第九十五話 事態はいつでも動くもの
ルリアを、無事に女将さんと再会させることが出来た俺たち。
結構な長旅となってしまったが、結果オーライと言っていいだろう。
これでようやく、三の街で首を長くしているヤヨイとシャニィの元へ向かえるわけだ。
彼女たちと別れてから、どれくらい経っただろうか。
二週間? 三週間?
それとも一ヶ月?
いかん、時間の感覚が麻痺している。
ま、まぁ、二か月は経っていないと思う、多分。
少しずつだが、文字も書けるようになってきたわけだし、経過日数を忘れないためにも日記をつけてみるかなぁ。
むしろ、冒険譚として手記風にしてみるとかな。
うは、元の世界でも売れなさそうー。
いやいや、逆にこっちの世界でなら売れるかもしれんぞ。
勇者アキトの大冒険、とかってタイトルでな。
そうなれば夢の印税生活だ!
左団扇だ!
もっとも、こっちの世界に印税なんてあるのかすらわからないけれど。
「アキト、すっごく悪い顔してるよ? なにか良からぬ企みでもしてるの?」
「するかっ、しかも悪い顔とはなんだ」
「だって、悪人面してたんだもん」
「ひどっ、こんなにベイビーフェイスなのに」
「あははは、アキトは時々赤ちゃんになるもんね」
「あ、あれはだな……」
「甘えてくるアキトも可愛いから大好きだよ」
「……そ、そうか」
なんだか手玉に取られている気分だ。
フランめ、女として成長したな。
「そろそろ三の街だねー」
「ああ、そうだな。寄り道に付き合ってくれてありがとな」
「なによ改まって。言ったでしょ、アキトが行くところはどこでも絶対について行くって」
「思ったよりも長旅になっちまったからさ。色々苦労も掛けたし」
「ルリアのためだもん。妹が出来たみたいで楽しかったー」
「妹分ならシャニィがいるじゃないか」
「う、あの子は妹ってよりも小姑って言うか……」
「ハハハ、小姑か。確かに、ハハハハ」
「笑いすぎー、あははは」
などと朗らかに笑っている俺たちだったが、すぐに笑えなくなる事態が待っているとは、この時思ってもいなかったのだ。
俺たちの視界に、第三の街の全景が入って来た。
おー、街を囲う壁もだいぶ直されてるじゃないか。
以前ほどではないが、ここら辺に出る怪物くらいは阻止できるだろう。
門もきちんと修復されているようだ。
まずは周囲から直すってのは、良い選択だったな。
さすがサドア領主さんだ。
俺たちは、馬車ごと普通に門を抜けようとした。
だが、呼び止める者が居たのだ。
「おっと、待ちな」
扉が開いたままの門に寄りかかっていた男だった。
この寒いのに上半身は裸で、なかなかのマッチョな男だ。
「なんでしょう?」
「中に入るには通行料が必要なんだ」
「おや、いつからそんな決まりが?」
「ついこの間さ。マキシマム様がここの領主になってからだな」
「え? 誰ですかそれは」
「ここの領主の娘と婚約したマキシマム様だ。先日、北の遠征からお戻りになってな」
「聞いてませんよ、そんなの」
「うるせぇな、決まりは決まりだ。なんなら、そっちの姉ちゃんを置いて行ってもいいんだぜ?」
フランが俺に隠れるように身を縮めた。
さっぱり話は見えてこないが、取り敢えずこいつはムカつくやつだな。
てか、領主の娘ってエリィだろ?
あの内気な子がいきなり婚約?
うーん、どうにも胡散臭い話だ。
「おい! どうなんだ!? 黙って金か女を置いて行けってんだよ!」
「お代はこれだ」
パキッと、男の顔から乾いた音がした。
おっと、失礼。
軽く放ったつもりの裏拳が、男の鼻骨を砕いてしまったようだ。
パッと飛び散る鼻血と涙。
うずくまる男を残し、馬車を走らせる。
「なにがあったんだろうね……」
「さぁなぁ、そのマキシム某とかって野郎に聞いてみないとわからんな」
「シャニィとヤヨイが黙ってるのもおかしいよね? あの子たちなら、とっくに殴ってそうなのに」
「あー、確かにやりそうだな、って何気にひどいこと言うねお前! でも、あいつらどこにいるんだろ」
街の中も、だいぶ復興してきているようだ。
瓦礫はほぼ撤去され、少しずつではあるが、建物も建てられ始めているのが見て取れる。
職人たちは一生懸命働いているが、その表情は一様に暗い。
嫌々仕事をしているようにしか見えなかった。
こりゃ、色々ありそうだぞ。
一難去ってまた一難、か。
俺も苦労が尽きないねぇ。
俺は、そこらを歩いていた男を捕まえて聞いてみた。
「マキシムとかってクソ野郎はどこにいるんですか?」
「マキシマム様、ですよ。マキシマム・ジ・オーバーキル様です」
俺の脳天に衝撃がガツンときた。
聞き覚えのある名前もいいところだ。
数年前、俺たちの世界から忽然と姿を消した、某国の格闘王。
曰く、全世界チャンピオン。
曰く、最強の生物。
曰く、狂える魔人。
途轍もなく強く、人気もあったのは間違いない、しかしその暴虐なファイトスタイルから忌み嫌われてもいた。
対戦相手を半殺しにするまで、降参しようが気絶しようが攻撃を止めないことから付いたあだ名が、オーバーキルである。
最強の称号をほしいままにしていた彼だったが、ある日突然、奇妙な言葉を残して行方不明になったと言う。
未知の世界でも、俺は最強となるだろう。
そうか、あれはこっちの世界へ旅立つと言う意味だったのか。
こりゃ参ったな。
そんな奴がだよ、レアリティの力まで得たわけだろ?
やっべぇ。
「で、そのマキシマム様はどこにいるかわかりますか?」
「そりゃあんた、エリィ様と婚約なさったんですから、領主様のお屋敷にいるでしょうよ」
「そうですか、ありがとうございました」
男に礼を言って別れ、俺は思案に暮れた。
急展開過ぎて、考えが上手くまとまらない。
どうしたもんかねぇ。
取り敢えず詳しい情報が欲しいところなんだが、ヤヨイとシャニィの行方も知れないしなぁ。
「アキト、これからどうするの?」
「どうしよう、フラン」
「ええっ? アキトに意見を求められるなんて……えっへん! いいでしょう! この私に任せて!」
「お願いしますフラン大明神。何卒、いい案を」
「うんうん! まずはね、領主の屋敷に乗り込むの!」
「いきなりかよ! フランらしい考え無しだな! それで?」
「マキマキムとかって人をとっちめる!」
「マキシマムな。速攻で殴りかかるとは鬼だな。そして?」
「エリィを助けてめでたしめでたし!」
「雑っ! 却下!」
「なんでよー!?」
うむ、フランに聞いた俺が間違っているのは重々承知だ。
だが、藁にもすがりたい俺の気持ちもわかって欲しい。
いや待て、今何かピンときたぞ。
「そうか、悪くないかも」
「でしょう? アキトならムキムキムって人も簡単にやっつけられるもんね!」
「そこじゃねぇよ。後、マキシマムな。悪くないと思ったのは、屋敷へ行くってところだ」
「うん? どゆこと?」
「領主さんの屋敷ってことは、憶測だけどメイドさんたちもいるってことだろ?」
「あっ!」
「彼女たちなら俺の顔も見知っているだろうし、詳しい話も聞けるかもしれんぞ」
「さっすがアキト! 頭いいー!」
そうと決まれば、ここからは隠密行動だな。
門のところにいた男のように、マキシマムの手下が街中にいると思った方が良いだろう。
しかし、まさかこの俺が、凱旋どころかコソ泥みたいにコソコソせにゃならんとは。
とにかく、まずは馬車を隠そう。
何せこいつは目立つからな。
郊外の廃墟が多いところまで行くか。
あそこなら人気も無かろう。
そんなわけで身軽になった俺とフランは、屋敷へ向けて移動を開始した。
問題は街の中心部をいかに抜けるかだな。
領主の屋敷周辺は、中心街と言う事もあり復興が優先して進められているようだった。
俺たちは、街の東側から攻めることにした。
何故東側かと言えば、一縷の望みを託してクレアの家へ寄ってみたからだ。
案の定、そこはもぬけの殻だったわけだが。
気落ちしてても仕方がない。
こうなりゃもう、覚悟を決めて屋敷へ向かうしか無かろうってもんよ。
俺たちは、薄暗くなってきた路地を素早く移動していた。
そう、夕闇が間近に迫っていたのだ。
これなら見つからずに行けそうだ。
人気のない裏路地を伝って屋敷を目指す。
その正門には当然見張りが居た。
だが、裏口に配置された人間はいないようである。
ここまで来れば、後はイチかバチかだな。
頼む、メイドさんが出てくれよ。
祈り、念じながら、勝手口のドアを何度かノックした。
「はい……?」
くぐもった声と同時に、小さくドアが開かれた。
そこに立っていた人物を見て、俺とフランは驚愕することになるのであった。




