第九十一話 幼女の母を探しましょう
「せいっ!」
気合の声を上げながら、真っ黒な靄に包まれた怪物の胴を両断する。
背丈からして、コボルトやオークだと思う。
「はぁっ!」
更に右の二体を斬り捨てた。
騎馬したままの闘いも、今や宰相となった聖騎士ラスターとの特訓で会得している。
「わぁー! お兄ちゃんかっこいいー!!」
「こ、こらぁ! 暴れちゃダメよルリア!」
俺の馬と並走するは、フランとルリアの乗る葦毛。
フランは群がる怪物をポコポコと杖で殴りつけながら、必死にルリアを庇っている。
言わんこっちゃない。
ルリアを俺の馬に乗せていれば、フランも少しは闘いやすかったはずだ。
俺がルリアにイタズラするかもしれないと思ってるようだが、俺はそんなこと……し、しないと思うよ?
「フラン! 詠唱は出来そうか!?」
「わ、わかんないー! やってみるねー!」
「頼む!」
小さな街を出発した俺たちは、ルリアの母親を探すために、始まりの街へ向かっていた。
大平原に入り、二日ほど進んだところで、この怪物の集団と出くわしたわけだ。
どいつも災厄の靄に憑りつかれている。
「アキト! どこへ撃ち込むの!?」
「後方へ! ハッ!」
短く返答しつつ、怪物を斬り払う。
何としても、フランたちだけは逃がさねば。
ドォォン
中規模の火球が、俺たちの馬に食らいついていた怪物の中で炸裂した。
近いもんだから、爆風と熱風をまともに食らったけどな。
アチチチ。
「良くやったぞフラン! 後は俺が殿につくから、前を走ってくれ!」
「りょうかーい!」
「お姉ちゃんもすごいねぇー!」
はしゃぐルリアと、こちらへ親指を立てて見せるフランを乗せた馬が、俺の眼前を過ぎて行く。
残った怪物は、もはや少数だ。
それも、馬の脚には流石についてこれず、息も絶え絶えに立ち止まっている姿が見えた。
俺は手近の数匹を屠り、後は放置する。
出て来なければ、やられなかったのに。
と言うフレーズを思い出した。
全くだ。
ま、邪魔する者は容赦しないけどな。
俺は振り返り、一匹も付いてきていないことを確認する。
こんなものだろう。
フッ、虚しい闘いだったぜ。
「アキト! 上!」
「!?」
フランの声で、咄嗟に馬を右へ向けた。
寸前までいた場所を、炎のブレスが通過して行く。
危ねぇな、コラ!
上を見ると、羽の生えた大型の怪物が飛んでいた。
良くわからんが、姿形はドラゴンっぽい、だけどサイズが小さいな。
レッサードラゴンか?
そいつは、滞空したまま俺たちと同じくらいの速度で飛んでいた。
大きく息を吸い込むブレスの前兆。
どうやら第二波を準備しているようだ。
待ってなどやらんぞ。
俺は鞍の上に立ち、馬が潰れない程度の力で跳びあがる。
怪物の顔らしき部分まで飛び、不敵な顔でニッと笑ってやった。
「おりゃあ!」
─────気合一閃。
頭から尻尾までを一刀両断。
半分に別れて落ちて行く怪物を見ながら、華麗に馬の上へ着地する。
「「すっごーーーい!!」」
フランとルリアが、同時に感嘆の声を上げる。
フハハ、このくらいなんてことないよ、君たちぃ。
俺は最高に決めた顔で、黒剣を鞘に納めた。
キャイキャイと、美少女二人の黄色い声を受け止める。
最高の気分だ。
しかし、この数日間で怪物に襲撃された回数は五回。
戦闘にならず、回避できた分を入れると八回にのぼる。
苛烈になってきた原因は、災厄の勢力が増していると言うことなのだろうか。
はっきり言うが、良くわからん。
わからんものをあれこれ悩むのは好かんのだ。
どうにかなるさってのが俺の信条だしね。
二頭の愛馬たちは、さして疲れも見せずに疾駆している。
もう少し進んだら、今日は夜営だな。
そんな風にして、さらに何日か経った。
大平原を抜け、三の街に寄ることなく、始まりの街への直通ルートを目指す。
街道からは離れてしまうが、こちらの方が近道らしい。
フランの言葉を信じ、ひた走ること数日間。
チンピラ勇者タクミが言っていた通り、二の街も壊滅していた。
横目に通り過ぎ、ここからは街道に戻る。
うむ、確かに近道だった。
怪物にさえ出くわさなければな!
ここまでの道程で、怪物との遭遇回数は二十を超えていた。
一度だけ、一晩に三回も夜襲を受けた時は、本気で頭に来たな。
可愛い女の子とムフフなことをする夢を見ていてさ、その子のおっぱいをモミモミしてたんだ。
目覚めたらそれはオーク(♂)の乳だった、って言う…………あああああ!
こんなのトラウマになるわ!
怒りに任せ、怪物を全滅させることで報復してやったぞ。
修羅の如くキレた俺に、フランとルリアはドン引きしていたけどな。
そんな困難を幾度も乗り越えながら、ようやく始まりの街が見えて来たわけだ。
あー、もう、ほんと、全てはここから始まったって感じがするほど懐かしい。
街道に入ってからは、怪物の姿もほとんど見なくなった。
だが、街へ近づくにつれて、冒険者風の連中がチラホラと目に付く。
どうやら、少人数で編成された複数のパーティーが、街の周辺に現れる怪物を退治しているようであった。
自警団的な組織でも発足したのかもしれない。
なんにせよ、これならば怪物が街に近付く確率も大幅に減るだろうと思われた。
近くを通り過ぎる俺たちに、手を振ってくる冒険者たち。
フランとルリアが笑顔で手を振り返す度に、野太い歓声が巻き起こる。
アイドルかっ。
負けじと俺も手を振ると、女性冒険者からキャーキャー声が聞こえて来た。
おっ、俺もなかなかいけるじゃないか。
「あの人、見たことある! ちょっと前、街の入口で小さい女の子にイタズラしてたわよ!」
「キャー! 変態!!」
そっちかよ!
しかもそれ、だいぶ前の話だよ!
てか、そんなのまだ覚えてんの!?
意気消沈した俺は、トボトボと街へ入るのであった。
今に見てろよ。
「「「うーわー…………」」」
俺たち三人は、門の前で硬直してしまった。
街の南北を貫く大通りは、物凄い数の有象無象で埋め尽くされている。
馬上で見ているもんだから、まるで蠢く蟻の大集団に思えた。
「これ、みんな難民?」
「大部分はそうだろうな……」
だが、不思議な事に、皆が忙しそうにしていた。
飲んだくれたり、喧嘩をおっ始める輩は誰一人いない。
人の流れは南門へと続いているようだ。
俺はその辺の兄ちゃんを捕まえて聞いてみた。
「あん? アンタ、知らねぇのかい。南門の外に、難民用の新市街地を作っているんだよ。みんなそこで働いてるのさ」
なるほど。
俺は兄ちゃんに礼を言った。
北門から入った俺たちには、わかるはずもないことだったがな。
「なぁ、フラン。俺は知らないんだけど、この街の領主って、すごい人なのか?」
「うーん、そんな話、聞いたこともないけどね……」
だよなぁ。
こんなに計画的で、これほどの難民が流入しても治安の維持が出来るほどの大人物なら、俺の耳に入ってもおかしくないと思う。
おっと、ルリアがソワソワした目で俺と人込みを見ているぞ。
「よし、じゃあ、情報の多そうな場所からあたってみるか」
「うん!」
元気よく返事するルリア。
なんとしても女将さんを見つけ出してやるからな。
まずは観光案内所に行ってみるか。
下馬してしまうと前すら見えなくなりそうだし、このまま行こう。
すみませーん、通してくださーいと声をかけながら進んで行く。
馬から降りなかったのは、馬上の方がルリアの姿も目立つからだ。
晒し者みたいでちょっと可哀想だが、見つけてもらえる確率は上がると思う。
だが、俺の期待も虚しく、観光案内所まで割とスムーズに辿り着いてしまった。
こうなったら、これだ!
俺はルリアを肩車して、案内所へ入った。
受付嬢の前まで人波を掻き分けながら進む。
相変わらず、おっぱいのデカい姉ちゃんが迎えてくれた。
俺は遠慮なく、その谷間を眺めながら尋ねる。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「はい、なんでしょうか」
「西の小さな街から避難して来ている人たちを知らないかな?」
「そりゃもう、沢山いますよ」
「ですよねー。その街の宿屋の女将さんなんだけどさ、この子の母親なんだ」
俺はルリアの手を取ってピラピラと振る。
なんでかフランも手を振っていた。
何のアピールだよ。
「あっ、私知ってます!」
隣の受付嬢が手をあげた。
あらら、こっちの子はびっくりするぐらい胸が薄い。
大丈夫、俺は貧乳も好きだよ。
「本当!?」
たまらずルリアが叫ぶ。
ごめんよ、ルリア。
乳に目が行ってた。
「すごい勢いでお喋りする女性ですよね?」
「それそれ! 間違いない、その人だ」
一気に気勢の上がる俺たち。
って、あっさり見つかりすぎじゃね?
まぁ、あの女将さんは誰彼構わずしゃべりまくるからな……
これ以上ないくらい目立つだろう。
「お母さんはどこにいるの!?」
「え、えーと、ごめんなさい、まだこの街にいるのかもわかりません……」
「えぇぇぇぇー……」
しょぼんとしてしまうルリア。
「他に何か、女将さんについて知っていることは無いかな?」
「……そうですねぇ、色々お話されてはいたんですが、後半あんまり聞いていなくて……」
困り顔の貧乳嬢。
超わかるわ。
長すぎて段々右から左へ聞き流しちゃうんだよな。
「難民の管理は、領主様の館が対策本部になっていますから、そちらの方が詳しいことを聞けるかもしれませんよ」
巨乳の受付嬢が、ぶるんぶるんと無駄に胸を揺らしながら助言してくれた。
これはもう、乳の暴力だ。
ま、他に手掛かりも無さそうだし、行ってみるか。
「そうか、ありがとう。助かったよ」
受付嬢たちに礼を言い、外へ出る。
そして、シュンとしたままのルリアを馬に乗せてやった。
無理も無い。
希望が見えた瞬間に潰えたんだからな。
俺はかける言葉も見つからないまま、領主の館へ向かって馬を歩かせた。
館は確か、街の東側だったな。
気分とは裏腹に、パカポコと石畳を響かせる馬の軽い足音。
それでも、この先に良い情報があると信じて進むしかないのであった。




