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第八十四話 楽しい楽しいお勉強


 西へ西へと、二頭の馬を走らせる俺たち四人。

 その道中は、なんとも平和なものだった。


 時折、災厄の靄に憑りつかれた怪物に遭遇することもあったにはあった。

 しかし、あの謎花の効力なのか、逃げていくのが大半だ。

 残りは近寄ってすらもこない。

 鼻が利く怪物たちは、遠くからでも謎花があるとわかるのだろう。


 この凄まじい効力には、リッカとミリアも目を丸くしていた。

 いちいち戦闘しなくていいのは本当に助かるもんな。

 リッカの研究させろゲージも、どうやらマックスになったようだ。

 いいぞ、これで結果に期待できる。


 そんなこんなで、数日が過ぎた朝。

 ついにフランがブチ切れた。


「あんたたち! 毎晩毎晩アンアンアンアンうるさいんだけど!」


 キリッと眉を上げて、ビシッとリッカとミリアの百合コンビを指さすフラン。

 わかる。

 すごくわかる。


 そう、この百合コンビは俺たちもいるってのに、毎晩所構わず情事を繰り広げているのだ。

 せめて声くらい憚って欲しいのだが、何の遠慮も無く絶叫していた。

 お陰で俺は悶々としちゃって寝不足の毎日だ。

 あの様子じゃフランもだろう。


「気になっちゃって、ちっとも眠れないじゃない! せめて静かにやってよ!」


 ああ、その通りだとも。

 正直、おっきが止まらないから困る。


「ご、ごめんなさい……気をつけているつもりなんですけど……」


 あれで!?

 耳を塞いでも意味がないほどなのに?


 ミリアは殊勝に謝ったものの、リッカはどこ吹く風だ。

 反省する気ねぇなこいつ。

 そのリッカは紙とペンを持ち、なにやら書き込んでいた。

 ちらりと書面を見ると、あれ? 読めないぞ。

 げっ、こいつこっちの文字で書いてやがる。


「おい、リッカ、いつの間にこっちの文字を覚えたんだ?」

「来てからすぐよ? この私に読めない文言があるなんて許せなかったし、すぐに覚えてやったわ」


 書く手を止めずにひょうひょうと言うリッカ。

 くそ、これだから天才は……


「ちなみに、ヤヨイも読み書き出来るわよ。こっちのホモ文献を漁りたいからって言ってたわ」

「なにぃ!?」


 読めないの俺だけじゃん!

 これは、恥ずかしい。

 俺は、まだクドクドとミリアに説教しているフランの頭をむんずと掴んだ。


「痛い! なになに!? 今忙しいんですけど!」

「フラン! 俺にこっちの文字を教えてくれよ!」

「どうしたの急に」

「だって、俺だけ読めないんだよ!? 恥ずかしいじゃないか! なぁ、頼むよフランー」

「あはは、アキト可愛いねー、よしよし、お姉ちゃんが教えてあげるからねー!」


 母性本能をくすぐられたのか、フランが俺の頭を愛おしそうに撫でまくっている。

 先程までの剣幕もどこへやら、まるで慈母の微笑みだ。


「やった、これで聖鎧の計器類もいちいちフランに読んでもらう必要はなくなるな」

「…………やっぱり教えるのやめる」

「なんで!?」

「私の仕事なくなっちゃうもん!」

「おま! そんなどうでもいいことで……」


 プインとそっぽを向いたフラン。

 なんて奴だ、俺のプライドよりも自分のアイデンティティを優先するとは。


「じゃあ、街に戻ったらヤヨイかシャニィに頼むしかないかぁ…………あーあ、仕方ないもんなー、俺はフランに教わりたかったなぁー、そうかぁー残念だなぁー」


 俺もフランに背中を向けながら、わざとらしく言ってやる。

 バッとフランがこちらに振り向く気配。


「あーん、ごめんなさいアキトー! やっぱり私が教えるからぁー!」


 俺の背中にガッシリとしがみつくフラン。

 お前はセミか!


 ミリアとリッカが朝食の準備をする間、早速フランから文字を教わることにした。

 まずは基本からだろう。


「では、フラン先生、よろしくお願いします」

「先生!? ……な、なんかすっごく照れくさいんですけど……」

「フラン先生、大丈夫ですか?」

「はうぅ……」


 くねくねと恥ずかしそうに身をくねらせるフラン。

 無駄にエロい。


「あっ、ずるいわよフラン! 私もアキトにリッカ先生って呼ばれたい!」

「アキトさん! ミリア先生って言ってみてくださいっ! ハァハァ!」

「ちょ! あんたたちはご飯作ってなさいよ! アキトには私が教えるの!」


 おい、まだ一文字も教わってないのに、もう喧嘩が始まったぞ。

 全く、仲が良いんだか悪いんだか。

 シッシッと二人を追っ払ったフランが、コホンと咳払い。


「じゃあ行くわよアキトくん。まずは基本中の基本からね」


 完全に生徒扱いだ。

 しかもすっごく嬉しそう。

 俺より有利な立場がそんなに楽しいか。

 まぁいい、今の俺は生徒だ。

 俺はフラン先生に言われた通り、文字の形を覚えるべく書き取りを開始した。

 だが、元々勉強に身が入ってなかった俺だ。

 何文字目かで既に飽き始めている。


「なぁ、フラン先生に質問があるんですけど」

「なになに? どこかわからないところがあるのかなぁ?」


 くっ、ドヤ顔が異様にムカツく。


「当選者って、なんでこっちで言葉が通じるんだ?」

「んー、レアリティの加護ってことになってるよ、まぁぶっちゃけちゃうと当選の特典みたいなものね。言葉も通じないんじゃ、こっちに来てくれる人が減っちゃうじゃない?」

「あー、確かにそうかもなぁ」

「あらあら、アキトくんたら、この文字間違ってるよ」

「うお、マジだ」


 フランのお手本とちょっと違う。

 なんだか幼稚園児に戻った気分だ。

 フランが後ろから抱きしめるように俺の腕を掴んで動かし、書き順を教えてくれる。


 遠巻きに見ているリッカとミリアが、羨ましそうに指をくわえていた。

 いや、これは勉強だし、ちっとも俺は嬉しくないぞ。

 完全に子供扱いだしさ。


「あっ、アキトさん、その文字は上から書くのが正式な順序ですよっ」

「基本的な文法は日本語と大差ないから、とっつきやすいと思うわよ。例えば、この場合はここがこうなって……」

「ま、待って、待ってくれ、いっぺんに言われると混乱するっての」

「もー! 私が教えるんだから二人とも口出ししないでよー!」


 メシの準備もそっちのけで俺を囲む三人。

 もはや、勉強ですらなくなってきた。

 これじゃただの拷問だ。


 目の前で揺れる三人の胸。

 むせかえるような女の子の匂い。

 これを拷問と言わずにどうする。


 今ならば奇声を上げながら胸を揉んでも、怒られないような気がする。

 勉強に疲れて狂ったと思ってくれるに違いない。


 突然、俺から離れる三人。

 全員が胸を腕で隠している。

 どうやら俺の手が、無意識にワキワキしていたのを見られたようだ。

 チィッ、俺の正直者め。


 ようやく朝食を終えた俺たちは、彼方の回廊へ向かって出発した。

 この調子なら、数日もあれば到着できるはずだ。


 フランの説教が効いたのか、あの日以降はリッカとミリアのアンアンもだいぶ大人しくなっていた。

 お陰様で良く眠れます。


 俺が本格的な文法に手を出し始めた頃、大平原の終わりにある街へと着いた。

 しかし、そこは既に廃墟と化していたのだ。

 原因は皆目わからないがな。


 あの、滅茶苦茶お喋りな女将がいた宿も、無残に崩れ落ちている。

 誰もいないのは、皆どこかへ避難したからだろうと思いたい。

 死体が無いところを見ると、意外と無事なのかもしれなかった。

 希望的観測だろうけれども。


 ここまで来れば、回廊はもう目と鼻の先。

 一日もかからず、教会跡地へと辿り着いた。

 例の花を詰め込んだ袋を二人へ渡す。

 

「中まで送らなくていいわよ」

「はい。ここで大丈夫です」


 転移装置の場所まで送ると言ったんだが、あっさり断られた。

 たぶん、俺たちを慮ってのことだろう。

 二人は心配しないで、と言いたそうな笑みを浮かべていた。


 俺もわかってるとばかりに笑う。

 そして、まずリッカをギュッと抱きしめた。


「期待してるからな、リッカ」

「ええ、任せて。必ず形にして見せるわ」


 軽くキスをして離れる。

 次は、ミリアだ。

 ぐいっと腰を抱き寄せる。


「何かあったら、すぐに戻ってくるんだぞ」

「はいっ、勿論ですよっ、アキトさんもお気をつけて」


 ミリアにもキスをする。

 名残惜しいが、仕方ない。


「「いってらっしゃい!」」

「「いってきます!」」


 見送る者、見送られる者。

 それぞれに別れて歩き出す。

 俺たちは木につないだ馬へ、リッカたちは教会跡地の中へ。

 道は二つに別れても、いずれ一本道に戻るさ。


「いっちゃったね」

「そうだな」


 フランの寂しそうな声に、俺も頷くしかなかった。

 なぁに、すぐ会えるとも。

 あんな謎理論のリセマラ装置を修復できるリッカだぞ?

 花の成分分析なんて、それこそ一瞬だろうよ。


「よし、街へ帰ろうか。フランはそっちの馬に乗ってくれ」

「ええー! アキトと一緒がいいー! アキトと乗りたいー! ねー、いいでしょー?」


 ブーブー文句を言いながら駄々をこねるフラン。

 しょうがねぇなぁ。

 間違っておっぱいを触るかもしれんが、許してくれよな。

 ムフフ。


「わかったわかった」

「やったー! って、アキト見て! なにあれ!?」


 フランが見ている方角。

 確か、ずっと先は海のはず。

 そのまた向こう。


 そこには、バチンバチンと空に光が弾けているのが見えた。

 しかも物凄い数だ。


 マジで、なんだこれ!?


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