第八十八話 すったもんだで仲直り
元チンピラ勇者タクミの一行と別れた俺とフラン。
二人乗りの若駒は、快調に東へと走っていた。
まずは、置いて来てしまったもう一頭の馬を回収せねば。
領主さんから借りた大切な馬だしな。
壊滅してしまった街を復興するために馬がどれほど重要かは、門外漢の俺ですら痛いほどわかる。
たった二馬力と思うかもしれないが、重機などないこの世界では貴重な労働力なのである。
来る時にリッカとミリアを載せていた葦毛の馬は、逃げていなければまだ彼方の回廊入口にいるだろう。
旅路は順調そのものだが、ひとつだけ問題があった。
未だにフランがむくれているのだ。
いったい、何が気に食わないと言うのか。
心当たりは……ごめん、正直言って山ほどある。
「まだ怒ってんのか?」
「…………別に」
うわ! 冷たい声!
どこの腐れ女優だよ!
これはもしかしてレジェンドレアに覚醒した影響なのだろうか。
いや、それはないか。
アホ毛が短いままだしな。
フランシアとやらが降臨した時には、アホ毛が何と二メートルにパワーアップしていたのを思い出す。
だめだ、あれは面白すぎる。
プスーと、つい吹き出してしまった。
こちらを振り向いて、何事かと俺を見つめるフラン。
「ああ、いや、なんでもない。フランとの楽しい日々を思い出していただけだ」
「……へ、へぇー、そうなんだ?」
お、満更でもない反応だぞ。
あー、これはあれか。
怒っているんじゃなくて、拗ねている感じだな。
となると、やはり原因はヤヨイからの手紙かね。
でもなぁ、普段からヤヨイたちはあんなもんだと思うけどなぁ。
ま、もうちょっと様子を見るか。
この雰囲気ならあと一押しで、いつものフランに戻るだろう。
日も落ち始めた頃、俺たちは彼方の回廊入口である教会跡地へ到着した。
ぐぬぬ、こんな時間になっちまったか。
今日はもう、ここで野宿するかないだろうな。
「あれ!? おいおい、嘘だろ」
ここで気付いた。
柱に繋いでいた馬がいない!
乗せて運んできた荷物はあれども、肝心の馬がどこにも見当たらない。
こりゃどう言うこった。
俺は取り敢えず馬から飛び降りた。
次いで、抱っこしてフランも降ろす。
うーん、馬はどこへ行ったんだろう。
考えられるのは、普通に逃げた。
もしくは、誰かが盗んだ。
後は、怪物にやられた。
ってところだろうか。
荒らされた形跡がないことから、怪物って線は消えるかな。
若い駿馬だし、盗まれた可能性が高いかなぁ。
でも、盗るなら荷物のほうだと思うんだよ。
食料の他にも、結構貴重な道具類とか入ってるし。
それなのに、荷物を物色した形跡すらないんだよな。
逃げたにしては、手綱を噛み千切ったような様子もない。
これだと、突如失踪した馬ってことになる。
俺の頭の中には、UFOが牛をトラクタービームで攫う映像が浮かんでいた。
やめてあげて! 牛さん可哀想!
「フラン、ちょっと馬を探してくるから、ここで待っていてくれないか」
「うん、わかった」
意外と素直に頷くフラン。
もうちょいで元に戻りそうだな。
俺が馬なら、まずは水場を探すはずだ。
確かこの付近で水の音を聞いた覚えがある。
不確かな記憶を頼りに、耳をそばだてながら歩きだす。
教会跡地の前は、割と整地されて開けているのだが、周りはそれなりに深い森だ。
うへぇ、この中から探し出すのは厳しいぞ。
早くも先行き不安だが、萎えかかる意思に気合を入れた。
しばらく歩きまわった。
ただでさえ日が落ちかけているのに、深い森の中では夜と変わらないほど暗い。
しまったな。
何か光源を持ってくるべきだった。
むしろ、夜が明けてから捜索すればよかったんだよな。
バカだ俺ー、バーカーと謎の歌を歌いながら尚も歩く。
心の底から色々後悔し始めたころ、俺の耳にチョロチョロと水の音が聞こえた。
どっちだ?
俺は足を止め、耳に手を当てて音源を探る。
どうやら左手の方から聞こえるようだ。
行ってみよう。
繁みを掻き分けて進むと、すぐに小さな池に出た。
…………いないじゃねぇか。
馬どころか、生き物の気配すらない。
期待していただけに、つい肩を落としてしまう。
くそ、もういいや。
明日にしよう。
俺はうなだれたまま元来た道を帰ることにした。
その矢先に、池がパッと光った気がした。
振り返ってみたが、静かな水面のままだ。
しばらく見守るが特に何も起こらない。
フェイントをかけて二度見してみたが反応無し。
本気でなんもないんかい!!
完全に気のせいとか、舐めすぎだろ!
もういいわ! メシ食って寝よう!
俺はドカドカと怒りの靴音を立てて、その場を立ち去った。
教会跡地へ戻ると、フランが自分で起こした焚火の前でボーッと炎を見つめていた。
何だかフランの目元が赤い気もする。
そして俺の姿を見るや、パッと顔を輝かせたのも束の間、一瞬でそっぽを向く。
なんなんだ。
俺は荷物から食料を取り出して調理を始めた。
フランも黙ってお茶の用紙をしている。
ここら辺は阿吽の呼吸だな。
無言の食事が終わり、食後のお茶を味わう。
うーん、美味い。
俺の対面に座ったフランが、同じようにお茶をすすっている。
いつもなら、べったりと隣にいるんだがな。
その温もりがないってだけで、だいぶ寂しい気分になるもんだ。
「お馬さん、見つからなかったの?」
唐突にフランが話しかけてきた。
もしかしたら、フランも寂しい気持ちになっていたのかも知れない。
「ああ、池の所までいってみたけど、いなかったよ。無駄骨過ぎて疲れた」
「そうなんだ……お疲れ様」
あ、しくじった。
せっかく池まで行ったんだし、水を汲んで来れば良かった。
飲料目的ではなく、生活用水だけどな。
などと考えていたその時。
ガサッ
フランの後ろにある繁みが音を立てた。
「ヒッ!」
短く悲鳴を上げるフラン。
お茶の入ったカップを落としそうになっている。
「小さい動物みたいだな……」
「そうよ、ね」
ガサガサッ
「ヒィィッ!!」
「ビビりすぎだろ……そんなに怖いならこっちへ座ったらどうだ?」
俺はパーンパーンと自分の両膝を叩いた。
ヘイ、カモンッ!!
あれっ、フランめ、素直にこっちへ来やがった。
マジかよ!?
と、思ったが、流石に膝には座らず、ストンと俺の隣に腰を下ろしたフラン。
俺は自分の肩にかけていた毛布を、フランにも半分かけてやる。
すると、遠慮がちに肩を寄せてきた。
なんだ、やっぱり寂しかったのか?
俺はフランの頭をそっと撫でた。
サラサラした金髪の柔らかな触感。
ずっと撫でていたくなるような魔力でも込められているかのようだ。
そうしていると、ようやくフランがぽつぽつと心情を吐露しだした。
「ごめんねアキト」
「ん?」
「意地張っちゃって……」
「いや、いいんだ、気にしてない」
俺の言葉に、ちょっとだけフランが微笑む。
この笑顔に弱いんだよなぁ俺。
「やっぱり私、アキトがいないとダメみたい」
「そうか、俺もだよ。フランがいないと寂しくてかなわん」
「私も…………あのね、こんなに男の人を好きになったことが今までなかったから、どうしていいのかわかんなくなっちゃった……ヤヨイに嫉妬したりとか、醜いね、私」
「んなことねぇよ。俺も煽っちゃって悪かったな」
「ううん、いいの。アキトは悪くないよ」
パチパチと薪が爆ぜる音。
夜と炎は人を素直にさせる。
「さっき、アキトがお馬さんを探しにいっちゃったでしょ? あの時、とっても寂しくなった。そして、すごく怖くなったの。アキトがこのままいなくなったらどうしようって……私、一人でそんな想像して泣いちゃった、あはは、バカみたいだよね…………グスッ、思い出したらまた涙が……あはは」
「本当にバカだなぁ、そんなことあるはずないだろ。俺はどこへ行ったとしても、必ずお前のところに戻るっての」
俺は堪らなくなってフランを強く抱きしめた。
なんと表現していいのかわからないこの気持ち。
様々な感情が絡まって、何故だか俺まで泣けてくる。
「俺が一生そばにいてやるから、もう泣くな」
「うん、信じるね。アキト、愛してるよ」
「俺も愛してるぞ、フラン」
熱いキスを交わす俺とフラン。
純粋な愛情からの口付け。
そこにエロスは無い。
断じて無いんだ。
だって、俺たち疲れてたし、すぐ寝ちゃったから。
明けて翌朝。
目が覚めると、そこには二本の白い脚。
驚きで瞬時に脳が覚醒する。
なにこれ!?
ガバッと毛布を跳ねのけ、身を起こす。
俺の脚元にフランの頭があり、彼女は気を付けの姿勢で横たわっていた。
どんな寝相なの!?
「えぇえー!? 起きろフラン! どうしちゃったの!? 頭がおかしくなったのか!?」
「うにゅぅー……なぁにぃー? ……あ、おはよう、アキト」
「おはようじゃねぇよ! なんで逆さまに寝てんの!? しかも気を付けで!」
「…………あー、これね。アキトの寝顔を見てたら、なんだか色々恥ずかしいし、照れくさくなっちゃってー、あはは」
やばい、さっぱり意味がわからない。
でも寝顔見られてた! 恥ずかしい!
俺たちは顔を洗い、向こうの世界から持って来ていた歯ブラシで歯を磨く。
すっきりさっぱりしたところで、おはようのチュー。
モリモリと朝食も食べ、元気一杯。
さぁ、馬探しだ。
見つけたら馬刺しにしてやるからな!
俺は心の中で宣言しながら、いつでも移動できるように荷物をまとめていると、フランが素っ頓狂な声をあげた。
「アキトー! これ見て! これってお馬さんの足跡じゃない?」
確かに蹄の跡だな。
それは、俺たちが街から来た方向へ続いている。
つまり、何者かが馬に乗って、ここから東へ向かったのだ。
そいつの意図も目的もわからないままではあるが、何の情報もないよりは遥かにマシだ。
どうせ帰り道でもあるしな。
「なるほどな、いい手がかりだ。フランよくやったぞ」
「エヘヘー! エッヘン!」
うんうん、フランはこうじゃないとな。
いつでも能天気に笑っててくれないと、俺の力も半減しちまうわ。
「んじゃ、行こうか!」
「うん!」
颯爽と馬に跨る俺たちであった。




