている場合じゃなかった。
だが、流石に奴も無傷とはいかなかったようだ。
頭から血を流している。
常人なら即死だってのに、なんてタフなんだ。
両手を広げて俺に覆いかぶさってくる。
俺は咄嗟にその両手を掴んでしまった。
やばい、力比べの態勢じゃねぇか。
容赦なく押し込んで来る。
負けるかよ。
「ふんぬぬぬぬぅぅぅ!!」
俺は全力で押し返した。
だが、伝説級の格闘家はそれを上回る力を出して来たのだ。
いかん、これじゃ腕が折られる。
俺は、わざと力を抜いて一歩引き、奴がたたらを踏んだところへ猛烈なローキックを見舞う。
ズン、と膝をついたマキシマムの顔面に拳を釣瓶打ち。
それをものともせず立ち上がる筋肉ダルマ。
なんちゅう頑丈さだ。
そのまま、足を止めての打ち合いとなった。
うなる拳。
飛び散る血潮。
凄まじい殴り合いに、ヤヨイたちも男どもも大歓声を上げる。
フランはどうなった?
見る余裕すらない。
無心で連打する。
いいぞ、俺が押している。
あの伝説の男、マキシマム・ジ・オーバーキルを、ただの学生だった俺が。
受けきれなくなったものか、マキシマムが苦し紛れのタックルを仕掛けて来た。
俺は奴よりも低い体勢から下に潜り込み、深緑に輝く鎧を掴んで投げ飛ばした。
ビキビキベリベリ
鎧の接続部が千切れたようだ。
真っ裸になったマキシマムが、鎧の破片を撒き散らしながら、綺麗な放物線を描いて飛んで行った。
そして、俺とフランの闘いはそこで唐突に終わるのである。
「いやぁ~~~~~~~ん!!」
野太い声で、女みたいな悲鳴を上げるマキシマムによって。




