第七十六話 双子幼女はゴースト可愛い!?
ドガッ
「いっでぇ!!」
落ちる際に、フランを腹の上に庇ったもんだから、したたかに背中と後頭部を打ち付けた。
のたうとうにもフランが乗ったままで動けない。
「アキト、大丈夫? ごめんね、重かったでしょ」
「んなことねぇよ、むしろ軽いくらいだぞ」
重いとか口走って、フランを泣かせるわけにもいくまい。
実際そんなに重くないしな。
ズキズキと無闇に頭は痛むが、俺はニカッと笑った。
「きゃっ! どこ触ってるの! アキトのエッチ!」
俺は無意識にフランの柔らかい尻を撫でながら、今落ちて来たばかりの天井に開いた穴を見る。
うーむ、かなりの高さから落ちたようだ。
黒鎧のお陰で、俺とフランの身体に怪我は無さそうだったのは不幸中の幸いか。
普通なら全身打撲だぞ。
ヘタすりゃ死ぬ高さだ。
頭にたんこぶが出来た程度で済んで良かったけど、これがまたやたらと痛い。
「あれっ? なんか明るいね……あー、ここって……」
フランめ、今頃気付いたか。
そう、ここは以前にも訪れた、水晶の谷だ。
前回は、クレアの水晶玉の原料を採掘しにここへ来た。
今は特に用が無いのだが、落ちた先がここだったとはな。
俺が頭をぶつけたのも、どうやら水晶らしい。
粉々になってやがる。
よく頭が割れなかったもんだ。
ま、それはともかくとして、上へ戻らないとな。
「ねー、アキトー。お腹すかない?」
「ああ、気が合うな、俺も腹が減ってた。ここじゃ火も起こせそうにないし、いよいよルカの弁当に手を付ける時が来たな」
「ふーんだ、ルカの料理にメロメロになっちゃって。どうせ私は料理下手ですよー」
すねたように頬を膨らませて、ぷいっと横を向くフラン。
可愛いんですけど。
よーし、ちょっとからかってやるか。
「え? 俺、お前の料理好きだけど? フランの料理なら一生食べたいなぁ」
「ほんと!? エヘヘ、うれしいなっ! もっと色々作れるように勉強するね!」
チョッッロ!
チョロすぎるだろ!
でも健気だから許そう。
「おっ、サンドイッチみたいだぞ」
「わーい、美味しそうー」
二人で並んで座り、肩を寄せ合ってもぐもぐ食べる。
美味い、美味いなぁ。
シンプルに野菜と肉をパンで挟んだだけのものなんだが、味付けが俺好み過ぎるんだよ。
ある意味、魔法なんじゃないのこれ。
「アキト、お茶飲む? 木の水筒に入れてきたの。だから革臭くないよ、冷めちゃってるけどね」
「おおっ! 天才か!?」
「へへー」
ルカのサンドイッチに、フランのお茶。
やばい、究極のメニューに名を連ねてもいいくらいだぞ、これは。
ぐびりと水筒から直接お茶を飲む。
うめぇ……至福だぁ。
「……あ……」
「ん? どうしたんだ、微妙な顔をして」
「……その、それ、私も飲んだ水筒だから、間接キスだなって……」
乙女かっ!
いや、乙女だけれども。
頬を染めて指をモジモジさせるな。
ってか、ベロチューとかしてんのに、間接キスとか今更すぎるだろうよ。
青春丸出しで、こっちが恥ずかしくなって来るわ。
食後もしばらくの間、二人でお喋りしていた。
その内に、フランがウトウトと船を漕ぎ始める。
地下で時間感覚が良くわからんが、もう夜更けだろうしな。
女の子だし、一日歩くのはなんだかんだ言っても疲れがたまっているはずだ。
俺は背中のマントをはずし、俺とフランを覆う。
カクンとフランの頭が俺の肩に。
このまま寝かせてやろう。
俺はフランの額に軽くキスをしてから、瞼を閉じた。
何時間眠ったのだろうか。
眠りが浅くなってきた頃だと思う。
何だか、誰かが誰かと話してるような声がする。
最初はフランの寝言かと思ったが、どうも違うようだ。
普通にフランの穏やかな寝息が聞こえるしな。
……じゃあ、誰だ?
結構はっきりと聞こえるんですけど。
まだ眠いから静かにしてくれないかなぁ。
ペチャクチャは収まらない。
段々イライラしてきた。
これじゃおちおち眠れやしない。
「うっせぇぞ、静かにしろ」
「「ヒィッ」」
俺の声に驚いたのか、悲鳴のようなものを上げて、そいつらは静かになった。
俺が渋々目を開けても、視界には誰の姿も映らない。
あれ? 夢だった? 夢に話しかけたの俺? うわっ、恥ずかしっ。
と、思ったんだが、水晶の柱の陰に白っぽい人影が二つ。
なんだあれは。
俺は、目をゴシゴシとこすってからもう一度見る。
子供、か?
なにやら小さい人影だった。
どうも、女の子が二人いるように見えた。
だが、決定的におかしいところがある。
二人とも身体が透けているのだ!
「どうしたのぉ……?」
フランがむにゃむにゃと起きだした。
おや、起こしてしまったか。
「なぁフラン、あの二人おかしくないか?」
「んんー? 二人ぃ?」
まだ半分寝てるのか。
ならばこうだ。
俺は両手の指で、フランの目をこじ開けた。
「いだだだだ! なになに!? なにが起こったの!?」
「あれを見てくれ、あの二人だ」
「? …………げ、あの子たち、ゴーストよ」
「ゴーストぉ!? アンデッドの?」
「うん」
「へぇー、初めて見たなぁ」
俺は、改めて二人の女の子を見やった。
二人ともよく似ている。
双子だろうか。
くりんくりんの髪を縦ロールにしている。
服装は、何だか古めかしいドレスみたいだ。
変な話だが、足はちゃんとある。
年齢は十歳くらいかな。
余談だが、人形みたいですっごく可愛らしい。
水晶の柱に隠れたまま、じっと俺たちを見ている。
何なんだろう。
幼女の幽霊に恨まれる覚えは無いんだがな。
埒が明かないし、思い切って声をかけてみるか。
「さっきはごめんな。驚かせちゃったかな? 俺はアキト、勇者アキトだよ」
「!? …………勇者様なの……?」
見分けは付かないが、左の子が言ったようだ。
「ああ、別に君たちを討伐しに来たわけじゃないよ」
「小さい女の子には、お優しいですこと」
皮肉を言って、フランが頬を膨らませる。
しょうがないだろ。
俺だってゴーストと話した経験なんてないんだから。
「本当? 怖くない?」
「うん、安心していいよ。こっちにおいで」
「「わーい」」
二人そろって俺の方へ飛んでくる。
うわ、マジでゴーストなんだな。
空飛んでるよ。
グルグルと俺の周りを旋回している。
満足したのか、地に降りると、俺の腰辺りにギューっとしがみついてきた。
あれ? なにこれすごい。
ちゃんと感触がある。
試しに二人の頭を撫でてみる。
柔らかな髪の質感が手に伝わって来た。
すごいなー。
実体と何ら変わらんぞ。
二人は頭を撫でられて嬉しかったのか、ニッコリと笑った。
可愛いなぁ。
「わたしカノン」
「わたしシノン」
ごめん、どっちがどっちだか解らない。
「「ねー、お兄ちゃんはこの世界を救ってくれるの?」」
シンクロばっちりで二人が言う。
まるでステレオだ。
「うん、俺はそのつもりだ」
「「ふーん、どうやって?」」
「ぐっ、それはだな……」
「「今のままで災厄に勝てるの?」」
「うぐっ」
「「手段も無いのにどうやって勝つの?」」
「…………」
ぐうの音も出ない。
図星を突かれると、怒るか黙るしかないって本当だな。
実際に俺は、対抗する手を何も持っていないのだ。
「誰だか知らないけどアンタたち、あんまりアキトをいじめないでよ。アキトは頑張ってるよ! ちょっとエッチだけど、いつも私たちのために考えてくれてるもん!」
「「あなたはSSRね?」」
「そうよ!」
「「あなたがお兄ちゃんと旅をしてきて、何か役に立ったことあった?」」
「!? ……ほ、ほら、術で怪物を倒したり……お茶が美味しいねって言われたり……」
「「あなたの術とやらで災厄は倒せるの? お兄ちゃんの欲望をちゃんと満たせているの? もう旅はやめて一人で静かに暮らした方がいいんじゃないの?」」
「うぐっ…………グスッ……うわーん! アキトー! この子たちが私をいじめるよー!」
お前さぁ、いい年して幼女に言い負かされて泣くなよ……
しかし何なんだろう、この子たちは。
さっきからどうも腑に落ちない。
まるで、俺とフランの何かを試しているような問答じゃないか。
「カノン、シノン」
「「なぁに? お兄ちゃん」」
「俺たちは、災厄を倒すために旅をしているんだ。決して生半可な気持ちじゃないぞ。だから倒す手段が見つかるまで旅はやめない。絶対に見つけて見せる、そして必ず倒す。そうすれば、お前たちも静かに暮らしていけるだろ? 俺が目指すのは、誰もが笑って平穏な日々を過ごせるような、そんな世界なんだ」
「「…………その日は本当に来るの?」」
「必ず来ると、この俺が約束する!」
俺はしゃがんで、カノンとシノンを優しく抱きしめた。
「お前たちも俺が守ってやるからな」
「「お兄ちゃん……わーん!」」
うおっ、いきなり泣くなよ。
そして頬にキスをするな。
幽霊にされてもあんまり嬉しくないぞ。
それでも俺は、二人の背中をさすっていた。
「カノン、シノン。もうそのくらいで良かろう」
突然響き渡る重々しい男の声。
戦慄を感じざるを得ない圧倒的な重圧。
俺もフランも全身が硬直する。
「「初代様ぁ!」」
え、誰それ!?
初代様!?




