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第七十四話 イチャコラは続くよどこまでも


 アレア婆ちゃんの厚意によって、一泊した翌朝。

 朝食までご馳走になり、そろそろ占ってもらった東へ出発しようかと思っていた時であった。


 ドンドンドンドン


 けたたましく入口の扉が叩かれた。

 何事かと顔を見合わせる。


「朝早くにすみません! 私は領主様の遣いです! 黄昏の占術師様と勇者様御一行はおられますか!?」


 切羽詰まった男の声が聞こえた。

 只事ではなさそうな雰囲気に、慌ててクレアが扉を開けると、男は転がり込むように入って来た。


「申し訳ありません! 緊急事態です! 北の山を越えて怪物と思われる大集団が迫りつつあります! すぐに領主様のお屋敷へお向かいください! 私は詰所に告知してきますので、これにて失礼いたします!」


 言うだけ言うと、男は脱兎のごとく詰所とやらへ向かって駆け出して行った。

 大集団か、やべぇな。

 どうせ災厄の靄に憑かれた怪物だろう。

 既に大打撃を受けたこの街が、果たしてどのくらい持つだろうか。


「クレアや、すぐにお屋敷へ向かいますよ」

「はい、お婆ちゃん!」


「俺たちも行くぞ、みんな準備してくれ」

「貴方は駄目」

「!?」


 俺を止めたのは他でもない、アレア婆ちゃんだった。


「私は占いで言ったはずですよ。アキトちゃんはフランちゃんと共に東へお行きなさいと」

「しかし、それだと……」

「その代わり、ヤヨイちゃん、シャニィちゃん、リッカちゃん、ミリアちゃん、ルカちゃんには残ってもらいますからね。私たちと怪物退治よ」

「でも」

「お行きなさい」


 だめだ、聞いてもらえない。

 顔は穏やかなのに、俺に有無を言わせぬその迫力。

 こうなってしまったら梃子でも動かぬだろう。

 そんな意志力をひしひしと感じた。

 隣のクレアが、大きくため息をついていることからも解る。


「……わかりました。みんなをお願いします」

「任されたわ。あなたの大事なお嫁さんたちは、私が守りますからね」


 にっこりと快諾する婆ちゃん。

 頼もしすぎて涙が出るわ。

 まだ嫁じゃないけど。


「みんなも気を付けてくれよ」

「仕方ないですね、アキトさんも気を付けてくださいよ。死んだら許しませんからね? ホモの刑にしますよ」


 俺の首筋に顔を埋めて、ボソっと言うヤヨイ。

 過激だな。

 発破をかけているつもりか。


「…アキト、お願いだから気を付けてね…」

「ああ、わかってる」


 抱き着くシャニィを優しく撫でる。

 心配いらないと諭すように。


「アキト、危ないと思ったら逃げるのよ」

「アキトさんの御無事をお祈りしています」

「おう、逃げるのは得意だからな」


 リッカとミリアが寄り添ってくる。

 俺は二人の背中をさすって安心させた。


「アキトさん、これ、お弁当っす。これくらいしか出来ませんけど、必ず帰ってきてくださいね」

「今生の別れじゃないぞ。でも、弁当ありがとな」


 俺はルカの細い身体を、力強く抱きしめた。


「フラン、準備はいいか?」

「うん!」

「じゃあみんな! 行ってくる!」

「すぐに戻ってくるからね!」


 俺とフランは、颯爽と歩き出した。


 振り返らない。

 死にに行くわけじゃないからな。

 うつむかない。

 それでも希望はあるからな。


「フラン、ふたりきりは久しぶりだよな」

「うん、ちょっとだけ嬉しいかも」

「そうか」

「うん」

「手、繋ぐか?」

「うん!」


 復興に手を付け始めたところに再度の襲撃と聞いて、にわかに慌ただしくなった街の中を、俺たちは悠然と進んだ。

 彼女たちなら大丈夫。

 俺の最強の仲間だ。


「心配?」

「ん? ああ、フランにエッチなことをされるんじゃないかと心配だ」

「し、しないもん! ……たぶん」

「たぶんかよ」


 フランの真っ赤なふくれっ面に笑ってしまう。

 今の俺に出来るのは、フランを守ることだ。

 愛しているからと言う理由だけじゃない。

 心の中で別の俺が叫ぶのだ。

 俺は死んでも、フランだけは守れと。


 真面目な顔になっていただろうか、フランが俺の顔を覗き込んでいる。

 いかんいかん。

 俺は心の内を悟られまいとした。


「愛してるぞ、フラン」

「な、なに急に? すっごくうれしいけど…… 私も、アキトを愛しています……エヘヘ」


 変な事を口走ってしまったもんだが、うまくフランの気を逸らすことが出来たようだ。


「でも、はっきり言ってくれたのは初めてじゃない?」

「あれ、そうだっけ?」

「そうよ! もー」

「そうか、悪い悪い。これからはバンバン言うことにする」

「ええっ、うれしいけどそれはそれで恥ずかしいよ……あ、でもやっぱり言って欲しいかも」


 まるで、デートでもしているようにイチャイチャしながら歩く俺たちを、街の連中が奇異の目で見ている。

 一般人までもが武装して、北門へ向かっているようだ。

 人的被害もかなり出てたみたいだしな。

 兵士も相当数がやられたのだろう。


 街中に鳴り響く警鐘が、今の俺には何故かウエディングベルに聞こえる。

 手を取り合ったまま、俺たちは東門をくぐって街の外へ出た。


 さて、ざっくりと東へって言われたが、どうしたもんかな。

 誰かが待ってるらしいが、やはりざっくりとした情報にすぎない。

 まぁいいや、あんまりのんびりしてる暇もないが、慌てる乞食はなんとやら、だ。

 取り敢えず進もう。

 二人でしばらく街道を進み、街もだいぶ小さくなった頃、振り返ったフランが素っ頓狂な声をあげた。


「あ、アキト! あれ見て! あれあれ! ほら! えいっ!」

「ぐあっ」


 俺の首を強引に後ろへ向かせるフラン。

 頸椎からゴキリと嫌な音がした。


 フランの指さす方角は街の北。

 そこには、割と峻険な山肌から、ワラワラと駆け下りてくる怪物が見えた。

 真っ黒な靄に覆われているため、蟻の大群がザーっと動いているように見える。

 フランもそう思ったのか、腕に鳥肌が浮かんでいた。


 ドオン


 群れの先頭部分に轟雷が落ちる。

 遅れてやって来るは、振動と轟音。


「おお! 婆ちゃん張り切ってるな」

「すっごいね……」


 俺たちは足を止めずに、振り返ったまま歩く。

 尚も侵攻する怪物たちの群れに、所々ぽっかりと穴が開く。

 きっと、ヤヨイたちが蹴散らしているのだろう。

 おいおい、格好良いな。

 ここからでも、街から歓声が聞こえるようだぞ。


 そんな光景も、俺たちが森へ踏み込んだ事で見えなくなってしまった。

 みんな、頑張ってくれよ。

 俺は、そっとみんなの武運を祈った。


 遠くからは、まだ落雷の音がしている。

 それも、森を進むにつれて木々にまぎれ、聞こえなくなっていった。


 俺はフランの歩調に合わせて歩く。

 フランもそんなに身長が大きい方ではないので、歩幅も結構小さい。

 時々、何もないところでつまずいたりするアホっ子ぶりは変わっていない。

 だが、今はそれがどうしようもなく愛しく思えた。


「ねー、アキト。私たちはどこへ向かってるの?」

「俺とフランが将来住む家だぞ」

「えっ! 本当!?」

「嘘だ」

「きー! 何でそんな嘘つくのー!」

「はっはっは、怒るな怒るな」


「私、住むならアキトのお家がいいなー、なんかあそこは落ち着くの」

「あそこは元々俺の婆ちゃんの家でな。亡くなった時、遺言には俺に譲渡するって書いてあったんだ。それ以来俺の家になった訳だ」

「へー、そうだったの。なんだか安心するのは、アキトの気配が満ちているからかなーなんて勝手に思ってた」

「気に入ってくれたなら嬉しいな。俺もあそこは大好きなんだ」

「ね、そう言えばアキトの御両親は? 私、挨拶したいなー」


 ついに来たか、この質問。

 聞かれないからずっと黙っていたんだが。


「さぁなぁ? 今頃どこを飛び回っているやら。もしかしたらもう死んでたりしてな」

「駄目よ、そんな事言っちゃ。……もしかして他の国で仕事とかしてるの?」

「さぁ? 俺、婆ちゃんに育てられたようなもんだし」

「ん? ん? 良くわかんない」

「ハハハ、フランは可愛いなぁ」

「ご、ごまかされないもん!」

「キスしたらごまかされるか?」

「わ、わかんない……」


 俺は立ち止まって、フランを抱き寄せ、軽くキスをした。


「んっ、んん……ずるい……」

「最近色々あってキスもできなかったもんな。どうだ? 久しぶりのキスは」

「しらないもん」

「じゃあもうしない」

「えぇー! やだやだぁ!」

「ならもう一回」

「ん……はぁ……やっぱりずるい……これじゃ何も言えなくなっちゃうよ……」


 顔を真っ赤にしてメロメロ状態のフランを支えるように、再び歩き出した。

 天気も上々。

 小鳥たちの声も賑やかだ。


 だが、この道中は、俺たちのキスほど甘くは無かった。


 何の前触れもなく、いきなり怪物の群れに遭遇してしまったのだ。


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