第九十七話 作戦会議は無駄でした
マキシマムの魔の手から、人質を奪還するために頭を捻る俺たち。
しかし、人質の見張りは、俺たちの世界から持ち込んだと思われる無線機を所持していると言う。
マキシマム本人もやたらと強そうだってのに、これは厄介極まりない。
「マキシマムってどんな奴だった?」
「すっごい大きな人でしたよ」
「…うんうん、アキトの五倍くらいある…」
「あるかっ! それはもう人間じゃねぇぞ」
そもそも、この屋敷に収まりきらないだろ!
てか、格闘家時代のプロフィールくらいは俺でも知ってる。
その頃は口数が少なくて、良く解らん人物だったんだよ。
ただ、俺たちの世界に残されたエピソードは、どれもがいかれていた。
試合で、微妙な判定をした審判を、対戦相手ごとボコボコにしたとか。
野次を飛ばした観客まで殴り飛ばしたり、試合のない日もギャングやチンピラと喧嘩三昧。
何度も逮捕され、収監された監獄から看守数名を引きずりながら脱獄したこともあった。
圧巻だったのは、厳重な警備の敷かれた軍事施設に単身乗り込んだことだ。
銃を持った並みいる警備員を全員倒した挙句、悠々と施設内に入り込み、就寝中の大将を叩き起こして直接会話をしたと聞いている。
その理由も真意も明かしてはいないが、まさに暴力の体現者、腕力の結晶と言えるだろう。
「でも実際、二メートルくらいはありましたよ」
「いや、大きさじゃなくて、人となりとかさ」
「それがですね、直接話したことがないんですよ」
「…わたしも無い…」
「なんで!? メイドなのに!?」
「これはメイドじゃないです! ……ただちょっとお手伝いをしているだけです」
「…わたしを好きにしていいのはアキトだけ…」
「意味がわからん! じゃあ、他に何か知っていることはないか?」
俺は少しうんざりしながら聞いてみた。
思った以上に面倒臭そうだぞ。
「そうですね……あ、部下の人たちが言ってたんですけど、マキシマム様は緑の騎士だからどーたらって」
「緑の騎士?」
なんのこっちゃ。
んん? 緑の騎士……?
リッカの親父さんは、確か蒼の騎士って呼ばれてたな……
「マキシマムって鎧着てるわけ?」
「はい、緑色のを着てますね。その筋肉に鎧が必要なの? って感じでしたけど」
「あっははははは」
何がツボったのか、フランがパンツ丸出しで笑い転げている。
まぁ、筋肉ダルマが鎧をつけていたら滑稽ではあるが。
「武器は持ってたか?」
俺の問いに、ヤヨイはファイティングポーズで答えた。
無手ってことか。
うむ、それは彼らしいな。
待て、じゃあ、高位の怪物も素手で倒してたってことか。
どっちがバケモノなんだか、わかりゃしねぇな。
「うーん、どうしたもんかなぁ」
「そうですねぇ」
「…難問…」
「取り敢えず人質を何とかしないとなぁ」
「あー、面白かった。二年分くらい笑っちゃった……ところで何を悩んでるの?」
散々笑っていたフランが、雁首並べた俺たちへ割り込んで来る。
「聞いてなかったんかい! 人質をまず助けたいって……」
「あー、はいはい、そうでした! 勿論聞いてましたとも!」
「嘘こけ!」
「ホントだもん! 良い考えがあるんだもん!」
「へぇー! それは是非ともお聞きしたいですなぁ!」
フランはドヤ顔で人差し指を立ててこう言った。
「オホン、まずは、アキトが直接マキシマミュに会いに行くの」
いきなり噛んだ。
大丈夫か、おい。
口の端から血が垂れてるぞ。
「で?」
「勇者アキトが来た、となれば、全ての目が引き付けられると思うの」
「ふむ、それで?」
思っていたよりは、随分まともな事を言っている。
術で屋敷ごと吹き飛ばします、とか言いそうだからな。
フランは立てた人差し指で、ヤヨイとシャニィを交互に指す。
「その間に、二人が人質を助けるって寸法よ!」
「なるほど、ちと浅はかだが悪くはないな。んで、お前はどうするんだ?」
「お留守番」
「アホかっ!」
フランのこめかみを拳でグリグリしてやる。
自分だけ楽をしようとは、とんでもない奴だ。
「いたたたっ! ちょっ、いだっいだだだだ! うわーん! なにすんのよー!」
「その作戦で行くならお前も俺と来るんだ! 向こうにもSSRがいるんだぞ!」
「やだー! いやー! 怖いもんー!」
「こいつ……今更そんな我儘を……」
どうしてやろうかと思った時、ヤヨイが口を開いた。
「私もその作戦は悪くないと思います。ただ、もっと派手に現れた方が、見張りの目も向くんじゃないですかね?」
「と言うと?」
「ジャーンジャーンジャーンと銅鑼を鳴らしながら来るとか」
「お前もアホかっ! どこの関羽だよ!」
「…馬岱かもしれない…」
「マニアックだな! てかどこで三国志を読んだの!?」
「…アキトの家…」
「……そうでした」
俺の家には、漫画版も文庫版も完備してあるのだ。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。
こいつらはいつも話が脱線しやがる。
「でも、伏兵っぽく突然現れたら、目立つと思いませんか?」
「そりゃそうだろうけど……結局それって殴り込みじゃないかよ」
「術、行っとく?」
「行くな行くな、せっかく復興して来てるのに」
杖をヒョイっと振るフラン。
なんでも爆破すればいいってもんじゃない。
「…助けるためには、多少の犠牲は付き物…」
「そうですよ。私たちがメイドのままでいいんですか」
「やっぱりメイドなのか」
「ちっ、違います。これは……コスプレです!」
「何の!?」
ええい、うだうだしてても仕方ない。
なんだかんだ言っても、最終的には戦闘になるんだろ。
くそぅ、いつもこうだよ……
「じゃあもう、お前らの望み通り、一発ド派手にやってやろう。決行は明日早朝。朝っぱらから地獄を見せてやるわ!」
「わぁー、アキトが悪い顔してるー」
「アキトさんがあの顔をした時は期待が持てますね」
「…悪いアキトも好き…」
ってなわけで、早朝。
ヤヨイたちと細かい打ち合わせをして、こっそりと屋敷を抜けだしたのが夜半過ぎ。
その後は、空き家となったクレアの家に潜んでいたわけだ。
多少寝不足気味だが、問題あるまい。
フランは眠そうだけどな。
明け方なこともあって、外を出歩いている者はいない。
見咎められることも無く、俺とフランは領主邸に続く坂道の麓にいた。
屋敷の玄関は南側にある。
南門から続く大通りを真っ直ぐ歩くと、そのまま屋敷の正面へ着くわけだ。
屋敷の窓から、チカチカとランプの灯りが見える。
辺りもだいぶ明るくなってきているが、それははっきりと見えた。
ヤヨイたちからの合図である。
頃合いや良し。
行くとしますか。
「じゃ、フラン、軽めに頼むぞ」
俺は仁王立ちで、フランの術を待つ。
道の端っこに火球を撃ち込みながら、坂を上ると言う手はずであった。
あれ?
今日は術の発動に随分時間がかかるな。
嫌な予感がして振り返ると。
「寝てるーー!!」
そこには、鼻提灯を膨らませ、立ったまま寝ているフランが居た。
器用だな!
慌ててフランの肩を揺する。
屋敷からの合図である、ランプの光が激しく明滅していた。
さっさと来やがれコンチクショウって感じの勢いだ。
こりゃ、ヤヨイたちも相当焦っているな。
「フラン! フラン! こら! 起きろアホ!」
容赦なくビシビシとビンタをかます。
俺もかなり余裕が無いようだ。
「痛い! 痛いってば! ハッ!? ……なんだっけ?」
「術だ術! はよ!」
「そうでした! でも大丈夫! 夢の中で詠唱してたからね」
「嘘ぉ!?」
ドォン
どんなに近隣住民の眠りが深かろうと、一瞬で目を覚ますと思われる大音響。
二発、三発。
爆風と破片が、背中を打ち付ける中、堂々と坂を上る俺とフラン。
屋敷がにわかに慌ただしくなったのがわかる。
はっはっは、小虫どもが。
おっと、俺のスイッチを入れるのはもう少し後だ。
ドーン ドーン
爆音が、まるで勇壮な和太鼓のようだ。
屋敷はもう目前。
玄関から、わらわらと男たちが飛び出してくる。
待たせたな。
俺の中の魔王よ、目覚めの時だ。
「フハハハハハハハ! 我は、勇者アキトである! 簒奪者マキシマム・ジ・オーバーキルよ! 粛清の時は、今来たれり!!」
大仰に言ってのけた後、小声でフランにも注意する。
「なるべく殺さないようにな」
「うん、わかってる」
俺は高笑いを続けながら、殴りかかって来た男たちを返り討ちにしていく。
歩みは止めない。
フランも手近な男たちの頭を、アフロになるまで焼きながらついて来ている。
ここまでやっても、マキシマムは出て来ていない。
まさかとは思うが、逃げたんじゃあるまいな。
勢いもそのままに、屋敷へ踏み込む。
男たちはだいぶ減った。
奴はどこだ。
「アキトさん!」
階段からヤヨイが駆け下りてくる。
酷く慌てているのは何事だ。
「人質は!?」
「みんな無事です! でも、領主さんだけが見当たらなくて!」
「なんだって! チイッ、シャニィに人質の保護を頼んで、ヤヨイは領主さんを探してくれ!」
「はい!」
「待った! ヤヨイ、マキシマムの居場所に心当たりはないか?」
「いつも通りなら、領主の部屋にいるはずですよ」
「サンキュー!」
ヤヨイは一階の捜索に向かう。
俺たちは逆に二階へと上がった。
奥の大きな部屋が、確か領主の部屋だったと思う。
ヤヨイが殴り倒した連中だろうか、何人もの男たちが廊下に倒れている。
げぇっ、ヤヨイめ、ご丁寧に無線機まで破壊してやがる!
勿体ない……壊すなって言っておけば良かった……
チラホラと遅いかかってくる野郎どもの、顎や肋骨を砕いて戦闘不能にさせながら進む。
雑魚はどいてろ。
大きな扉の前に、まだ見張りが何名かいる。
俺は吹き出しそうになった。
あれでは、ここにボスが居ますよ、と言っているようなもんじゃないか。
剣や短剣をかざしながら向かってくる男たちを、武器ごと破壊する。
いよいよ、だな。
軋む大扉を、思い切り開け放ってやった。
「勇者アキト、ここに推参! 俗物めが! 我に屈せよ! …………へ?」
俺の目に映った、あまりと言えばあまりな光景に、思わず間抜けな声が漏れてしまったのであった。




