第八十六話 レジェンドレアは伊達じゃない
レジェンドレアの文字を、頭上に浮かばせているフラン。
うーむ、確かになんだか神々しく見えるのは、俺の気のせいなんだろうか。
いつもの抜けた顔が凛々しく引き締まっている。
目は閉ざされているが、眉がキリッとしているあたりに、強い決意のようなものを感じた。
空へ浮かび上がり、黄金のオーラを纏ったその姿は、神話時代の女神も霞んでしまうほどであろう。
はためくスカートからパンツ丸見えですけどね。
ええ、ご褒美ですとも。
それにしても、何がレジェンドになったのかはさっぱりだが、見た目は変わってないと思う…………
…………あれ?
伸びてる!
普段はあんなにちっちゃかったアホ毛が、すっごい伸びてる!!
なにこれ!
なんでアホ毛だけ二メートルもあるの!?
身も心もアホになっちゃったの!?
俺の動転をよそに、黄金のオーラを一際輝かせたフランが瞼をあげた。
うお、目まで金色になってるじゃねぇか!
清らかな水面のような、清冽極まる青き瞳は、猛き神々の意思を込めたかに思える黄金色へと変貌していたのだ。
無駄に強そうー。
俺はもう、呆気に取られすぎて、自分の顔のガードすら忘れてしまっていた。
怪物たちもフランを見上げてポカンとしているのは、何かのギャグなんだろうか。
「深淵より這い出る者よ、この世界を汚そうとしても無駄な事。今ここに断ずる、滅せよと」
なんだかすごく気高い声色のフランが、足怪物に言い放った。
このかっこいい女性は誰なんだ。
こんなに強そうなの、フランじゃない。
俺の愛するアホの子を返して!
薔薇のようになった杖を、高々と掲げるレジェンドフラン。
彼女が纏うオーラが一気に膨れ上がった。
ぐわっ、目がぁぁ!
直視出来ないほどの光が溢れる。
その光は輝ける術式の陣となって、レジェンドフランの背後に展開された。
幾何学模様が異様に美しい。
全ての輝きを収束した陣そのものが、放出の時を今か今かと待ち望んでいるように回転していた。
え?
ちょっと待って。
あれって、俺の方を向いてないか?
俺ごと殺る気だ!
いやぁぁぁぁ!
「我が真なる御名、フランシアの名に於いて! 邪悪なる者への天の裁きを!」
いやいやいや、誰だよフランシアってぇぇぇ!
動け! 俺の身体よ!
やばい! ここから逃げないと死ぬって!!
ぬおぉぉぉぉ!!
「ガンマ・レイ!!」
フランシアさんとやらが気合と共に杖を突き出すと、背後の陣から輝ける光の奔流が……
それは極太のレーザーの如く、俺ごと足怪物を飲み込んだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
俺は絶叫するしかなかった。
身体中から焦げ臭い異臭がする。
こんがり焼けちゃう!
何故か、足怪物も苦悶の声を上げているような気がした。
足から声がするはずもないんだけどな。
レーザーかビームのような光は、俺の周囲に群がっていたキメラや、まだ上空に残っていた怪物たちをも、全て薙ぎ払っていた。
俺の下半身にかかっていた足怪物の重圧が消える。
どうやら、あの巨大な足も一瞬で滅したようであった。
仰々しく現れた割には、なんてだらしない怪物なんだ!
いや、今のフランが強すぎるのか?
だが、助かったかと思ったのも束の間だった。
俺の上空へと移動した陣から、無数の輝きが流星雨のように降り注いだのだ。
「うっぎゃああああ! もう追撃はいらないだろぉぉぉぉ!!」
光の流星は、何の遠慮呵責もなく広範囲を満遍なく穿っていく。
既に怪物など一匹もいないのに。
ボッコボコにされているのは俺だけだ。
それはそうと、俺が逃げる方向に流星が落ちてくるのはなんでなの!?
絨毯爆撃よりもひどい!
「フラン! もういい! やめて! 俺が死んじゃう!」
口を真一文字に結んだフランは、容赦なく膨大な力を発揮し続けている。
フランは神様にでもなったのかってくらい半端ないんですけど。
逃げ回っているので、しばらくお待ちください。
「ぜぃぜぃ……おっかねぇ通り雨だったぜ……」
ドシャッと膝をつく俺。
戦ってもいないのに、満身創痍だ。
フランをそっと横たえる。
ようやく力を出し尽くしたフランは、黄金のオーラが消えると同時に空中から落下した。
そう来るだろうと読んでいた俺は、すかさずフランの落下地点に入り、見事受け止めたってわけだ。
あー、しんどー。
それにしても、すっげぇ術だったなぁ。
あんなにフランが強いなら、これからは戦闘で楽できそうだぞ。
俺は、頑張ったフランの頭でも撫でてやろうかと手を伸ばした。
あれっ?
アホ毛がちっちゃくなってる!?
強引に指でフランの瞼をこじ開けると、瞳の色も金から青へと戻っていた。
いつもの見慣れたSSRフランだ。
マジかよ。
せっかくレアリティが上がったと思ったらこれだよ。
ある意味、流石はフランと言うしかない。
しかし、フランシアとは何者だったんだろう。
フランに潜む、もうひとつの人格とか?
うわー、あり得ねぇー。
でもあれだな、普段のフランは可愛いが、毅然としたフランシアもキリッとしてて良かったな……
などと考えているうちに、フランがもぞもぞと動き出した。
眠り姫のお目覚めだ。
「うぅ……なんだか、目が痛いんだけど……」
「悪い、それは俺のせいだ」
さっき強引にこじ開けたからな。
てか、コイツ、本当にフランか?
俺は確かめるべく、頬を引っ張ってやった。
「いひゃい、いひゃいってー! にゃんにゃのよー!」
「お前、フランでいいのか? それともフランシアなのか?」
「当たり前じゃない! だいたい、フランシアって誰よ!?」
「え? さっきの記憶ないの!?」
頬をさすりながらむくれるフランに、先程までの説明をする。
フランは他人事みたいな顔で聞いていた。
まぁ、記憶に無いならそうなるよな。
俺までも、さっきのが全て冗談に思えてくる始末。
「れじぇんどれあ……? そんなの初めて聞いたよ」
「略してLRってところか、派手派手な虹色の文字で、お前の頭上に出てたんだ。間違いない」
「全然覚えてないけど、その時の私はどうだった? 強かった?」
「綺麗だったよ、俺はいつものフランの方が可愛くて好きだけどな」
「いやん、アキトったら! 私をそんなに喜ばせてどうする気なのー!?」
バシンバシンと、俺の頭を叩きまくる真っ赤な顔のフラン。
照れ隠しにしては激しいぞ。
しかし、フランもLRに関して何も知らないとなると、完全に手詰まりだな。
知っていそうな人物にも心当たりがない。
あ、例の謎施設であるアカデミーとやらなら、もしかするかもしれない。
いや、駄目か。
アカデミーは聖王都にある。
だが、聖王都のある大陸に渡る手段が無い。
港町も壊滅している。
……八方塞がりじゃないか。
うーん………………ま、いいや。
正直、そこまで固執しているわけでもない。
今のフランが好きな俺には、割とどうでもいい問題だよな。
一応、本人にも確認しておこうか。
「なぁフラン」
「うん?」
「LRのこととか、フランシアのこと、知りたいか?」
「全然」
ほらな!
「私は私でしかないもん。アキトがそばにいてくれるなら、もうそれだけでいいの」
泣かせるじゃねぇか。
予想はしていたが、こうまではっきり言われると少し恥ずかしいがな。
「わかった。フラン、これからも末永くお願いします」
「こちらこそお願いします……って、もしかしてこれプロポーズ!?」
「まぁ、似たようなもんかな」
「やったー! みんなに自慢しちゃお!!」
「それはやめて!!」
「なんでよー!?」
ブーブー文句を言いながら詰め寄ってくるフランの顔に、アイアンクローをかまして対抗する。
なっ、この俺が押されているだと!?
顔面を握り潰すほどの力を込めているのに、怯むどころか敢然と立ち向かってくるとは。
こんな時だけ無敵に近いパワーを発揮しやがって!
しかも、キスをするつもりなのか、フランの唇が異様に尖っている。
そのドリルみたいな形状の唇に恐怖を感じた。
怖い、怖いって!
そんなアホみたいなイチャコラを繰り広げている時、俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
あれ、こんなところに知り合いがいたっけ?




