第九十四話 ようやく会えたよ女将さん
不死王が夢枕に立った翌朝。
寝覚めは最悪、と思いきや。
おっぱい効果だろうか、スカッと爽やかに起きることが出来た。
ありがとうフラン。
毎日添い寝しておくれ。
「やぁ、諸君! いい朝だよ! 今日も張り切っていこう!」
などと、無駄に好青年を装ってみる程に気分が良い。
だが、眠たげなフランとルリアは、こちらを見向きもしねぇ。
それどころか、朝っぱらから何騒いでんだ、このクズが。ペッ。
と言いたげな目だ。
うわーい!
付け焼刃は事故の元って、こういう事を言うんだね!
もしゃもしゃした髪を櫛でとかしながら、お茶の用意をするフラン。
そのフランに結ってもらった三つ編みを、嬉しそうに見せびらかすルリア。
なんだか、温かな家庭の朝餉みたいだ。
飯炊きが俺でなければな!
食材を焼きながら、二人の様子を見守る俺。
上等そうなハムっぽい加工肉が、フライパンの上でパチパチと踊っている。
これはアンジェラ船長が用意してくれた食材だが、全てが一級品すぎてある意味扱いに困る。
彼女の俺に対する敬意は、もはや信仰レベルに達しているのかもしれない。
時々それが無性に怖くなる。
俺は教祖などになれそうもないな。
「アキトー、お茶淹れたよー」
「おーう、こっちも出来たぞー」
「わーい! ごはんー!」
ちと、焦げてしまったハムを、パンに挟んでいただくことにする。
塩気が少し足りなさそうなので、ルカ特性調味料をちょっとだけ塗ってみた。
「んまぁぁぁい!」
ルリアは目をキラキラと輝かせてパンにかぶりついていた。
余程美味かったのだろう。
作った側としても満足だ。
「さて、腹ごなしも出来たことだし、そろそろ出ようか。おっと、ちゃんと小便はしておけよ」
「その話はやめて!」
両耳を塞いでしゃがみ込むフラン。
昨日の出来事を思い出したのだろう。
ついでに俺も、フランの白いお尻を思い出す。
あれはエロかった。
「何を思い出してんの! 変態!!」
フランの罵声を有難く頂戴しながら、出発の準備を整える。
こいつにまで考えを読まれるようになるとは、俺はもうダメかもしれない。
軽快な足取りで走り出す馬車。
広い街道をガタゴトと進んで行く。
アンジェラの読みでは、今日の昼頃。
第二の街を越えたあたりで、先遣隊に追いつくって話だったな。
完璧に風を読み、船員たちに的確な指示を出し操船するアンジェラ船長の言う事だ。
間違いなかろう。
果たして、数時間後にその通りとなったわけだが、状況は思っていたよりも差し迫っていた。
「アキト! 砂煙が見える! 怪物たちも!」
目の良いフランでなければ、発見が遅れただろう。
俺はビシッと馬に鞭を入れ、全速力で向かった。
「先遣隊が襲われているのか!?」
「たぶん、そうだと思うけど……砂煙で……」
隣で目を凝らすフランに、周囲の物見は任せておこう。
どうせ、俺の目では砂煙すらぼんやりとしか見えない。
「ルリア! 馬車から出るなよ!」
「うん!」
良い子だ。
しかし、襲われているのが先遣隊だとするとまずいな。
ルリアのお母さんも含まれてるわけだし。
俺たちが行くまで無事でいてくれよ。
「急いでアキト! タイライサーの群れに囲まれてるみたい!」
「タイライサー……? ああ、あの虎みたいなライオンみたいな豹みたいなやつか。あれってタクミも狩ってたけど、二の街周辺に多いのかねぇ?」
「のんきすぎない!?」
「まぁ、そう慌てるなって」
「なんでそんなに余裕なのよー!」
うむ、だいぶ近付いたな。
俺の目でも馬車群と、それを取り囲む靄に覆われた獣たちが見えて来たぞ。
そろそろ届くかな。
「フラン、ここから怪物たちのいる場所の更に前方へ、炎の壁を張れるか?」
「へっ? うん、出来ると思うけど」
「じゃあ、頼むよ」
「はぁーい!」
特に何も意見ぜず、即実行に移してくれるのは、フランの長所と言ってもいいだろう。
ちゃんと俺を信じてくれているって証拠でもあるよな。
愛してるぜ、ベイベ。
ゴオオオ
オーケイ、俺のイメージ通りに張ってくれたようだな。
驚いたタイライサーたちが、馬車群を離れ、こちらへ向かってくる。
「ね、ねぇ、アキトさん……怪物たち、こっちへ来るけど、これも計算の内よね? ね!?」
ガクンガクンと俺の肩を揺さぶるフラン。
もう、涙目になってる。
俺は無言で馬車を止めた。
「ねぇ! なんで止めちゃうの! なんでぇ!?」
「フランがこれから大活躍するからだよ」
「えっ!? そ、そうなの?」
「ほら、あいつら塊になったぞ。さぁ、フランさんの力をやつらに見せておあげなさい」
「よ、よぉーし! いっくわよー!」
即座にキリッとした顔で、詠唱を開始するフラン。
うむ、ノリの良い子で助かるよ。
ズズン
群れの中心で炸裂する火球。
大半が木っ端微塵だ。
さて、後はいつも通りに残党を俺が斬るだけだ。
この戦術パターンもかなり熟練度が上がってきたよな。
馬車を降り、抜刀して全力疾走。
「ほいっ」
駆け抜け様に横へ一薙ぎ。
でかい四足獣を上下に両断。
「はいよっと」
飛びかかってきたのを縦に真っ二つ。
躱して斬る。
躱して斬る。
斬り刻む。
無心、無心。
「あれ? 終わってた」
気付いた時には、動く者を残らず斬っていたようだ。
無意識って怖いね!
おっと、自分の強さに浸っている場合じゃない。
先遣隊は無事だろうか。
俺は格好良く馬車に飛び乗るつもりだったが、一瞬早くフランが馬に鞭を入れた。
目標到達地点の御者台が遠ざかって行く。
べっしーん
馬車の壁面と俺の熱烈なキッス!
「ごめんアキト! 大丈夫!?」
「いてぇです! でも、いいからこのまま行ってくれ」
「う、うん!」
俺はヤモリのように壁面から御者台へ、ぬるりと移動した。
我ながらキモい動きだ。
そんな俺をフランが慰めてくれる。
「さすが私のアキト、かっこよかったよ!」
「ダサい俺に気を使ってくれるのか……優しいなフランは」
「えぇー? 本音なんですけどぉ……」
フランに代わって手綱を握り、一気に馬車を加速させる。
先遣隊が居たあたりの砂煙はだいぶ収まっていた。
おお、見える見える。
馬車が何台もいるぞ。
倒れている人も何人かいるようだが……
ざわざわと人が集まっているところへ声をかける。
「おーい、大丈夫ですかー?」
「あ、あんたらが助けてくれたのか?」
立派なヒゲのおっちゃんが俺たちを指さす。
「はい。そうですよっと」
答えながら馬車を降りた。
念のため、ルリアは待機させておく。
深い意味は無い。
ただ、念のためだ。
「いやぁ! 助かったよ! 兄ちゃんたち強いなぁ!」
「ほんとほんと! まるで勇者様みたいだったよ!」
「お嬢さんもお美しい!」
「ねぇねぇ! 彼、格好良くない? 好みー!」
「ありがとうありがとう!」
かなりの人数がいたようで、口々に感謝をされる。
なかなか面映ゆいな。
「あの、先遣隊の皆さんですよね? この中で指揮を執ってらっしゃる方は?」
「ああ、私ですよ」
先程の立派なヒゲのおっちゃんであった。
他の人たちの相手はフランに任せ、おっちゃんだけを俺たちの馬車まで連れて行く。
「お聞きしたいんですが、西の小さな街で、宿屋の女将をやっていた人をご存じありませんか? 先遣隊の中にいると聞いてきたのですが」
「ああ、ロゼッタさんのことですな」
あの女将さん、そんな名前だったんだ。
そういや聞いたことなかったな。
「その女将さんの娘さんを連れて来ているんですよ」
「なんですと!? そいつぁ、ロゼッタさんも喜びますな! 常々心配そうにしておられました」
「ルリア、出ておいで。お母さんが見つかったよ」
「本当!?」
バンと馬車から飛び出してくるルリア。
おっちゃんに事情にを話しながら、女将さんのいる場所へと案内してもらった。
「あら、あんた! 怪我してるじゃないの! 早くこっちへ来て消毒しなさい! ああ、その樽はこっちへ置いておいてね。うん、その布は止血にも使うから、なるべく綺麗なのを用意しておくれ。ちょっとちょっと、あんたはこっちで私を手伝って。炊き出しもしなくちゃならないからね。コラッ、つまみ食いをするんじゃないよ。大事な食糧なんだからね」
一目でわかる。
一息にこれだけ喋る人を、俺は他に知らない。
いやー、元気そうでよかった。
「お母さん!!」
「!?」
「お母さーん! うわーん!!」
「ルリアかい!? どうしてここに!? ああ! 神様! ありがとうございます! こんな奇跡あるんだねぇ! 良かったよ無事で!」
おっと、感動の御対面だ。
良かった良かった。
泣いて抱き合う二人を見ていると、俺まで涙がこみ上げちまうな。
俺はそっと、案内してくれたおっちゃんに礼を言って、その場を離れた。
もう俺の出番は無かろう。
「アキトー、助けてぇー……」
おばちゃんたちから、もみくちゃにされているフラン。
おや、モテモテじゃないか。
む、中には男もいるな。
けしからん。
「はい、どいたどいた」
「なんだテメェは!」
「俺のフランちゃんに何をする気だ!」
割って入ると怒号が巻き起こる。
モテすぎだよフラン。
「この人たち、しつこいのー」
「あいよ、一人にして悪かったなフラン」
「ううん、平気。えへへ」
フランに近付く野郎どもを張り倒しながら、イチャコラを見せつける。
ザワッと気炎を上げる、むさい男たち。
お? やる気か?
いいよ、来いよ。
「これこれ、お前たち、やめておくが良い。お前たちじゃ束になっても敵わんよ。この御方は、勇者アキト様だぞ」
ざわつきが絶叫と嬌声と歓声に変わって行く様は、なかなかに見ごたえがあった。
ふっふっふ、こりゃ気分が良い。
まるで水戸黄門の印籠だ。
おっちゃんが説明している間に、俺たちは馬車へ乗り込む。
演説だの求められちゃ堪ったもんじゃないからな。
面倒事は回避するに限る。
それに、何も言わずに去る方が格好良いだろ?
「フラン、準備はいいか?」
「うん、いつでもドンと来い、よ」
ほんじゃ、出発。
まだ大騒ぎしている人々の横を、馬車がすり抜けていく。
聞き覚えのある声が、その中に混じっていた。
「お兄ちゃーん! お姉ちゃーん! ありがとー! お母さんに会えたよー!」
勿論、ルリアの声だ。
「良かったなルリア! これからはお母さんと支えあって暮らすんだぞー!」
「ルリアー! また会おうねー! 良かったぁー……グズッ……ほんどによがっだぁ……」
「うん! きっとまた会おうねー!!」
ルリアの横では、女将さんが無言で深々と頭を下げていた。
あの良くしゃべる女将さんも、万感の思いなのだろう。
それだけで俺たちにも、その感謝の心が伝わってくる。
俺は、嬉しさと寂しさでわんわん泣いているフランを慰めながら、三の街への旅を再開したのであった。




