第八十二話 再会するは、滅びの街
無残な姿を晒している第三の街。
それを目の当たりにした俺とフランは、逸る気持ちを抑えながら歩みを速めた。
駄目だ、脚がもつれそうになるほど焦っている。
フランも真っ青な顔で、俺に手を引かれるまま歩いていた。
大切な仲間たちの安否が不明なんだ。
こうなっても仕方あるまい。
頼む、みんな無事でいてくれよ。
俺とフランに出来るのは、ありったけの気持ちで祈ることくらいだ。
街へ近付くと、完全な更地ではなく、様々な建物の残骸や瓦礫が散乱している様子が見えて来た。
遠目には、まるでロードローラーで丹念に均されていたように見えていただけに、何故か少し安堵する。
これなら少なからず生き残りがいるはずだ。
いや、ヤヨイたちなら絶対に無事だ。
何度も何度も、己の心で無事だ無事だと繰り返す。
震えるフランの手を、安心させるようにしっかりと握り直して進む。
城門すら無くなってしまったが、城壁と思われる瓦礫を乗り越えて街へ入った。
眼前に広がるのは、膨大な量の瓦礫。
そして死体。
人間だけじゃない、怪物たちのも目に付く。
街の内部にまで怪物の侵入を許してしまったのか。
「誰かいませんかーー!?」
この光景に耐えられなくなったのか、フランが悲壮な声を上げた。
気持ちは痛いほどわかる。
「おーい! 誰かいないのかーー!」
俺も瓦礫の山に呼びかけてみた。
だが、返事を返す者はいなかった。
冷たい風が、俺たちをあざ笑うかのように通り過ぎて行くだけだ。
「ヤヨイー! シャニィー!」
「リッカー! ミリアー! ルカー!」
「クレアー! おばあちゃーん!」
俺たちは、仲間の名を呼びながら瓦礫の中を歩き回る。
そのうち、大通りに出た。
ここは広い分、瓦礫が少なく歩きやすい。
しかし、それだけに死体の数もすごかった。
冬場になりつつあるからか、蠅がいないのが不思議だ。
「うぅ……グスッ」
「大丈夫だ、泣くな」
「……うん」
俺はフランを一度抱きしめる。
このままじゃフランが参っちまうな。
精神的に折れられてしまうと、身動きすら取れなくなる。
「フラン、領主さんの館に行ってみよう、まだ建物が少し残っているし、誰かいるかも知れんぞ」
「……うん、そうだね」
俺はフランを抱きかかえるようにして歩き出す。
フランも、なんとか震える脚を前へ進ませていた。
この大通りを登れば、領主の屋敷へ着く。
その時、屋敷の方向に人影が見えた気がした。
生き残りか!?
「おーい! 誰かいるのかー!?」
怪物かもしれないとは少し思ったが、一縷の望みをかけて大声を張り上げた。
フランの目にも、少しだけ生気が戻る。
俺たちは、急ぎ足で人影が見えた方へ向かった。
向こうもこちらに気付いたのか、こっちへ走ってくる。
その小さい人影は────
「シャニィ! うわーん! よかったぁ!!」
「…アキト、フランさん…無事で良かった…」
フランが泣きながらシャニィの小さい身体を抱きしめている。
俺はその二人ごと抱きしめた。
そして二人にキスをお見舞いしてやる。
いやー、良かった良かった。
「ところでシャニィ、これはどういう事なんだ? 俺たちが居ない間になにがあった?」
「みんなは無事なの!? みんな死んじゃったの!?」
「…ちょ、そんなに一遍に言わないで…ちゃんと説明するから…」
俺とフランに揺すられたシャニィの首が、ガクンガクンとしている。
うお、やりすぎた。
だが、フランは必死すぎて容赦がない。
やめてあげて!
シャニィの首がもげちゃう!
「…取り敢えず、歩きながら話すから…まず、みんなは無事…」
「よかったぁー!」
俺もフランも、その答えを待っていた。
二人でホッと胸を撫で下ろす。
フランの目にも完全に光が戻ったようだ。
「…今は、生き残った人たちと地下に避難している…領主さんが最悪の事態を考慮して、何年も前から造っていたみたい…」
「ほう、それはまた準備の良い事で」
あのやり手の領主さんなら、考えられない事じゃないな。
手回し良いもんな、あの人。
屋敷近くまで来たところで、シャニィの足が止まった。
「…その入り口が、ここ…わたしは見回りに出ていたの…」
一見、ただの石壁にしか見えない場所。
シャニィがその壁で何やら操作すると、壁が横へスライドし、ぽっかりと大きい入り口が現れた。
中は薄暗いが、下り階段になっていて、その足元くらいは見える。
俺たちが内部へ踏み込むと、扉は自動で閉まった。
「…怪物たちの襲撃はなんとかなったの…でも、すごく大きい獣みたいなのが現れて、街を薙ぎ倒し始めた…わたしたちは領主さんの指示でここへ避難したの…アキト、どうして手を合わせているの…?」
そりゃ拝むしかないだろう。
これって、完全に俺たちが倒した獣のことだろ?
ほぼ俺たちのせいじゃないか。
カツーン、カツーンと足音を響かせて階段を下りる。
右手にシャニィ、左手にフラン。
シャニィと触れ合うのも久しぶりに感じる。
たった数日で、こんなにも懐かしいとはな。
階段を下りた先には、何重にも扉があった。
まるで核シェルターだな。
内部は巨大な空間となっていた。
あちこちに傷病者が寝かされている。
様々な人々が入り乱れ、まるで野戦病院の体をなしていた。
「アキトさん!?」
俺の姿を見つけたヤヨイが、驚きと嬉しさにまみれた顔で走って来た。
そのままジャンプして俺に抱き着いてくる。
「良かった! 良かったです! すっごく心配してたんですよ!」
「そうか、すまなかったな」
「心配かけた罰です!」
ヤヨイは俺の顔をギュッと挟んで強烈なキスをする。
フランとシャニィの怒気が膨らむが、諦めたようにしぼんだ。
「他のみんなは奥にいますよ」
ヤヨイの案内で奥へ行くと、みんな勢揃いしていた。
ワッと、みんなに取り囲まれる。
お互いが無事だった喜びを、ひとしきり分かち合った。
だが、領主さんとアレアばあちゃんは寝台へ寝かされていた。
領主さんは以前の怪我の上に、更に傷を負ったらしく、かなり重篤なようだ。
娘のエリィがつきっきりで看病していた。
婆ちゃんのほうは、例の精神力枯渇のようだ。
ならば数日で良くなるだろう。
どうやら司祭たちが軒並みやられたらしく、癒術の使い手がミリア一人になってしまったらしい。
ミリアは東奔西走の働きを見せたが、一人で結界の維持と怪我人全員の癒しをするのは無理があった。
笑顔は絶やしていないが、肩で息をしている。
相当無理をしているのだろう。
そう言う子だもんな。
今はフランが癒しの手伝いに行っている。
俺が二人に口を酸っぱくして、無理をするなと言い含めておいたが、どうなることやら。
俺は、本題の話をするためにリッカを呼んだ。
そのリッカは、いつになく神妙な顔をしている。
「ああ、リッカ、ちょっとさ、頼みがあるんだけど」
「……えっ? 頼み? ……ああ! 頼みね! うんうん、いいわよ」
なんだこの反応。
明らかに別の用件を期待していたみたいだけど。
まさか俺にプロポーズでもされると思っていたんじゃあるまいな。
アホか。
こんな場でするわけないだろう。
「この花、なんだけどさ」
「これがどうかした? まさか私へのプレゼント!?」
「アホ! その思考から離れろ! いいか、この花はな、災厄を忌避させる力があるんだ」
「……ほほう、それが本当ならかなりそそられるわね」
「だろ? で、これをお前の研究所で調べられないかなと思ってな。成分を分析して大量生産出来れば、俺たちの世界も救えるんじゃないか?」
「!?」
俺は旅の経緯を、事細かにリッカへ話した。
近くで作業しているフリをしながら、聞き耳を立てている様子のみんなにも聞こえるようにだ。
あれでバレていないと思っているのだろうか。
クレアとエリィに至っては、お前ら家族の看病はどうしたんだよって感じだがな。
ま、個別に説明するのも面倒だからよかろう。
「……と、言うわけで、リッカには彼方の回廊から向こうの世界へ戻ってもらいたい」
「…………嫌」
「えっ?」
「……とは言えないわよね……言いたいけど」
言いたいんかい!
「わかったわ、私に任せて」
「済まんがよろしく頼む。護衛はミリアにお願いしよう」
「ミリアを連れて行ってしまって、こちらは大丈夫かしら?」
「こっちは任せとけ、あ、彼方の回廊までは俺が送るからな」
「本当!?」
「ああ」
「おっと、聞き捨てなりませんね、私も同行しますよ!」
腕組みをして格好付けたヤヨイが現れた。
なんのつもりか、流し目でこちらを見ている。
「…わたしも行くのは、既に決まっていること…」
背中をこちらに見せながら語るシャニィ。
いや、格好良くないからね!?
「私のご飯はいかがっすかぁー!?」
ナイフとフォークを何本も持ったルカ。
駅弁売りのセリフだよそれ!
「アホか! お前らは居残りだ!」
「「「えぇー!!」」」
大ブーイング大会になったが、聞く耳は持たぬ。
問題はフランをどうするか、だな。
置いて行っても不安、連れて行っても不安というダブルパンチ。
一応、本人に聞いてみるか。
「え? 行くに決まってるじゃない、アキトが行くところは私もいくところだもん」
パンか何かを頬張りながら、さも当たり前のように言うフラン。
まぁ、こう言い出すのはわかり切っていたんだがな。
少しは嬉しいけど。
「……当選者とSSRだし、仕方ないよな」
「それだけ?」
「ぐっ、珍しく強気だな」
「それだけなの?」
「く……愛してるし、な」
「うん! 私も愛してる!」
くそぅ、こっ恥ずかしい……
ハートを周りにいっぱい浮かべながら、俺の腕にしがみつくフラン。
その頭を撫でるしかできない、嬉し恥ずかしの俺だったのだ。




