第八十一話 制御不能はお約束
うおおおおおお!
落ちるうううう!
まるで、巨大ロボみたいな聖鎧へと搭乗した俺とフランだった……んだが。
格好良く発進したところまでで、俺たちの運は尽きたらしい。
今は成す術もなく高空から真っ逆さま。
絶賛落下中と相成ります。
ズバリ、制御不能です!
「アキトー! 地表接近中、すぐに高度を上げろって出てるんですけどー!?」
計器の表示を読み上げるフランも、相当焦っている声だ。
俺も慌てて、そこら中の計器類に触れてみるが何も起こらない。
みるみる迫る地表と、災厄に憑りつかれた超巨大な四足獣。
全周囲が視界になるモニターってすごいなーと、全く現状に関係ない事が俺の脳裏に浮かぶ。
ビーッビーッ
けたたましく呻る警告音と、赤く光る計器の群れ。
「ははは、終わった」
「なに笑ってんのよー!?」
後ろから俺の首を絞めるフラン。
あの泣き虫不死王め、とんだ欠陥品を寄越しやがったもんだ。
さっぱり動かねぇぞ!
動け動け動け動け! 動いてよ! 今動かなきゃ、何にもならないんだ!
どこぞの少年パイロットのように念じてみたが、ピクリとも反応しねぇ。
くそ、そんなにうまくいかんか。
そうだ、マニュアルとかないかな。
きょろきょろと座席周辺を見回すが、ありっこない。
ちくしょう!
乗ってすぐ、ロボを自在に操れるようなアニメの主人公たちを疎ましく思う。
あんなの絶対無理だ! 嘘っぱちだ!
「あ」
フランが短い吐息を漏らしたその時。
びったーん!
地表に腹側から叩き付けられたようだ。
視界がグルグル回っているのは、座席から投げ出されたからだろう。
やはり転げまわっているフランを、なんとかつかまえて抱きしめるのが精一杯。
視界がピンクに染まった時、ようやく静かになった。
俺の顔面に、異様な質量を感じる。
だが、柔らかい。
「ご、ごめんねアキト」
「ふがふが」
そうか、俺の顔にフランが乗ってるのか。
出ました、顔面騎乗。
こいつはラッキー。
せっかくだし、思い切りクンカクンカしておこう。
そうだ、こんなことをしている場合じゃない。
あの、でっけぇ獣はどうなった?
あはんいやん、と荒い息を漏らしているフランの尻を掴んで横に下ろす。
ぐるりとモニターを見ると────
「うげ」
どうやら獣の真上に落ちたらしい。
聖鎧の腹の下で、ぺっちゃんこになっている四足獣。
もはやピクリとも動いていない。
これはひどい。
南無。
「ねー、アキト、搭乗者の情報登録完了って出てるよ」
「今頃かよ!!」
「きゃっ! 狭いんだから暴れないでよー」
これが暴れずにいられるかっ。
せめて発進前に全部済ませろよ!
このポンコツロボめ!
「だいたい何だよこのポンコツは! 搭乗者がいるってのに、座席にベルトも無いとかおかしいだろ!」
シュン
誰も座っていない座席に、四点式のベルトが出る。
「搭乗者保護装置及び、安全帯作動って出たよ」
「ぐ、が、この、ギギギ……!」
俺はもう怒りのあまり、歯が砕けそうなほど噛みしめた。
だって、いくらなんでも舐めすぎだろう。
これで平然としていられるほど聖人じゃないぞ俺は。
俺は噴き出そうな怒りを必死に抑えつけながら、逆さになっているシートに座ってみた。
今度は瞬時にベルトが展開し、俺を座席へと固定した。
そして、にょきっと丸い玉の付いた棒が、俺の手元に二本現れる。
まさかこれが操縦桿とか?
「フラン、強引に椅子へ座ってくれ。自動でベルトが出るから」
「うん、りょうかーい」
俺の目の前を、白い太ももとピンクのパンツが通り過ぎて行く。
無論、遠慮なくじっくりと見るさ。
こんな素晴らしいものを見ないって奴は、その時点でホモだと断定できる。
「できたよアキト」
「よしよし、じゃあ動かしてみるか」
振り返ってフランがちゃんと座っているかを確認する。
優しいな、俺。
座りパンチラが見たかっただけなんだけどな。
さて、そんじゃやってみるか。
俺は両手を二つの玉に添えた。
目前の計器に映し出された緑色の文字列が、物凄い速度で上へ駆け抜けていく。
その後、聖鎧の簡易的な全身図が表示され、各部位が青く光って行く。
「聖鎧の各部確認、及び搭乗者の情報に基づく修正完了。これより、アキト、フランの両名を正搭乗者と設定する、だって」
まるでフランが、やり手のオペレーターみたいだ。
知的なフランもいいね。
眼鏡をかけさせたいね。
実際は、ただ表示を読んでいるだけなんだけどな。
アホの子病は不治の病なのさ。
「了解。聖鎧、起動!」
気分を出すために格好良く叫んでから、グイっと玉を押し込む。
グオンと駆動音がして、俺の思い描いた通りに聖鎧が立ち上がったような感じがした。
視界が地面を離れ、下を見れば山腹が見えることからも、直立しているのは間違いないだろう。
「おお、これはすごいなー」
「さっすがアキト! ちゃんと動いたね!」
後ろからフランが俺の頭を撫でてくる。
照れるじゃねぇか。
なんだか一端のパイロット気分になってきたぞ。
聖鎧、大地に立つ、だ。
こうなってくると、何かコイツに格好良い名前を付けたくなるな。
ガ〇ダム……は駄目か。
エ〇ァンゲリオンも駄目だろうな。
うーむ、悩ましい。
とか思っていたら。
ビーッビーッ
またもや鳴り響く警告音。
「今度はなんだ?」
「燃料不足、機体保護装置作動、起動停止……だって」
「はぁ!?」
なんだよ燃料って!?
こういうのは謎エネルギーで動いているんじゃないのかよ!
どこまでポンコツなんだこれは!!
俺の怒りをよそに、プシューと正面の壁が開き、外が見える。
これが出入り口か。
続いて、ペロペロペロっと縄梯子が地上まで降りて行く。
アナログ!
めっちゃアナログ!!
せめて、ロボの手に俺たちを乗せて地上へ降ろすとかないの!?
それきり、うんともすんとも言わなくなった聖鎧。
全天視界モニターまで消えてしまった。
仕方なく、俺たちは諦めて降りるしかなかった。
本気でふざけたポンコツロボだ。
フランのアホさは許せるが、このポンコツはなまじ格好良いだけに、余計許せない。
忌々しくなってきた俺は、白銀に輝く聖鎧の足に蹴りを入れておいた。
ぐおっ、硬い!
やけになって草地に寝転がり、大きな溜息をつきまくる俺を、フランが甲斐甲斐しく慰めてくれたのが救いだった。
「なぁ、フラン。これからどうしようか」
「うーん、そうねぇ。あ、みんなのことも気になるし、いったん街へ戻ってみる?」
「そうだなぁ、そうするか。街が安全になったら、まずは王都のアカデミーに行って、例の花を…………ん?」
「どうしたのアキト?」
突然黙りこくった俺を心配したのか、フランが顔を寄せてくる。
そんな隙は絶対に逃さない俺。
素早くフランにキスをする。
「んっ!? んんー、んっ、ぷはっ、なに急に!?」
「したかったからしただけだ」
「……そう、なの? まぁいいけど……私もちょっとしたかったし……」
「それよりフラン、すごい事を思いついた」
「へ? なになに?」
「あの花さ、不確実なアカデミーとやらに任せるより、リッカの研究所で調べた方が良いと思わないか? 現代の最新機器も揃ってるしさ」
「おぉー! いいかも!」
「だろ? よし、そうと決まれば街へ戻ろう」
「うん!」
俺は颯爽と歩き出そうとした。
あれ? フランが付いてこない。
「どうした?」
「この聖鎧ちゃんはどうするの?」
「聖鎧ちゃんて……」
「この子、いかついから、かわいく呼んだほうがいいかなと思って」
「そ、そうか……うーん、どうせ動かないし、俺たち以外じゃ訳もわからんだろう、このままほっとこうぜ」
「可哀想だけど、仕方ないね……」
俺はフランの手を握って、今度こそ颯爽と歩き出した。
とは言え、もうすぐそこに宵闇が迫りつつある。
暗くなるまで歩いてから夜営するしかあるまい。
あの謎花があるし、怪物に夜襲される恐れがほとんどないのはラッキーだな。
フランに作ってやった飾り花も、徐々にしおれてきている。
俺は歩きながら花を取り出し、新しいものを作ってフランに渡した。
嬉しそうにはしゃぐフランが愛おしい。
暗くなった頃、丁度いい草地を見つけ、そこで休むことにして火を起こす。
考えてみれば、初代聖騎士王レオンと数時間前に死闘を繰り広げたんだったな。
道理で疲れているわけだ。
メシは不死王の台所で、出がけにたらふく食っておいたから大丈夫だろう。
とかなんとか、フランと寄り添いながら炎を見つめている間に、二人とも眠ってしまったようだ。
翌朝早くに、俺たちは出発した。
前日に結構距離を稼いでいたし、早めに街へ到着出来るだろう。
フランとバカップルしながら歩く。
なんだかリア充みたいだ。
イチャイチャチュッチュは楽しいなぁ!
おっと、そろそろ森を抜ける。
そうすればもう街は見えるはずだ。
みんなどうしてるかなぁ。
「……アキ、ト……」
「ん?」
フランの顔が青ざめている。
どうしたんだろう。
「腹でも痛いのか? 森の中でうんこしてきてもいいぞ」
「バカ! 変態! そうじゃなくて、街を見て!!」
ゴキリと俺の首を強引に街の方へ向けるフラン。
おい、街から出る時もやったぞ、これ。
「…………マジで?」
「どういうことなの……?」
遠目でしかないが、第三の街は城壁や領主の屋敷の一部を残し、それ以外が全て、均したように更地となっていた。
煙すら見えない。
人の姿もない。
ただ、静寂だけがたたずんでいる。
嘘だろ……?
いったい皆はどうなっちまったんだ!?




