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第八十九話 廃墟の街にて幼女を拾う


 彼方の回廊の入口である、教会の跡地から出立した俺とフラン。

 唯一の手掛かり、いや足掛かりか?

 とにかく、盗人が残したと思われる蹄鉄の跡を追っているわけだ。


 借り物な上に、今や貴重な労働力でもある馬を盗まれたとあっては、流石の俺も黙っちゃいられない。

 勇者としての沽券に関わる。

 ごめんなさい馬を盗まれましたでは通らないのだよ、この世知辛い世の中は。


 俺はその足跡を見失わないよう、慎重に歩みを進めていた。

 それはいいとして。

 ただ、解せぬことがひとつだけある。


 愛しのフラン様のことなんですけどね。

 彼女を馬の前側に座らせているんだが、向きがおかしいのだ。

 つまり、後ろに座る俺と向かい合っているわけで。

 自然と俺に抱き着く格好なわけですよ。

 何が嬉しいのか、ニッコニコしているフラン様。


 バカなの?

 と、思わないでもなかったが、そんなに嬉しそうな顔をされてしまうと、何も言えなくなるではないか。

 くそう、これが惚れた弱みってヤツかっ。


 仲直りしてからというもの、ベタベタ度が一気に鰻登りだ。

 ここで突き放すほど俺は無粋ではない。

 存分に女体の感触を楽しむだけのことよ。

 時々、何かを確認するようにキスをしてきて、視界の邪魔をするのだけはやめて欲しいけどな。


 のろけ旅もなかなか順調だ。

 まだ、馬泥棒の残して行った足跡もくっきりしている。

 このペースで進めば、もしかしたら追いつけるかもしれない。

 なーんて思ってると、大体はろくでもない目に合うんだよな。


 ゴロゴロゴロ……


 ほらな!

 もう来たよ!

 早くね!?


 天候が急速に悪化しているのだ。

 雷雲が立ち込め、腹の底まで響く音を立てはじめていた。

 どうしようか、などと思案する隙も与えてもらえずに、ポツリと雨粒が顔に当たる。


「アキト、雨だよ」


 言わんでもわかる事をフランが説明してくれた。

 ありがとよ。

 俺は手綱を片手でにぎったまま、マントを外してフランの頭から被せた。

 多少はマシになるだろう。

 段々、雨脚が強まって来たしな。


「やん、これじゃアキトの顔が見えないー」

「濡れるよりマシだろ?」

「二人でなら雨でも雪でもへっちゃらだもん」

「おっまえ、いちいち可愛いことを言ってくれるねぇ」

「えへへー」


 なんて、メロメロになっている場合じゃない。

 雷鳴も轟く程となり、雨もゲリラ豪雨並みになってきやがった。

 くっそ、こんな場所じゃ避難先もないぞ。

 下手に木立の中へ入って落雷でもされたら、たまったもんじゃない。

 俺は死なないかもしれんが、フランがアフロになっちまう。

 つい、モジャモジャ頭のフランを想像してしまった。

 壊滅的に似合わないのが笑える。


 ギュッときつくしがみついているフラン。

 やっぱり女の子だな。

 きっと雷が怖いのだろう。


「怖いのか?」

「全然。アキトと一緒なら平気」


 健気な事を言っているが、唇も顔色も真っ青だからな?

 冬になろうかって言う時期に、この冷たい雨は俺ですら厳しい。

 

「うげぇぇ」


 今更ながら気付いてしまった俺の口から、思わず間抜けな声がダダ漏れる。

 こいつぁ、想定外。


「ど、どうしたのアキト? 怪物でも出た?」

「うんにゃ、俺としたことがやらかした。雨で足跡が消えちまってる」

「えぇぇー」


 この土砂降りでは過失と言う他ないのだが、どうしても意気消沈してしまうな。

 もっと冷静ならば、なにか方法を思いついたかもしれない。

 バカップルしている場合ではなかったのだ。


「しょうがねぇ、泥棒の捜索は諦めて避難しようか」

「うん、そうね。でもどこへ?」

「…………き、今日はいい天気だね」

「大雨ですけど」

「……ほら、小鳥もさえずっているよ」

「雷の音ですけど」

「……」


「ごまかすアキトも可愛いー!」

「嘘つけぇぇぇ! 絶対俺をアホだと思ったろぉぉぉ」


 完全に無策でした、すみません。

 逃げ場なんて考えても無かったわ。

 その無能な俺に光を与えたのは、まさかのフランだった。


「じゃあさ、街道に出てから街に向かうってのはどうかな? ほら、あのお喋りな女将さんがいた街。来る時にチラっと見たじゃない? 結構建物も残っていたから雨くらいは凌げると思うよ」


 天才の頭を無言で撫でくり回す俺。

 完全にそんな街の存在は忘れてました、すみません。


 もはや、濡れるのも構わず全速力で馬を疾駆させる。

 方角は大体わかってる。

 ほれ見ろ、街道に出たぞ。


 しばらく走ると、無残な姿を晒している街が目に入った。

 確かに高い建物以外は、普通に残っているようではある。


「ん?」


 街の通りに、何かの影が見えたような気がする。


「フラン、お前目がいいだろ? 街の中に何か見えないか?」

「どれどれぇー」


 器用に馬の上で身体の向きを変え、額に手をかざすフラン。

 俺はマントをフランに被せ直してやる。


「んん?? あれ、お馬さんじゃない?」

「マジか!?」


 駄目だ、俺にはまだ遠くて良く見えない。

 この大雨の中でも見えるとは、相変わらず千里眼だなフランは。


 俺に出来るのは馬を急がせることだけだ。

 ハイヨー、シルバー!

 ……すまん、言ってみたかっただけだ。


「うん、間違いないよ。盗まれたお馬さんだね」

「ぐぬぬ、盗人め、そこに直れ!」

「いやいや、人影はないから」


 珍しくフランに突っ込まれた。

 夫婦漫才みたいになってきてやがる。


「え? 私とアキトが夫婦? じゃあ、早く結婚式をするしかないね!」


 あれぇ!?

 俺の脳内が読まれてる!?

 エスパーフラン!


 そして、ようやく街へと到達した。

 葦毛の駿馬は繋がれるでもなく、その辺をウロウロしていた。

 今までどこでなにやってたんだこの馬公!

 俺だけ馬を降りて近付く。


「よーしよしよしよし、どうどうどう」


 俺はムツ〇ロウさんばりに馬の首を撫でてなだめた。

 フランをなだめる時と大差ない。

 俺だと認識したのか、馬はすり寄ってくる。

 よしよし、良い子だ。


 いやー、見つかって良かった良かった。

 後はのんびり帰るだけだな。


 二頭の手綱を引いて歩き、比較的損害の少ない家を探し出した。

 ここはグッドなことに、屋根付きの馬小屋もある。

 馬を小屋に入れ、残されていた飼葉を拝借して二頭に与えた。

 水桶はこの豪雨で満タンに満たされている。


 次は俺たちの番だ。

 俺はフランの手を引いて、屋内へと入った。

 

 うむ、やはり誰もいないようだな。

 お邪魔しますよーっと。


 室内を一通り見て回ると、あることに気付いた。

 家財道具が何も残されていないのだ。

 荒らされた形跡はない。

 つまり、荷物をまとめて避難した、ということなのだろう。


 だが、有難いことに、今の俺たちに最も必要だと思われる薪が残されていた。

 まぁ、普通に薪は持って行かないよな。

 助かるわー。

 ウキウキで暖炉にくべ、マッチで火を点ける。

 待つほどもなく燃え上がる炎。


「あー、あったかーい、生き返るー」


 暖炉に手をかざしてフニャンと、とろけるフラン。

 やはり相当寒かったのだろう。

 青白くなっていた肌に、みるみる生気が戻って行く様子が何とも小気味良い。


 俺もフランも無言で炎を見つめる。

 なんだか火を見ていると落ち着くんだよなぁ。


「あれ? アキト、何か聞こえない?」

「ん? 何かってなんだ?」

「えーと、泣き声みたいな……?」


 俺はフランの唇に指を当てて黙らせ、耳をそばだてる。

 確かに、雨音に紛れて声が聞こえてくるようだ。


「フラン、ちょっと見て来るからここにいるんだぞ」

「えぇー! だめ! 私も行く!」

「寒いぞ?」

「いいの! もう絶対アキトと離れないもん!」

「しかたねぇなぁ、わかったよ。ただし、俺のマントを被ること。あれは少し防水になっているからな」

「はーい!」


 と言うわけで、雨の降りしきる中、俺たちはまたも外へと出た。

 聞こえて来る声は、どうも子供のようだ。


 フランと二人、キョロキョロと声の主を探しながら歩く。

 雨の中に出歩いている悪い子はいねがー!

 なまはげのように街を練り歩くと、段々泣き声が大きくなってきた。


「アキト、いたよ! あの宿屋の前!」

「良くやったフラン、行こう!」

「うん!」


 目の良いフランが目ざとく発見した。

 全速力で急行する。

 俺の脚についてこれなかったフランが、後方で泣き声をあげていた。

 子供はお前だ!


 倒壊した宿屋の前で、ずぶ濡れになりながらワンワン泣いていたのは、小さな女の子だった。

 年の頃はシャニィと同じくらいだろうか。

 三つ編みの赤毛を、ベッタリと顔に張り付かせて号泣している。


「おーい、お嬢ちゃん、こんなところでどうしたんだ?」


 紳士的に声をかけたってのに、俺を一目見た女の子は更に絶叫した。


「変態のお兄ちゃんがわたしをさらおうとするよー!!」

「失敬な!」


 やばいな、俺がロリ属性であることを察知したのだろうか。

 子供は勘が強いって言うしな。

 いやいや、そうじゃない。


「もー、置いて行かないでよー、ぜいぜい……ずっと一緒にいるって約束したばっかりなのにー……」


 息も絶え絶えのフランが、ようやく追いついてきた。


「フランー、俺、この子に嫌われたみたいだ、なんとかしてくれよ」

「この子にまで手を出したの!?」

「出すかっ! どんな早業だっ!」


 まさか、俺の魅力が通じないとはな。

 仕方ない。

 女の子はフランに任せよう。


 俺は危険がないか、辺りを確認する事にした。

 やはり、人っ子一人いない。

 住人がいない街ってのは、なんとも虚無感が漂うものなんだな。


 この雨も、それに拍車をかけている。

 だが、雨脚はだいぶ収まって来たようだ。

 これならもうすぐ止むだろう。


「ねぇ、アキト」

「ん? どうした」

「この子、宿屋の子なんだって」

「あの女将さんとこの?」

「うん、そうみたい。それよりもこの子、熱があるの」

「そうなのか、じゃあさっきの家に戻ろう。荷物の中に薬品類もあるしな」

「うん!」


 グッタリしてしまった女の子を、俺が背負う。

 確かに、熱が俺にまで伝わってくるほど熱い。

 こりゃいかんな。


 俺とフランは、急いで先程の家まで走り出したのであった。


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