第七十五話 綺麗な花には何かある
東へ向かっていた俺とフラン。
だが、俺たちの目の前には、怪物の群れが立ちふさがっている。
完全に災厄に憑りつかれているらしく、全身を黒い靄で覆われてはいるが、何となくの姿形から昆虫型であると判断した。
しかも、ムカデっぽい。
「うぇー……」
フランが青い顔で、辟易したように呟いている。
いや、俺もムカデなんて好きじゃないけどな。
体長は百センチから百五十センチくらいだろうか。
うねうねと蠢く様は、やはり見ていて気持ちの良いものではなかった。
さっさとやっちまおう。
俺はガラガラと鞘から剣を抜いた。
しかし、いつまで経っても攻撃してくる気配が無い。
「ん?」
ムカデたちの足元、と言えるのか解らないが、そこにピンク色の花が群生している。
どうも、その花のせいでこちらへ向かってこれないように見えた。
「わぁ、綺麗なお花ー」
フランがしゃがんで自分の足元の花を眺めていた。
ムカデはどうした……この、のんきさんめ。
あと、しゃがみパンチラは俺に効くからやめなさい。
いや、やっぱりやめないで。
むしろもっと見せて。
俺は何となくの思い付きで、花を一輪そっと摘んで、ムカデの方に投げてみた。
あら、意外や意外、効果覿面じゃないか。
蜘蛛の子を散らすように、ムカデたちは去っていった。
フランがあからさまに安堵した吐息を漏らす。
しかしこれは、もしかすると、もしかするぞ。
俺の考えが正しかったら、この世界の常識を完全に覆すことになるだろう。
だけど気になるのは、こんな花……さっきまで生えてたっけ……?
まぁいいか。
「フラン、この布袋にその花を入るだけ摘んでくれ、念のため根っこごとな」
「どうして? この花って見たこともないよ?」
「ちょっとした思い付きさ」
「ふーん、わかった」
二人で手分けしてピンク色の可憐な花を摘む。
結構良い香りをしている。
不思議な事に、桜に似た香りだ。
「そうだ、フランこっちに来てくれ」
「はーい」
ちょこちょこ近付いてきたフランの耳の上に、花を数本束ねて作った小さなブーケを飾ってあげた。
即席の髪飾りだ。
これは昔、俺の婆ちゃんに教わったんだ。
もし好きな子が出来たら、作ってあげてごらんってな。
今こそその時だよな、婆ちゃん。
「わぁ、素敵ー! ね、似合う?」
「うん、可愛いな。良く似合ってるよ」
「ほんとう? エヘヘ」
フランは華が咲いたようにニコニコしている。
うむ、俺も満足だ。
俺もポケットに花を入れておく。
よし、もう充分だろう。
見える範囲の花は全て摘んだ。
俺は袋を背負い、再びフランの手を取って歩き出した。
俺が思った通りなら、これから先の道中が少しだけ楽になるはずだ。
一時間と歩かぬうちに、またも怪物たちと遭遇する。
今度はどうやら人型っぽい。
サイズからして、ゴブリンとかだろうか。
靄で本体がちっとも見えやしない。
しかし、これはチャンスだ。
俺の思い付きを試すには絶好のな。
俺はフランを背中に庇いながら、袋から花を数本取り出し、ヤツら目がけて投げつけた。
ギィー、キィーと絶叫しながら逃げて行く。
思った通りの結果に、自分でも驚いてしまう。
俺の時代きたかも。
「なになに? どうなっちゃったの?」
俺の背中からこっそり様子を窺っていたフランが、不思議そうな声をあげた。
俺にも良く解らんが、一応それっぽい説明をしておこう。
「どうやらこの花には、強烈な忌避効果があるみたいだ。怪物に効いているのか、災厄の靄に効果があるのかは、さっぱりわからないけどな」
「へぇー! もしそうならすっごいね! さすが私のアキト!」
「まぁ、まだ普通の怪物で試すまでは何とも言えないけどな」
「すごいことには変わらないもん!」
「そ、そうか、ありがとな。……うーん、これを研究したら、怪物避けか災厄避けのポーションでも作れそうなんだがな……そんな研究所みたいな場所、こっちにある訳も無いだろうが、もし量産出来たらとんでもない大発明になると思うぞ」
「アカデミーなら出来るんじゃない?」
「!? マジかよ! だからいったい何なんだその施設は!?」
俺が聞いただけでも、レアリティ養成所兼、孤児院兼、研究所だぞ?
有り得ねぇだろそんなとこ。
もしかしたら、この世界で最大の謎なんじゃないのか。
そんな何でも屋みたいな施設、今度聖王都に行く機会があったら、是非とも見に行くしかなかろう。
舐めてんのかと、文句を言ってやらねば。
更に、てくてく歩くこと数時間。
日もだいぶ傾いてきた。
やはり、はっきりした目的地が無いと疲労感も激しい。
俺よりも何故かフランのほうが元気なくらいだ。
きっと、何も考えてないから精神的疲労が少ないのだろう。
「そうだ、アキト。この近くって、前に潜ったダンジョンがあったよね? あそこなら普通の怪物もいるんじゃないかな?」
「……お前すごいな。完全に盲点だったよ。何も考えてないなんて言ってごめんな」
「今なんかひどい事言われた!?」
驚くしかなかった。
あのフランからこんなアイデアが出るなんて。
思わずフランを抱きしめてしまったじゃないか。
「エヘヘ、私でもアキトの役に立てたんだね。うれしいな」
なんて健気な……
よし、ご褒美にベロチューしてやろう。
飛び切り濃厚なヤツをな。
「フラン、疲れてるところ悪いが、このままダンジョンに行ってみていいか?」
「私、そんなに疲れてないよ。アキトと二人きりだからかな? 何だかうれしくて楽しくて元気いっぱいなの」
「泣かせるねぇ」
少しホロリとしそうになる。
俺も年かな。
と、言う訳で、進路変更。
山の中腹にある、ダンジョンの入口へ。
前に来たときは、この中でオークの群れに会った。
その残党がまだ残っているといいが。
カンテラに火を灯し、階段を下りて行く。
ダンジョンは、やたらと静けさに満ちていた。
段々不安になってくるじゃないか。
群れのボスだったオークキングは倒しちゃったからなぁ。
もしかしたら一匹もいなかったりして。
俺たちは途中で休憩を挟みながら、前回オークキングと戦った場所まで来た。
暗がりから、複数の息遣いと気配がビンビン感じられる。
いるじゃん。
むしろ増えてない?
しかもオークにしてはデカい。
ハイオークかよ。
靄に憑りつかれていないのは、幸か不幸か。
取り敢えず、手近の一匹に花を投げてみる。
ハイオークの顔の辺りに飛んだ花は、無情にもペシッと叩き落とされた。
ご丁寧に、足でグリグリと踏みつぶしてやがる。
だが、これではっきりした。
この花は、災厄の靄に憑りつかれた者にしか効果は無いのだ。
つまり、災厄を倒した場合、この花はただの可憐な花になってしまうと言う事だ。
俺の大儲け計画が台無しだ。
持っているだけで怪物が近寄ってこないなんて、それだけで売れるに決まってるのに。
「効いてないじゃない!」
「そうですね、すみません」
「どうするの!? 囲まれちゃったよ!」
「倒すしかないでしょう」
「なんで敬語なの!?」
「申し訳なさの表れです」
「もう! そんなのいいから早くなんとかしてよー!」
「はいはい、俺が隙を作るから術を頼む」
「うん!」
俺は鞘から剣を引き抜く。
黒剣と俺が放つオーラを感じ取ったのか、ハイオークたちはジリっと後退る。
「はあっ!」
手近なオークの首を刎ねる。
それを見て、ビクッと身体を震えさせるオークども。
おっ、それでも生意気に包囲の輪を縮めて来やがった。
ならこれでどうだ。
ドン
大きく踏み込み、何匹かの胴をなで斬りにする。
ビクビクビクゥと震えまくるオーク。
及び腰だが、ズイっと前に出て来た。
何なのコイツら。
アホなの?
「できたよー」
「おっしゃ、かましてやりなさい」
「はーい」
フランが一生懸命に杖を振ると、中規模の火球が三つ現れた。
お、ちゃんと空間のサイズと敵の数を計算に入れてるな。
感心感心。
あと、杖を振ってるフランの姿が無駄に可愛い。
ドゴンドゴドゴーン
三発とも群れの中へ命中した。
花火の如く、空中へ舞い上がるハイオークたち。
地に穿たれる大穴。
一撃で全滅とは、やるじゃないかフラン。
やべ、一匹フランの真上に落ちるオークがいる。
「フラン!」
「へ?」
俺は、間抜けな声を上げるフランを抱きしめて飛んだ。
見事にオークを躱して着地したそこは、大穴の一番深い部分だった。
ビキッ
「「!?」」
浮遊感が俺とフランを襲う。
「「ぎゃーーー!!」」
突然大穴の底が抜けて、俺たちは奈落へと真っ逆さまに!?




