第八十三話 またまた西へ向かうのです
滅んでしまった第三の街。
だが、その地下には多数の生き残りが居た。
俺たちもいったんそこへ身を寄せている。
大怪我で動けなかった領主は、フランの癒しでだいぶ復調してきていた。
身を起こし、話すことくらいは出来るまでに。
俺は、領主さんに経緯を話して聞かせた。
「そうですか、旅立つのですね……わかりました。リッカ嬢、ミリア嬢。これまで本当にありがとうございました。お二人の尽力、決して忘れませぬぞ」
深々と頭をさげる領主。
なんだかいっぺんに老け込んでしまったように見える。
「俺とフランでこの二人を送ったら、ここに戻ってきます。それまではヤヨイとシャニィに街の警備は任せてください」
「おお、それは非常に助かりますな、司祭たちもフラン嬢に癒されてかなり回復しましたし、なんとか結界は維持できそうです。我々もすぐに復興へ向けて動き出しますぞ」
ニカッと白い歯を見せる初老の領主さんだったが、やはりまだ無理をしているようだ。
俺は領主の身体を支えているエリィに目をやる。
お嬢様育ちにはかなりきつかったろうな。
あれ? 目の光は濁っちゃいないようだ。
いいぞ、それでいい。
辛い経験は多かれ少なかれ、人を強くするものだ。
彼女なら、もう俺たちがいなくてもうまくやっていけるだろう。
……優秀なメイドさんたちも、いっぱいいるしな。
俺の覚えている限りじゃ、一人も欠けていないと思う。
どんだけ優秀なの。
後は、移動のための足が必要だな。
馬車はもうないし、どうしようか。
流石に全行程が徒歩では、トホホだぞ。
往復で一ヶ月はかかるだろう。
いや、急げば三週間くらいにはなるかも。
どっちみち、きっついよなぁ。
「あのぅ、図々しい事を聞きますが、馬とかいませんかね……?」
一応領主に尋ねてみることにした。
少し卑屈だが、この街の惨状を思い出すと言いにくいもんなぁ。
今は人も馬も資材も、全てが貴重なのだから。
「ハッハッハ、この私がそんな手抜かりをするはずがありませんよ。ちゃんと確保してありますので、ご安心召されよ」
「そ、それは助かります」
やった!
これで行程が半分は縮められる。
「何頭必要ですかな? 十頭までならご用意出来ますぞ」
「いえいえ、二頭でいいです。二人ずつ乗りますんで」
「では、すぐにご用意いたしましょう。当座の食料などもね」
「ありがとうございます」
「なぁに、災厄を祓う手助けができるのならば、お安い御用ですよ」
俺は思い切り領主に頭を下げた。
ポカンとしているフランの頭も掴んで下ろす。
よし、これで整ったな。
後は細かい打ち合わせをするか。
特に、ヤヨイとシャニィに。
この二人が、ここの要となるわけだし。
俺は噛んで含めるように、こんこんと言い聞かせた。
「…アキト、細かい…ダーッと行って、ドーンとやれば全部済む…」
「アキトさん、まるでお母さんみたいですよ、そんなに心配しなくても大丈夫です、任せちゃってください」
鼻息も荒く、自らの薄い胸をドンと叩く二人。
余計に不安が募る。
俺たちが付いていなくて本当に大丈夫なんだろうか。
こんなに可愛いんだし、悪い大人に騙されたりするかも……
「過保護すぎよ、アキト」
俺の表情から心を読んだようにリッカが言う。
わかってるつもりなんだがな。
あぁ心配だ、心配だ。
「ルカさんとクレアさんもいますから、きっと大丈夫ですよっ」
ミリアにまで励まされる。
気分は、はじめてのおつかいに子供を送り出す父親だ。
こういう時は女性の方が強気だよなぁ。
仕方ない、腹を括るか。
「わかった、ヤヨイ、シャニィ、この街は二人に任せたぞ」
「はい! アキトさんたちこそ気を付けてくださいよ!」
「…任せて…あ、帰ってきたらエッチなご褒美お願い…」
「あ、私も希望です!」
「いいの!? マジでするぞ!?」
お馬鹿なやり取りも、またしばらくできないと思うと、少し寂しいものがあるな。
まぁ、二人とも機転が利くから何とかなると信じよう。
外に出された二頭の駿馬は、鹿毛と葦毛だった。
どちらも良い馬体をしている。
俺は先にフランを馬に乗せ、その後ろに座った。
どうしてもフランを抱きかかえるような姿勢になってしまう。
嬉し恥ずかしな表情のフラン。
指をくわえたヤヨイとシャニィが、心底羨ましそうに見ていやがる。
リッカとミリアもかよ!
お前らはさっさと馬に乗れ!
まだ外は危険があるかもしれないので、見送りに出てきたのはヤヨイとシャニィだけだった。
ルカやクレアは、今も忙しく手伝っている事だろう。
領主さんに聞いた話では南門のほうが瓦礫が少なく、馬に乗ったままでも街の外へ行けるらしい。
その情報を受けて、いったん南門から出て、その後西へ向かうコースを取ることにした。
馬上からヤヨイとシャニィに握手をする。
なに、すぐ帰ってくるさ。
「二人とも、後は頼んだぞ!」
「いってきまーす!」
「いってらっしゃーい!」
「…お早いお帰りを…」
手を振る二人を残し、馬は走り出した。
全く、ゆっくりチュッチュしたりも出来なかったじゃねぇか。
とっとと災厄のクソ野郎をブッ倒さねぇとな。
情報通り、瓦礫のない南門跡地を抜け、西へと進路を取る。
目指すは大平原の先。
お? あれは俺たちと一緒に降りて来たシャトル群か?
台形の箱にしか見えないシャトルたちが、大平原へ続く森の付近に鎮座していた。
あの金属は街の復興に使えそうだな。
ま、戻ってから考えよう。
パカラッパカラッと軽快に並走する二頭。
あれ? ミリアが前でリッカが後ろに乗ってんのか。
艶めかしい真っ白な太ももも眩しく、ヒラヒラの白いローブをはためかせているミリアにしがみつくのは、いかつい鎧姿のリッカ。
絵にならねぇー。
普通は逆だろ、逆。
俺はフランを後ろから抱きしめるようにして、格好良く手綱を握っているというのに。
まるで姫と駆け落ちする王子のように見えないか?
うん、見えないね。
いや、それより駆け落ちはダメだろ。
いったい姫と王子になにがあったんだよ。
そんなくだらないことを考えながら馬を走らせる。
姫、と言えばシャルロット姫だよな。
のじゃのじゃ言う、可愛らしい小さなお姫様。
元気にしているだろうか。
災厄と思われる球体が出現したのは、聖王都のある大陸だったと思う。
無事でいてくれるといいのだが。
それで思い出した。
橘博士と聖騎士王レインはどこに行ったんだよ。
今は災厄の靄に浸食されちまったが、月面基地みたいな場所で何かを見つけたと違うんかい。
あの人たちの行動は謎すぎるだろ。
二頭の馬は森を抜け、大平原へと入って行く。
広大な草原が眼前に。
風が冷たい。
もう、冬はすぐそこに来ているようだ。
そうか、こっちの世界にも四季があるってことか。
宇宙から見た感じでは、ここや王都のある大陸は緯度が高そうだったもんな。
そんなところも無駄に北欧っぽいのは、なんだか不思議だ。
「ね、ねぇ、アキトさん、ちょっとお話が……」
俺の思考を断ち切ったのは、目の前のフランだった。
いかん、だいぶ長いこと思考の渦に捕らわれていたようだ。
それにしても、随分神妙だなフランよ。
「どうした?」
「あの、ね……一度馬を止めて欲しいかなー、なんて……」
「なんだ、おしっこか」
「バ、バカー! 変態!」
こらこら、馬上で暴れるな。
「おーい! ミリア! リッカ! フランがおしっこしたいって言うから、いったん休憩しようかー!」
「はーい!」
「わかったわー!」
「な、なんで言っちゃうの!? バカなの!? 鬼畜なの!?」
真っ赤になって恥ずかしがるフランを無視して馬を止める。
ちゃんと繁みがある場所にだ。
優しいな、俺。
「いちいち生理現象で恥ずかしがるなよ、ほれ、行ってこい。なんならじっくり見ててやろうか?」
「アキトのバカバカバカ!!」
ひらりと馬から降りて、繁みにダッシュするフラン。
なんと身軽な動きよ。
「ミリアとリッカはおしっこ大丈夫か?」
「私は行っておきますね」
「私はまだ平気かな」
ほら見ろ。
大人はこのくらいオープンに言わないとな。
フランの乙女心はわからん。
よし、ついでに俺も放尿しとくか。
適当な場所でする。
「ちょっと! なんでこんなところでしてるのーーー!?」
戻ってきたフランに思い切り見られた。
出るもんはしょうがないだろ。
フランめ、指の隙間からガン見してるじゃねぇか。
「はっはっはっは、これがいずれフランを可愛がることになるんだぞー」
「いっ、いやぁぁああ! 早くしまってよぉぉぉ!」
顔を覆ったまま、フランは馬の方へ走っていった。
フフフ、初心なヤツめ。
こら、馬鹿野郎、ピクつくな息子よ。
今はまだ、その時じゃない。
「って、ちょっと待ってミリア!」
「はい?」
「俺の横でしようとするな! 繁み! あっちに繁みがあるから!」
「あ、そうでしたねっ」
どうしちゃったんだミリアは。
俺が居ない間に何かあったのか。
こんな変態な子じゃなかったのに。
さてと、すっきりしたところで再出発しようじゃないか。
鹿毛と葦毛の二頭は、俺たちをその背に乗せ、地平線を目指して疾駆するのであった。




