第九十三話 何のヒントも無い悪夢
ルリアの母は、第三の街を復興するために向かった先遣隊の中にいる。
今や始まりの街の領主代理となった、アンジェラ船長から得た情報であった。
俺たちは彼女に用立てて貰った馬車で、その先遣隊の後を追っているわけだ。
しかし、最近移動ばっかりしていないか?
元々根無し草の俺たちだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
でも、そんな状況を楽しんでいる自分もいるわけですよ。
災厄による滅びが迫っているのもわかっているし、日常を取り戻すと言う俺の決意も忘れているわけじゃない。
なればこそ、だ。
この先、どれほどの困難が待ち受けているのか、そんなことは知ったこっちゃない。
こんな訳の解らん世界に来てるんだぞ?
そして目の前には未知の広大な大地。
冒険も旅もしないでどうする。
どうせ、いずれは死ぬんだ。
だったら精一杯、面白可笑しく生きてやろうじゃねぇか。
間近に迫った冬を感じさせるような冷たい風を、全身に浴びながらそんなことを考えていた。
「なぁにアキト、珍しく真面目な顔をしてるじゃない? はい、これお茶」
「ん? ああ、ありがとう」
お茶のカップを手渡しながら、御者台に座る俺の横へ腰を下ろすフラン。
珍しく、とは失敬な話だがな。
「難しいことでも考えてたの?」
「いんや、フランは可愛いなーってな」
「えー? なんか嘘っぽいー」
む、引っかからないとは。
チョロインの汚名返上か?
誤魔化すようにお茶を一口飲む。
冷えてしまっていたが、美味さはちっとも減っていない。
どんな技を駆使したらこんなに美味くなると言うのか。
永遠の謎かもしれないな。
「街道沿いは平和だね」
フランが、足をブラブラさせながらのんびりとした口調で言った。
スラリとした白い脚が、俺の目に毒だ。
「ルリアはどうしてる?」
「眠っちゃったから毛布をかけておいたよ」
「そうか」
「うん」
フランの鮮やかな金髪が風に吹かれている。
綺麗な横顔だな、なんて不覚にも思ってしまった。
改めて思えば、こんなに可愛い子が俺を好きだと言ってくれるなんて、どこの誰が仕組んだドッキリなのかと邪推しちまうな。
そのうち、全部嘘でしたー! とかってどんでん返しがあるんじゃないかと、内心ヒヤヒヤもんだぞ。
頼む、夢なら覚めないで!
「どうしたのアキト!? 顔がすっごいことになってるよ!」
「え?」
「泣いてるような、怒ったような、笑ってるような……アッハハハハ、その顔やめてー! ヒー! お腹痛い!」
いったいどんな顔をしてるんだ俺は。
鏡も無いから確認すら出来ねぇ。
ま、いいか。
フランが笑ってくれるのならば、それだけでいいさ。
「あー、面白かった。アキト、時々その顔になってね、笑えるから」
「なるかっ」
前言撤回、そのうち泣かす。
ゴットンゴットン進む馬車。
かなり軽量化してあるらしく、馬たちも軽快だ。
「突然すみません、アキトさん」
「なんですか、フランさん」
「あの、ですね、ちょっと馬車を止めていただけないでしょうか」
「なんだ、まぁた放尿かよ。ガブガブお茶ばっかり飲んでるからだぞ」
「放尿って言わないでよ! 変態!」
「一人で出来るか? 付いて行ってやろうか?」
「変態! ド変態! いらないから!」
馬車を止めると、慌てて繁みへ走って行くフラン。
余程溜まっていたのだろう。
そうだ、ルリアにも聞いておいた方が良いかな。
どうせならトイレ休憩にしよう。
「ルリア、ルリア」
「……なぁに、お兄ちゃん……?」
「今、休憩中なんだけど、おしっこは大丈夫か?」
「うん、行くー……」
寝ぼけ眼のルリアを馬車から抱き下ろし、フランの向かったあたりへ歩く。
「ちょっと待ってよ! なんでこっちへくるのー!?」
「いや、なに、ルリアもしたいって言うからさ」
しゃがんでいるフランの慌てようがすごい。
ま、さっき俺の顔を見て笑ったお返しだ。
「ぎゃー! 本気でやめて! アキト様!」
「ほら、ルリア、お姉ちゃんの隣でしなさい」
「ほぁーい」
欠伸交じりにしゃがむルリア。
流石にこれ以上は変態になっちまう。
馬車まで戻ろう。
「バカ! バカバカ! アキトのバカ! うわーん! もうお嫁に行けないよー!」
戻って来たフランの罵詈雑言が俺を苛む。
お、ちゃんとルリアも連れて来てくれたか。
もぞもぞと再び毛布にくるまるルリア。
さっきの報復もフランを泣かせることで完遂できたことだし、俺は満足だ。
さぁて、出発しよう。
「えーん、えーん……バカー、バカー」
「見てないから安心しろ。それに、お前が嫁に行くのはどこだ?」
「……アキトのとこー……」
「だろ? いくらでも行けるじゃないか」
俺の隣に座るフランの頭を撫でて慰めてやる。
すまんな、本当は白いお尻を見てしまったんだ。
口には出せないが、最高だったぞ。
「行ってもいいの……?」
「勿論さ、世界一フランを愛してるからな」
「……なんか、すっごくわざとらしくない……?」
チィッ、見破れるようになってきたか。
成長したな!
とかなんとか、大騒ぎしながらの旅も数日を越えた夜。
俺は見たくもない夢を見ちまった。
むにゃむにゃ、フラン……そんなところを舐めちゃいかん、いかんよ君ぃ。
おうっ、おうっ、そこは敏感なんだ、もっと優しく……
お返しに俺も色々舐めちゃうぞー……
「いったいどんな夢を見ておるのだ汝は。アキト、覚醒せよ。私は今、汝の夢へ語り掛けておる」
ああん、フラン、もっとぉー、あっあっ、しゅごいー。
「こやつ、寝ていても変態であるな」
「「初代様、いっそ殴っちゃうのはどうですか?」」
「カノン、シノン、それは最終手段として取っておこうぞ。こやつには煮え湯をたらふく飲まされたからな、じわじわといたぶってやろう」
「「わぁ! 初代様鬼畜!」」
「こういう時は卑劣と言うのだ」
「「初代様卑劣漢!」」
なんだよ、うるせぇなぁ。
どこのバカだ、こんな夜中に……むにゃ、フランー、こんなに愛してるんだから、なぁ、ちょっとだけ、ちょっとだけいいだろ?
「やめぬか馬鹿者! 夢の中とは言え、フラン嬢を汚すでないわ!」
ぐあああああ! 鼓膜があああああ!
だ、誰だよ!?
「もう我慢が出来ぬ! 貴様と言う輩はどこまで変態なのだ!」
ぎゃあああああ!
耳が! 耳がもげちゃうううう!!
って、おい! 不死王じゃねぇか!
今までどこに行ってやがったんだこの野郎!
しかも、なんだよあの聖鎧!
ポンコツじゃねぇかコラ!!
「ぐ、汝は夢の中だと、とんでもなく不遜であるな。まぁ、良い。今は許す」
え? 夢?
これが?
「然り。今は色々あってな、水鏡での通話は失敗したこともあって、汝の夢に思念を飛ばすことにしたのだ」
水鏡ってなんだ?
「彼方の回廊近くの池だ。顕現しようと思っていたのだが、邪魔が入ってな」
あれは、アンタか!
道理で思わせぶりな割には、何の意味も無いわけだよな。
「し、失敬な。邪魔さえ入らねば格好良く水面に現れていたのだ。フラン嬢に見せるためにな」
あの時は俺一人だったけど?
てか、何でアンタはそんなにフランが好きなんだよ。
「ぐおっ! 痛いところを突きおる……よ、良いではないか別に……」
「「初代様! ダメです! 逃げましょう!」」
「むっ!? 来おったか!」
なんだなんだ?
何事だ?
あれ? 双子もいたのか、久しぶりー。
「アキト、時が失われた。これから用件だけ言う故、しかと聞くように」
あ、はい。
「三の街の北へ…………そこ…………聖鎧の…………ずわびゃっ!」
「「初代様ー!!」」
なにがどうなった?
おーい!
不死王ー!
初代聖騎士王レオンー!
全然聞こえなかったぞこの野郎!!
毎度毎度なんなんだテメェはよぉー!!
…………ところで、最後のは断末魔じゃないよね?
「アキト、アキト! 起きて!」
「ハッ!?」
不安そうなフランの顔がすぐ近くにあった。
辺りはまだ真っ暗だ。
焚火の火も消えてしまっている。
「良かったー! どうしたの? すっごくうなされてたよ」
「ああ、なんかすげぇムカつく夢を見てた」
「怖い夢だったの?」
「まぁ、ある意味な」
「じゃあ、一緒に寝る?」
「寝ます寝ます!」
いそいそと、ひとつの毛布に入る俺とフラン。
フランのそこそこある胸のあたりに顔を埋める。
「あらあら、アキトちゃんは甘えん坊さんねぇ」
うひょー、最高!
不死王グッジョブ!
フランの匂いと柔らかさで快眠できそうだ。
「くかー、くかー」
速攻で寝落ちしたのはフランだった。
気持ち良さそうに、いびきをかいている。
の〇太くんも真っ青の早業じゃねぇか!
なんちゅう特技だ。
俺もとっとと寝よう。
アンジェラ船長の読み通りならば、そろそろ先遣隊に追いつくはずだしな。
それにしても、不死王め。
最後に何を言いかけていたんだろうか。
そして彼らに何が起こったと言うのか。
最初の方は、すっげぇ良い夢を見ていた気がしたんだがなぁ。
取り留めのない思考に陥ると同時に、睡魔が迎えにやってきた。
ルリア、もうすぐお母さんに合わせてやるからな……むにゃむにゃ。




